187.全ては我の手の上
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宮殿の中、謁見の広間。
俺は玉座に座って、使節団と向き合っていた。
謁見の広間まで入ってきたのは総勢10名。
先頭の貴族らしき人を筆頭に、全員が正装をしてきている。
こんなに数多くの貴族らしい相手と対面したのは初めてだ。
ハミルトン家に生まれて、スカーレットなどと親しくなって。
それなりに貴族と対面したり、時にはバチバチやり合ったりもするが、こんなに「多い」のは初めてだ。
「玉座」に座っていながらも、俺は緊張していた。
が、俺以上に向こうの方が明らかに緊張しているのが、それこそ手に取るように分かる。
その理由は――俺の背後だ。
俺の玉座の後ろに、三頭の竜がいる。
ラードーン、デュポーン、そしてピュトーンだ。
三人とも元の姿――の数十分の一の、人間とさほど変わらないサイズをしている。
それだけでなく、体がぼんやりと、淡い燐光を放っている。
そんな姿で、俺の後ろに鎮座している。
更にその後ろの窓の外には、オリジナルサイズのラードーンら三人の姿も見える。
つまりどういう事なのかというと、宮殿の外にオリジナルの巨大な三頭の竜がいて、その三頭とまったく同じ見た目でサイズだけ小さくした、しかし幻想的な光を放つ竜が俺の背後にいる。
謁見の直前、これで何をアピールするのかとラードーンに聞いてみたところ。
『何もない』
「え?」
『別段、これといった意図はない』
「じゃあなんで?」
『人間は理解不能なものを勝手に解釈する、自分が理解できるようにな』
「……?」
『つまり、あたし達がダーリンにラブラブだって思うようになる――』
『三竜がお前に協力的だと思い、勝手に恐怖に陥ってくれるだろうよ』
デュポーンの言葉を遮るように言って、ラードーンはくすくすと笑った。
ちなみにピュトーンは何もいわなかった。
果たして、ラードーンの言ったとおりだった。
彼女達が演出した光景をみて、使節団は終始ビクビクしていた。
「ですので、我が国は決して陛下と敵対するつもりはなく――」
『行動は口ほどにものをいう』
「行動は口ほどにものをいう」
「――っ!!」
謁見中のやり取りとかは、完全にラードーンがアドバイスしたものを、俺が腹話術の人形になったかのように繰り返しているだけだった。
それが間違いなく一番良いやり方だ。
魔法の事は俺も考えた方がいいけど、それ以外のことはラードーンのアドバイスにしたがうのが一番いい。
経験でそれが分かってるから、何も考えずにリピートだけをした。
「先日の一件は我々もいわば被害者でして、本当に困っている――」
『来週あたりにそなたらも加害者にされるのかな』
「来週あたりにそなたらも加害者にされるのかな」
「ーーっ!!」
ラードーンはやっぱりすごくて、一言一言が相手の痛いところをえぐって、その度に言葉を詰まらせた。
それを見る度に、ああやっぱりラードーンに任せて良かったと俺は思った。
『なによなによなによ、ちょっとあんた、ダーリンを好き勝手にしてるんじゃないわよ』
俺はそれに納得して――むしろ進んでそうしているが、デュポーンは不満があるみたいだった。
ドラゴンの姿で居るからか、デュポーンはラードーンと同じように、直接俺の心の中に語りかけてきてて、ほかの人間には聞こえなかった。
そうやって怒ってわめいているが、ラードーンはまったくそしらぬ顔で、知らんぷりをしていた。
それがますますデュポーンを刺激してしまって。
「おい! さっきから聞いてれば好き放題言いやがって!」
『それでは決裂ということで――』
『こっちの話を聞きなさいよ!』
デュポーンはラードーンの言葉を遮るように大声をだした。
ラードーンの言葉を最後まで聞けなかったから、俺はリピートはしなかった。
俺がしなかった代わりに、苛立ったデュポーンが力を放出して、彼女のまわりの床がビシッ! と放射状にひび割れた。
「――っ!!」
「おい! 失礼だろ!」
「申し訳ございません陛下、このものはまだ若く、決して悪気があったわけでは」
偶然の出来事だが、結果として使節団の末席にいた男が俺に怒鳴ったことでデュポーンがキレた――という形になった。
俺への無礼で三竜が怒る、という事態になって、使節団はますます大慌てになる。
俺を怒鳴った男もかわいそうな位に青ざめた。
『成長しないな、いや、文字通り退化したからしょうがないのか』
『退化じゃないわよ! 新生よ新生! あんたも時期がきたら同じようになるでしょうが!』
『そうだったかな』
『むっきーっ! なによなによなによ! いつもいつもスカしちゃって』
『年長者の余裕と言ってもらおうか』
流れが変わった。
さすがにこれはリピートするものじゃない、ラードーンとデュポーンの間のやり取り、だというのは分かる。
だから俺は何も言わずに黙っていたが、二人は――というかデュポーンはますますエスカレートして、そのせいでラードーンとデュポーンの間の空気がビリビリと張り詰め、しまいにはバチバチと空気中に放電しだした。
さすがにこれはまずい。
ドラゴンたちの威厳で使節団を圧倒するのはいい。
でも、ラードーンとデュポーンが仲間割れするのはまずい。
魔法以外の事は――とは言っても、仲間割れがまずいというのは俺にも分かることだ。
『あんたなんかね――』
「デュポーン」
『とめないでダーリン、今日こそこいつを塵一つ残さず――』
「今はやめて」
『うっ……』
「良いかな」
『うぅ……ダーリンがそう言うなら』
「……」
俺はにこりと、デュポーンに微笑んだ。
すると、デュポーンは引き下がった。
直前まであった張り詰めた空気が一気に緩んだ。
手を伸ばして、デュポーンの頭を撫でた。
デュポーンの事が、拗ねた大型犬に見えたから、それをあやすために自然と手が出た。
撫でてやると、デュポーンは『えへへ……』とますます緩んで、ついさっきまでの殺意がどこへやら、という感じになった。
「見たかあれを」
「あ、ああ……まさかあのデュポーンをそこまで手懐けているとは」
「やはり絶対敵に回してはいけない相手だ」
使節団の中でなにかぼそぼそと耳打ちを交わしていたが、ラードーンが相づちを打たなかったから、俺もスルーすることにした。