190.フレンドリー
迎賓館の客室の一室で。
中年の男が二人、顔をつきあわせていた。
片方は恰幅のいい、穏やかそうな風体をした男。
名前はマーティン・ハイモア。
パルタ公国から遣わされた使節団の正使だ。
見た目通り穏やかで老成した性格、その時の感情で暴走しない、ということを買われての正使抜擢となった。
もう一人は痩せすぎで、見た目から受ける印象はやや弱気だが、時折見せる眼光は鋭いところがある。
名前はドミニク・ライオール。
マーティンを補佐する使節団の副使だ。
こちらは見た目とは裏腹で、一度こうと決めたらテコでも動かない性格を買われて、パルタの方針を強く言いつけられ、それを元に正使の補佐をする為に抜擢された。
そんな二人が、まるまる使節団にあてがわれた迎賓館の一室で顔をつきあわせて、頭を抱えている。
「どう思うかね」
正使のマーティンが聞くと、ドミニクが苦虫を噛み潰したような顔で、搾り出すような声で答えた。
「激怒、いえ、最後通牒、ですね」
ドミニクの答えに、マーティンはやはり苦々しく頷いた。
二人は半日前に、この魔法都市に入り、更には王宮の玉座前でリアムと謁見したばかりだ。
その時に見せられた三頭の竜の威容に、使節団もろ共二人は完全に飲み込まれていた。
「ハミルトン家の五男と聞いていたけど、そんな情報など正直聞かされない方が良かった」
「そうですね。魔王……とだけ聞かされていた方が、心のどこかで侮りもなくて衝撃も和らいだかもしれません」
「そうだな。純粋に魔王と思っていれば、神竜どもをああして従えているのも納得できたかもしれん」
マーティンとドミニクは見つめ合ったまま、まるで示し合わせたかのように同時にため息を吐いた。
「もし、君のいう『最後通牒』が正しければ……我々の双肩にパルタの存亡がかかってしまっている事になるな」
「……正直来たくはなかったです。散々挑発を繰り返して魔王を怒らせてしまった前任はのうのうとグラス片手に月見をしてるというのに」
「それは言っても仕方がない。君も私もこういう時に駆り出される星の下に生まれついた人間だ。違うかね」
「それは否定しませんけど。でもせめて、何をやったのかの情報だけでも欲しかったですね」
「……それはそうだな」
二人はまたまた、どちらともなくため息をついた。
リアムとパルタ公国、ひいては三カ国とは良好な関係とは言えなかった。
三カ国のやり方は細かい違いこそあったが、共通しているのはどこかリアムを見下し――平たく言えば「舐めていた」という点だ。
三竜戦争の舞台となった「約束の地」を巡って、三カ国はそれぞれの思惑があり、最終的には相手を出し抜いて約束の地を手に入れようとした。
その際リアムをいいように利用するだけして、最後は斬り捨てる、というのが基本方針だった。
それが見事に瓦解した。
リアムが見せた力は、利用どころか、三カ国をいっぺんに敵に回してなお約束の地を護り切れるほどのものだった。
それどころか、三竜を味方につけられて、最悪国としての破滅さえもあり得る状況になった。
そのため三カ国は方針転換し、パルタ公国は前任の責任者を更迭し、まったく関係のなかった穏健派を使節団として派遣したというわけだ。
国としてはそれでいいのかもしれないが、現場で貧乏くじをひいたマーティンとドミニクからしたらたまらないものである。
「さて、君はどう思う?」
「正直なにも。今の所出たとこ勝負としか。ただ」
「ただ?」
「我々への待遇をみるに、まだ折衝の余地はあるかと」
「ふむ」
「同時に、これが最終テストにも思えます。ここで我々が調子に乗るようなら……」
「うむ」
マーティンは重々しくうなずいた。
彼は慎重な性格である、それ故に今回の正使に抜擢された。
例え部屋の中、副使とのプライベートな会話でも、彼はなにかの口実になるかもしれない決定的な言葉は避けた。
「もとより親善、修交が我々の絶対的任務だ。それを肝に銘じながら慎重にやろう」
「はい」
二人は頷きあった。
心なしか、どっちの表情も少しだけ明るくなった。
最終テスト、というドミニクの言葉をマーティンは採用した。
最終テストというのはつまり「決定的にダメになったわけじゃない」ということでもある。
その事が、二人の心を少し軽くした。
「ん? 外がなんか騒がしいな」
「そうですね……むむ」
マーティンに言われて、ドミニクは立ち上がって窓際に向かった。
窓から外をみると、そこに使節団の若者の一人が、ギガースに囲まれている姿があった。
「どうしたのかな」
「えっと……筋肉を見せ合っています」
「はあ?」
慎重を身上とするマーティンが素っ頓狂な声を出してしまった。
彼は眉をひそめたまま立ち上がって、同じように窓際に移動した。
ドミニクが体をずらして明け渡した窓から外をみると、果たしてドミニクが説明した通りの光景があった。
使節団の一番の若者、リーン・モーレイという若者が、ギガース達とマッスルなポーズをとりながら笑い合っている。
リーンは使節団一番の若者だが、一番体格がいい青年でもある。
いざという時は正使マーティンの「弾よけ」として同行させられた。
そのリーンがギガース達と盛り上がっている。
しばらくして、両者は手を振り合って別れを告げて、リーンは見送られながら迎賓館に入ってきた。
「……話を聞こう」
「ええ」
まるで狐につままれるような気分になった二人は部屋から出て、リーンが今し方入ってきた玄関に向かっていく。
そして、廊下のど真ん中で相対する。
「あっ、マーティンさん」
「何をしてたんだ?」
「なにがですか?」
「表で魔物達と」
「ああ」
リーンは恥ずかしそうに、頭を掻いて苦笑いした。
「なんか歩いてたら、いい体してるじゃん、って感じで声をかけられて。あっそうそう、マーティンさんに聞かないといけないんだった。あの魔物、えっと、ギガースっていうんですけど、この後一緒に酒を飲みに行こうって誘われてるんですけど、行っても良いですかね?」
「……」
「……」
「なんか、イノシシ女より見所がある、とか言われたんですけど。意味は分かりませんが褒められてるような感じでした」
「……」
「……」
マーティンとドミニクが互いを見比べて、不思議そうな表情をした。
これまた予想外だ。
敵地に乗り込んできて、状況的に「生きて帰れないかもしれない」という覚悟を心のどこかで決めていた二人にとって、こうして歓迎されるのはまったくの予想外の事だ。
「どう思うかね」
「………………断っても失礼、かと」
「ふむ……」
マーティンはあごに手をやり、しばらく迷ってから、顔を上げてリーンに向いた。
「わかった、失礼のないように行ってきたまえ」
「わかりました」
頷いたリーン。
自分達の目で確認したい――ということで、マーティンとドミニクはリーンを玄関先まで見送った。
リーンがギガース達と、まるで十年来の親友のようなノリで立ち去るのを見て、その場に残された二人はますます困惑した。
「どういうことなんだろうか」
「さ、さあ……」
ギガースのフレンドリーな接し方が、決死の覚悟でやってきた正使と副使を困惑させた。
だが、二人の驚きはこの後ピークを迎える。
「あれ? どこかに出かけるところだったのか?」
「「陛下!!」」
魔物の国の王。
リアムがフランクな様子で、単身二人の前にやってきた事にかつてないほど驚かされるのだった。




