189.大魔導師の集団
「これでいけそう?」
「うん! じゃあダーリン……」
大きく頷いたあと、デュポーンは俺にそっと近づき、上目遣いで見つめてきた。
そしていつもと違って、楚々とした表情をして、ささやくように言った。
「目を……閉じて?」
「目を? わかった」
何をするつもりなのかは分からないけど、デュポーンは俺には敵意がないのはわかりきっている。
これがラードーン相手に言ってるのならよからぬ事を考えているってなるんだろうが、俺相手だとそういうのはない。
俺は特に何も考えずに、目をそっと閉じた。
「これでいいか?」
「うん……」
やはりそっとささやくような返事がした後、ふと、デュポーンの気配が近づくのを感じた。
何事かと思っていると、ぬくもりが肌越しに感じられた次の瞬間、唇になにか柔らかいものが押し当てられた。
「な――」
と聞く暇もなく、まぶた越しでも分かるような、まばゆい光がデュポーンの体から溢れた。
光が拡散していくのにつれ、デュポーンの気配が徐々に薄れる。
いや、移動した。
目の前に立っているはずのデュポーンの気配が徐々に「俺の中」に移ってきた。
最初は勘違いかとも思ったが、途中からデュポーンの強大な魔力が移動するのを感じた。
魔力の流れは間違えようがない。
デュポーンはその光と一緒に、俺の体の中に入ってこようとしているのがはっきりと分かった。
そのままじっとしていると、一分もたたないうちに光が収まって、デュポーンの気配が完全に俺の中に移ってきた。
目を開けると、案の定そこにはもうデュポーンの姿はなく。
「デュポーン?」
『ここだよ、ダーリン』
返事は俺の中から聞こえてきた。
ラードーンと全く同じ、俺の中から聞こえてくる音。
その音を聞いた俺は小さく頷いた。
「成功したってことだな」
『うん! あぁ……ダーリンの中。あたし、今ダーリンの中にいる……』
デュポーンから感極まったような声が聞こえてきた。
よほど嬉しいのか、普段よりもさらに一段階上の甘い声だ。
嬉しそうにしてくれるのなら、わざわざこうしたかいがあったというものだ。
「ラードーンは大丈夫か? その、デュポーンと同じ所で」
『我なら問題ない。同じ部屋をもうひとつ増築したと思えばいい。顔も合わさない』
「そうか」
『我なら、な』
「え?」
改めて言われて、俺は初めてラードーンの言葉に含みがある事に気づいた。
それがどういう意味なのかと聞き返そうとした瞬間。
俺の体から光が溢れた。
何事かと思っていると、光は爆発的に膨らみあがって、やがて目の前にデュポーンの姿が見えた。
「あれ?」
「やーん、はじき出されちゃった」
現われたデュポーンは泣きそうな顔をしてそう言った。
「はじき出された?」
「うん! ダーリンの魂が元に戻っちゃったから、それであたしの方がはじき出されちゃったの」
「ああ……魔法の効果が切れてしまったからか」
「ねえダーリン、もっかいして」
「それはいいけど……」
ラードーンの言葉には気づかなかったが、魔法の事はすぐに気づいた。
俺は『オーバーソウル』という魔法を編み出して、自分の魂を一時的に大きくした。
それは手足を伸ばす魔法とか、体を大きくする魔法と全く同じで。
魔法の効果が切れたら戻るものだ。
魔法の効果が切れて、魂が元の大きさに戻ったから、後から入ったデュポーンがはじき出された、というわけだ。
「ダメなの……?」
デュポーンは泣きそうな顔で、まなじりに涙を溜めて、上目遣いで聞いてきた。
「いや、いいんだけど、やる自体はいいんだけど……」
デュポーンはたぶん、「ずっと俺の中に入っていたい」んだろう。
そしてそれは、俺が常に魔法を使い続けなくちゃいけないという意味でもある。
そうなると問題が発生する。
『オーバーソウル』は結構魔力を消費する魔法だ。
その『オーバーソウル』を一日中使い続けるのはさすがに魔力的に厳しい。
俺は少し考えてから、デュポーンに一言断りを入れた。
「ちょっと待っててくれ」
「うん! いつまでも待つよ!」
デュポーンはそう言って、世界が終わろうとも待ち続けるであろう空気を出して、俺をじっと見つめたまま待ち始めた。
俺は目を閉じて、深呼吸一つ。
そして――カッと目を見開いた後。
「『オーバーソウル』! 47連!」
多重魔法で『オーバーソウル』を唱えた。
これで一時的に魂も47倍――とはならなかった。
後から唱えたものは効果がなく、効果時間がリセットされるだけになった。
問題点がまた一つ見つかった。
まずは最初の問題点。
デュポーンを入れ続けるには魔力的にきついということ。
だから俺は多重詠唱で、少しずつ『オーバーソウル』の発動を変えて、少しずつ魔法を改良した。
最近、自分でも思っている問題点がある。
