19.空から岩を降らすだけの簡単なお仕事
「困ったね」
「困ったな」
撤退してきた俺とアスナは、街道から大きく離れた荒れ地の中にいた。
辺りは何もなく、遠くには岩山が見える。
俺達は大きな岩の後ろに身を隠していた。
「かったいね、あの芋虫」
「硬かったな。まさか手持ちの魔法が全部効かないとは思わなかった」
「それもそうだけど、あたしはむしろリアムの魔法の数に驚いてるよ」
「え? 100はあるっていっただろ?」
「聞いたけど、冗談だっておもうじゃん、普通」
冗談で言ったつもりはないんだけどな。
それはそうと、ちょっと困った。
モンスター・キャタピラー。
巨大な芋虫は、予想外に硬かった。
ファイヤーボールやアイスニードルなどの魔法はまったく効かなくて、サラマンダーやシルフなどの精霊による攻撃もはじかれた。
ついでにアスナのナイフもはじかれ、まるで金属に叩きつけたかのように刃こぼれしてしまった。
攻撃が全部効かなかったから、被害が出る前にさっさと退却してきた。
「モンスターと戦うの初めてだけど、いやー、ギルドが特別視するの分かるわ」
「そうだな」
「……ねえ、リアム」
「ん?」
アスナの方を見る。
彼女は名案を思いついたような、そんな顔をしていた。
「昨日シェルって魔法をかけてくれたよね」
「ああ……それがどうした」
「防御力を上げる魔法があるんだから、攻撃力をあげる魔法もあるよね。リアムそれを使えたりしないかな」
「それはおすすめしない」
俺は速攻で却下した。
すると、思いついたアスナは唇を尖らせてしまった。
「なんでさ」
俺は手の平をアスナの目の前に出した。
「俺の手を軽く殴ってみて」
「こう?」
パチン、っていい音がした。
「今度は思いっきり殴ってみて」
「うん」
パァーン!! と、さっきよりもかなりいい音がした。
「強く殴ると、アスナの手も痛いだろ?」
「うん」
「攻撃力をあげる事はできるけど、体にも相応の負担がかかっちゃうんだ。棒で何かを殴って自分の腕の骨を折っちゃう人、たまにいるでしょ」
「あー……そっか、そりゃダメだ」
そういう落とし穴がある。
攻撃力を上げると、自分の肉体がその上がった力についていけない、耐えきれない。
それよりも今は力が欲しい! って絶体絶命の場面もあるだろう。
とはいえ、それは今じゃない。
「あーあ、せっかく依頼してもらったのに、もったいないな。空から隕石でも降ってきて直撃したりしないかな」
アスナはもう諦めモードに入った。
実際に何をやってもキャタピラーに通用しなかったのをみているだけに、状況認識も早かった。
「……ふむ」
「どうした?」
「いいぞ、ナイスだアスナ」
「え?」
「場所は……ちょうどこの辺がいいな。アスナ、芋虫をここにおびき出すって出来ないかな」
彼女に頼んだのは、ここ数日パーティーを組んできて、彼女の長所がその身軽さだと分かったからだ。
「ここにおびき出す?」
「うん、あの辺りの何もないところに」
「……なんかあるんだね」
「うん」
「わかった、それなら任せて。すぐにやっちゃう?」
俺はまわりを一度見回して、目的の物を見つけたので。
「やっちゃおう」
☆
少し離れたところでみていた。
さっきまでいた道で、アスナがキャタピラーから逃げている。
トラとかライオンとか、あのあたりの猛獣を彷彿とさせる巨体で、フォルムがまんま芋虫だ。
それがアスナを追いかけている。
アスナは時々立ち止まって、攻撃して――キャタピラーをおちょくっている。
それで怒ったキャタピラーがアスナを執拗に追いかける。
「頃合いだな」
俺はそうつぶやき、空に向かって7発のファイヤーボールをぶち上げた。
アスナの遙か頭上で火球がぶつかりあって爆ぜる。
綺麗さはまるでないが、即席の花火にはなった。
それを見たアスナが速度をあげた。
元々キャタピラーから一度は逃げ切れた、速度的には全然足りる。
おちょくるのをやめたアスナは、ぐんぐんキャタピラーを引き離した。
距離が充分離れたのを確認して、俺は――
「アイテムボックス」
キャタピラーの上空にアイテムボックスが呼び出された。
逆さに呼び出されたアイテムボックスから、巨大な岩が出てきた。
直径が優に二十メートルはある巨大な岩。アスナと打ち合わせしたときに、近くの岩山に見えたのをアイテムボックスに取り込んだものだ。
それがまっすぐ落下して――キャタピラーをつぶした。
俺は岩に近づく。
アイテムボックスを使って、その岩を再び取り込む。
すると、岩がなくなった巨大なクレーターの底に、ぺしゃんこになったキャタピラーの死体が見えた。
「すっごーい。なに今の! 今のなに!?」
戻ってきたアスナは語彙が大分減っていたが、その分興奮して、きらきらした瞳で俺を見つめていた。
俺はアイテムボックスの事を説明して、巨大な岩を入れて、出した。
それだけだと説明すると、彼女はますます目をきらきらさせた。
☆
アスナの「隕石ふってこないかな」からひらめいたやり方で、もう一体のキャタピラーも同じようにぺしゃんこにして、ギルドに持ち帰った。
「モンスターを二体もだと?」
「あの死体……どんなやり方で倒したんだ? 想像もつかないぞ」
「しかも両方同じ、確立してるやり方だ……」
証拠のキャタピラーの死体をみた他のハンター達がざわざわした。
昨日よりも、更に俺達を認める人が多くなっていった。