191.玉と石
「えっと……」
目の前の二人の名前を思い出そうとする。
確か謁見の時に中央で前に出てたのを覚えているから、俺がここにきた目的である使節団のリーダーがどっちかで間違いないだろう。
一応名乗りは受けてたから、その名前を今思い出そうとしてみたけど……ダメだ、思い出せない。
そうだ、こういう時こそラードーンのアドバイスだ。
『人間の名前はいちいち覚えていない』
ラードーン心に響く声で即答した。
ちょっとだけ申し訳なさそうな感じだ。
あー……そういえば昔からそう言ってたっけな。
俺以外の人間には興味が無いって、出会った日からずっと言っている。
そりゃあ……覚えてないのも無理ないか。
『率直に聞けばよい。鷹揚にな』
ラードーンのアドバイス通り、俺はストレートに聞いてみることにした。
「確か使節団のリーダーだったっけ。名前は?」
「はっ、正使のマーティン・ハイモアと申します」
「副使のドミニク・ライオールでございます」
二人は頭を下げつつ、恐る恐る、って感じの表情で答えてくれた。
うん、右のちょっと横に広くて威厳のある感じなのがマーティン、左の痩せてる人がドミニクだな。
「陛下はなぜここに?」
「二人に街を案内しようと思ってさ」
「街を……でございますか?」
「そう、観光。せっかくだし、この街をもっとよく知ってもらおうってね」
「お心遣い、痛み入ります」
「……も、もしや。それは陛下が?」
「えっ?」
頭を下げたマーティンが、横にいる同僚の言葉に驚いて、パッと顔を上げてそっちを向いた。
ドミニクが驚いた顔で俺を見つめているのを見て、マーティンもまた俺に目を向けてきた。
「そうだ。俺の方が街のことをよく知っているからな」
「そ、そんな! 陛下のお手を煩わせるなど――」
「マーティンさん」
辞退しようとしてるマーティンの袖を引っ張り、目配せをするドミニク。
それでマーティンはハッとして、ものすごく複雑そうな表情をしてから、苦い表情のまま頭を下げた。
「お心遣い、感謝致します」
と、受け入れるような素振りを見せた。
なんで今驚いて辞退しようと思ったんだろう――と不思議に思っていると。
『くく、あれだけ威嚇をした国王自ら街の案内をすると言い出せば驚きもする』
ラードーンの面白がっているような言葉が聞こえてきた。
なるほどそういうことか。
納得したところで、俺は身を翻して、二人を連れて歩き出した。
「ご主人様、人間からケーキの作り方を教えてもらったんですけど、どうですか?」
「主よ、命知らずの賞金ハンターを捕まえたのだがどう処すべきだろうか」
「りあむさまだっこ、りあむさまだっこ」
街を歩いていると、魔物達が次々と声をかけてきた。
パルタの使者、しかも正使と副使を案内している最中だったから、事情を説明して簡単な感想とかアドバイスだけに留めておいた。
そうやって一人一人対応してたらかなり時間を取られて、ほとんど歩き出しから移動できていない状況だった。
それでも状況を理解してくれたのか新しく声をかけてくる者が減って、ようやく一通り消化したところで、改めてマーティンとドミニクに声をかけた。
「ごめん、待たせてしまって」
「いえいえ! こちらこそ陛下の大事なお時間を頂戴して誠に申し訳ありません」
「リアム陛下、今のはみな……魔物でしょうか」
痩せぎすの副使、ドミニクが言葉を選んだ感じで、うかがうような口調で聞いてきた。
「ああ、みんな魔物だ。たまに人間もいるけど、9割9分が魔物かな、今は」
「そうですか……いや、みな人間と全く変わりないなと思いまして」
「そうだな、何故かみんな人間に近い見た目になったんだよな。ああ、スライム達はわりとそのままだけど」
大半の魔物達は事情を理解して解散してくれたが、スライムのスラランとスラチュンだけ、無邪気な感じで俺に懐いたままだった。
