195.新しい可能性
次の日、ブルーノが街にやってきた。
二人っきりで話がしたいと言われて、俺は王宮の応接間にブルーノを通して、要求通り二人っきりで会った。
「この前はありがとう」
座るなり、俺の方から話を切り出した。
「あの次の日くらいに、パルタの使節団から礼を言われたよ。いち早くそれが知れて助かった、的な事を言われた」
「左様でございますか。陛下のお役に立てて光栄でございます」
フレンドリーに話しかけるおれに対し、ブルーノはいつも通りめちゃくちゃ謙った態度で返事をする。
「ああ、すごく役に立った。向こうは早く知れて助かった、こんなに早く届くなんてって感心してた。ありがとう兄さん」
「陛下の魔法のおかげでございます。私が情報を知れたのは早馬が出たから、その様子が尋常ではないと思って探らせたからでございます。そこから探ったのですから本来なら出遅れもいいところなのです。それが陛下の魔法で早く把握出来たように見えるだけでございます」
「それでもありがとう」
ブルーノは謙遜したが、それはかなり大変な事なんだろうと思う。
具体的にどれくらい大変なのかは想像もつかないけど、事の大きさを考えると箝口令が敷かれてたはずだ。
それを聞き出す――調べ出すブルーノはやっぱりすごいって思う。
「それで、今日はどうしてここに?」
「実は、先日の第一報以降、大公殿下の奥方の情報が全く入ってこないのです」
「情報が全く入らない?」
「左様でございます。ケガの度合いはもちろん、生きているのかどうかさえも、全くと言っていいほど情報が入ってこないのです」
「……それって、不思議な事なのか? 大けがをしてたら動きがないのは当たり前なんじゃないのか?」
「人間は生きているだけで何らかの痕跡が生まれるものです」
「うん?」
「例えば今回の件、奥方はかばって負傷された、ケガが軽ければそれなりに元気な姿を見せますし、重傷であれば医者などを呼びます」
「死んでるって事?」
俺は眉をひそめつつ、きいた。
しかしブルーノは首を静かに振った。
「亡くなったとあれば葬儀の準備、隠すのなら遺体を何らかの形で保存――失礼、保全するための動きが生じます」
「……何もかもがない、ってことか」
「はい」
ブルーノははっきりと頷いた。
「はっきり言って不気味です、何が起きているのかも分からず、なにか意図があるのかないのかも分かりません」
「そうか……」
「ですので、陛下におかれましては、状況がはっきりするまで、パルタ公国とはいかなる取り決めもなさらない方がよろしいかと存じます」
「何も?」
「今回向こうが送ってきたのは公式の使節団。それで何かを決めれば半ば正式的なもので向こうに言い分が立ちます」
「なるほど」
そういうものなのかなと思った。
(その方が良かろう。道徳的な優位性をあえて捨てることはない)
ラードーンもそう言ってきた。
うん、ラードーンが言うのならそれが正しいだろう。
「わかった、ありがとう兄さん、状況が分かるまでは接待するだけして、何も決めないようにする。そのかわり何か分かったらすぐに教えて」
「御意」
ブルーノは座ったままだが、深々と頭を下げた。
「ん?」
「いかがなさいましたか?」
「いやスカーレットから手紙が――報告があるって」
数日前のブルーノと同じように、リアムネット経由でスカーレットの手紙が来た。
「王宮にいるよ、っと」
俺は慣れた手つきで、リアムネットを介して返事を送った。
すると、一分と経たずにスカーレットが現われた。
「主様――あっ、お兄様がいらっしゃったんですね」
部屋に入ってきたスカーレットは、その勢いのまま何か語り出しそうな勢いだったが、俺と向き合って座っているのがブルーノだと知り、とりあえずブルーノに挨拶した。
「ご無沙汰してます、ブルーノ様」
「ご無沙汰しております」
二人は互いに丁寧に挨拶を交わす。
スカーレットは部屋に入ってきたばかりなのは言うに及ばずで、ブルーノもわざわざ立ち上がってスカーレットに返礼した。
「姫様」「主様のお兄様」で互いを見ている二人は、放っておけば延々とかしこまり続けるだろうから、俺が割って入ることにした。
「それでスカーレット、報告があるって、なに? 何か起きたのか?」
「いえ、何かが起きたというわけでは。ある事を掴んだので、それを主様にご報告をしなければと思いまして」
「ある事?」
「はい、実は私、今回の使節団が来ると知ってから、ずっとパルタのことを調べてました」
「パルタのことを?」
「はい、向こうは主様に無礼を働いたのですから、最終的に和解するにしても、向こうが何かを差し出させないと示しがつかないと思ったのです」
「そういうものなのか」
「それは私も同意見でございます」
ブルーノは真顔で俺を見た。
「陛下は寛大なので気になさらないのでしょうが、今まで陛下に無礼を働いたツケはどこかで払ってもらわねばと常々おもっていました」
「そ、そうなんだ」
ブルーノは真顔だが、実はかなり怒っているのか……ということに気づく俺。
「それで調べていたら、死霊魔法の存在を知りました」
「しりょうまほう?」
俺は首をかしげた。
初めて聞く言葉だ。
魔法って聞こえたが――どういう魔法なんだろうか。
(死霊魔法、死者の魂を操り、使役する魔法のことだ)
「へえ……死者の魂をか。………………死者の魂!?」
ラードーンの説明を、最初はスルーしかけたが、「魂」という言葉に引っかかった。
【オーバーソウル】
今一番研究している魔法が、まさに自分の魂を増幅させる魔法だ。
死者の魂を使役する死霊魔法。
直接ではないが、それは魂と関係のある魔法。
魂をどうこうするという魔法やその知識に弱い俺にとって、死霊魔法というのはとても魅力的な物だった。
そんな俺の反応をみて、スカーレットは嬉しそうにした。
「では、それを差し出すように仕向ける、ということでよろしいでしょうか」
「ああ――あっ、でも……」
俺はハッとして、もうひとつの事を思い出した。
数分前に、ブルーノに「何も決めない」という事を約束したばかりだ。
まさに舌の根も乾かぬうちに――って感じで、俺は申し訳ない気分でブルーノを見た。
しかしブルーノはまったく不機嫌とかにならずに。
「御心のままに」
と、言ってきたのだった。