俺が作った魔法が、既存の魔法に大きく劣っている問題点だ。
俺がその場で作った魔法は、ほとんどの場合魔力効率が悪い。
何か問題が起きて、魔法を使って解決しようとする。
それらの場合、ほとんどが問題を一発で解決出来ていた。
それが積み重なって、俺は「目の前の状況を解決出来たらいい」という考えになっていった。
だから魔法を編み出すことは問題なくできているのだが、魔力の効率が悪く、余計な魔力を使っている。
『料理の初心者と同じだな。一人前作るのにそれ以上の食材を使って、切れ端とかの生ゴミを出してしまう』
俺の中にいるラードーンが、まるで心を読んだかのように言ってきた。
その例えにめちゃくちゃ納得した。
そう、俺はそういう状況だ。
それに比べて既存の魔法は、ラードーンの言葉を借りるのなら料理の達人がしている料理だろうな。
ちゃんと一人前を作ろうと思ったら一人前の材料を使って、ロスを出さないで作れる。
それを俺は今やろうと思った。
『オーバーソウル』を使い続けるのはキツい。ならば魔力の最適化をしてみよう、と。
そうやって、47連の同時魔法を駆使して、少しずつ改良していった。
目の前に見えるデュポーンの期待の表情が徐々に意識から消えていった。
心の中の思考も徐々に止まって、頭の中は『オーバーソウル』の最適化、それ一色になった。
同時に詠唱して、比べて、問題点を見つけて、調整してまた新たに詠唱する。
それを繰り返していった。
「ダーリン……」
『くく、本人は分かっていないのだろうな。それは数十人の超一流の魔法使いが手を取り合って研鑽しているのと同じことだと』
俺は黙々と、全てが見えなくなる位に集中して、『オーバーソウル』の改良を繰り返した。
どれくらい経ったか、魔力切れぎりぎりまでやって、どうにか『オーバーソウル』の魔力消費を三割減まで持って行けた。
魔力の三割減は我ながらよく頑張った――とは、思うのだけど。
「どうしたのダーリン?」
集中力が切れてしまったせいで、デュポーンの声が耳に入った。
デュポーンはおそるおそる様子を伺うような感じで俺を見つめてくる。
俺は複雑な表情をしながら、答える。
「『オーバーソウル』……今の魔法を効率的に使える様にはなったけど、それでもずっと使い続けるのは難しい」
「そ、そうなの?」
「ああ、それにこれ以上の効率化も……」
『空の雑巾を絞るようなものだろうな』
ラードーンの例えに一瞬だけきょとんとなって、それから理解した。
そう、ラードーンの言う通りだ。
最初は無造作に作った魔法だから、効率化は濡れた雑巾を絞るようなものだった。
しかしこの先は、かなり強く絞った――ほとんど乾いた雑巾を絞るようなものだ。
全力で行けばもう少し絞れなくはないが、それでももう、限界が見えているようなもの。
「じゃあ……だめなの?」
楚々として、今にも泣き出しそうなデュポーン。
その姿を見てるとどうにかしてやりたいと思う。
思うから、魔法の事を必死に、色々と考えた。
――が、なかなか難しい。
いくつか代案が頭に浮かんでは、効率化『オーバーソウル』に取って代わるものじゃなかった。
どうしようか、と思ったその時。
『くくく、我から一つアドバイスをしてやろう』
「あるのか!? いい方法が」
『うむ、あの小娘にこの台詞をそっくりそのまま繰り返すといい。――』
ラードーンから聞こえてきた言葉は、「こんなので解決出来るのか?」と耳を疑うようなものだった。
だったが、ラードーンの言うことだ、しかも「魔法ではない」ことだ。
ならば一度は試すべきだと思った。
俺はデュポーンに向き直って、まっすぐ目を見つめながら。
「デュポーン」
「いい方法があったのダーリン?」
「いや……夜だけ、寝るときだけだったらどうにかなるんだけど、どうかな」
「……」
デュポーンは虚を突かれたかのように、目を見開いてぽかーんとなった。
そうだよな、こんな一言で解決できるわけが――。
「夜だけダーリンと……」
デュポーンはその表情のまま、なんとぷしゅ! と鼻血を盛大にふきだした。
「デュポーン!? 大丈夫か!?」
「いい!」
「え?」
「ダーリン! それいい! それがいい!!」
デュポーンはそう言って、俺に迫った。
いきなり鬼気迫る勢いでやってきたデュポーン、俺は困惑したが……デュポーンは「それがいい」と言ったから、この話は解決したも同然だ。
夜だけ、寝てるときだけなら、効率化した『オーバーソウル』ならさほど辛くはなかった。
デュポーンの姿を見て、一言で解決したラードーンに感動した。
「さすがラードーンだ」
『くく、本当に凄いのはお前なのだがな』
「???」
なんで今ので俺が褒められるのかよく分からないが……デュポーンも満足してるし、これでよし、と思う事にしたのだった。