まるで子犬のような懐き方だったから、このまま案内しても大丈夫だろうと思ってそのままにしておいた。
「見た目のことでは――あっいえ、さすがでございます」
「ふむ?」
見た目の事じゃないならなんだろう――と思ったけどドミニクが話を逸らしたのでいっかと思った。
そのまま、スライムを肩と頭に乗せたまま、二人を案内していく。
街中の明かりとか、魔法で構築したこの街のあれやこれやを説明していった。
その都度、マーティンとドミニクは驚きっぱなしだ。
「で、では! 夜はずっと明かりがつきっぱなしということなのですか?」
「そうだ」
「そ、それはかなりの国費を消費するのでは?」
「いや、余剰魔力で賄える様にしたから、国費ってお金のことだろ? だったらゼロってことになる」
「ぜ、ゼロ!?」
「終日明るいままが……ゼロ…………?」
マーティンとドミニクが驚愕した。
まあ、その気持ちは少し分かる。
俺もこのリアムの体に入る前、転生前に同じことを聞いていたら「ばっかじゃねーの?」って一笑に付してたことだろう。
だから、気持ちはよく分る。
「……ようにしたということは、これはリアム陛下が?」
マーティンがハッとして、恐る恐る聞いてきた。
「ああ、この街の魔法に関する事はほとんど俺かな」
「りあむさますごい」
「りあむさまかっこいい」
スラランとスラチュンが肩と頭の上で跳ねるなか、俺は小首を傾げて記憶を探る。
うん、魔法に関して言えばほぼほぼ俺がやったと言って良いだろうな。
「……し、失礼ですが、それはどこから――」
「あっ!」
ドミニクが何かを聞いてきたが、マーティンが何かを見つけて声をあげたから、その質問が立ち消えになった。
マーティンがあさっての方角を向き、俺とドミニクも釣られてそっちを向いた。
「どうした?」
「あ、あそこに落ちているのは……まさか魔晶石?」
「え? あっ本当だ」
マーティンの視線を追いかけていくと、道ばたに彼が気付いた通りに、魔晶石が落ちていた。
「ちょっとまって――いた。えっと……ララ?」
「あっ、はいご主人様!」
少し離れた所で道を掃いていたエルフメイドが俺に呼ばれ、嬉しそうな顔でこっちにバタバタと走ってきた。
「なんですかご主人様」
「そこ、掃除見落としてるよ」
「え? ああっ! ごめんなさい!」
俺が指差す先には、そう言われると道ばたに落ちているように見える魔晶石。
ララはハッとして、慌てて魔晶石の所に向かっていき、「掃いて」綺麗にした。
「ごめんなさいご主人様」
「大丈夫。それはちゃんとリサイクルに回してね」
「はい」
パッと頭を下げて、去っていくララ。
それを見送った後、マーティンとドミニクのほうに向き直る。
「悪かった。掃除もそのうち魔法化しなきゃとは思ってたんだけど……どうしたんだ?」
マーティンとドミニクが、死ぬほど信じられないようなものを見たかのように、唖然となっていた。
「どうした?」
「へ、陛下」
「うん?」
「あれは……掃除、で?」
「ああ、道ばたに落ちていたからな」
「ま、魔晶石ですよ」
「ああ」
「「……」」
俺が頷くと、二人は互いの顔を見つめ合って、ますます絶句した。
「あ、あんな高価な物が道端に落ちているだけでも驚きなのに……」
「マーティンさん、今気づいたけど、そもそも落ちてても誰も拾おうとしてなかったですよ……?」
「!!!」
「あれ一つで、私の出身地なら家一軒買えるのに……」
「……」
何かものすごくショックを受けている二人だった。
そういえば魔晶石は結構高価な物で、いまはブルーノ経由で輸出してたんだっけ。
「いや、べつにゴミって訳じゃなくて、ちゃんとリサイクルして使う――って、聞いてない?」
二人は驚き過ぎて、もはや俺の言葉が耳に入っていない。
そんな様子だった。