185.美容魔法
「潰すべきでござる!」
「あいつらぶっ潰そうよ!」
次の日の昼下がり。
ガイとクリスがいきなり尋ねてきたと思いきや、二人そろって鼻息を荒くして、俺に詰め寄ってきた。
俺は面食らった。
普段からガイとクリスは仲がいいなとは思っていたけど、その二人がこれほどびったりと息が合って、同じことを訴えてきたのはなかなか珍しい。
「ちょっと、こっちの真似しないでよ」
「そっちこそそれがしの猿まねはやめるでござる」
「はあ? 猿まねとかじゃないし、本気でむかついてるからぶっつぶそうとしてるだけだし」
「それがしの方が本気でござる」
「あたし!」
「それがし!!」
かと思えば、二人はいつものような感じで、無駄にいがみ合いを始めてしまった。
俺はクスッと笑った。
最初はどうなることかと思ったが、いつもの二人に戻ってほっとした。
「まあまあとりあえず落ち着け。二人とも、同じ相手の事を話そうとしてるって事でいいんだな?」
「さよう!」
「パルタの連中の事だよ」
「ふむ」
俺は小さく頷いた。
渦中のパルタの件ってわけか。
「そのパルタを潰したい、ってことか?」
「うむ! 主よ、それがしに命じて下され。三日で都市を一つ見せしめに滅ぼしてくるでござる」
「なにをー! じゃああたし! あたしなら二日で!」
「むむっ! ふっ、それがイノシシ女の限界でござるな。それがしなら一日で」
「舐めないでよね! あたしなら半日!」
「一時間!」
「十分!」
ガイとクリス、二人はいつもの調子でヒートアップしていった。
向き合って言い合って、しまいには頭突きの如く額を付き合わせるほどの近距離で言い合いを始めた。
「うーん、どうしようか」
いがみ合う――というより張り合う二人をみて、さてどうしようかと迷った。
二人がこんなことを言い出す理由は分かりきっている。
パルタがティエーレを利用して、ちょっかいを出してきたからだ。
ティエーレは交渉が進んで、十年間の契約を結んで――実質俺の傘下に入るという形になったからガイとクリスのターゲットから外れた。
そのため、二人の怒りがまとめてパルタに向かった形だ。
こうなってくると、何も無しに二人を宥めるのは難しいと、俺は「さてどうするか」と頭を悩ませた。
「失礼します主様――あら」
ガイとクリスとは違って、声をかけてから静々と部屋に入ってきたのはスカーレットだった。
部屋に入ってきた彼女は、意地を張り合っているガイとクリスをみて少し驚いた。
「これは一体……」
「気にしなくていいよ、いつものことだから」
「それもそうですね」
いつものこと、と聞いて納得するスカーレット。
ガイとクリスの仲の悪さはこの国じゃ誰もが知っていることで、極端な話、この二人が血まみれのケンカをしていたところでだれも驚かない。
……まあ、殺し合いまでいったら今度は全員が驚くけど。
そういう関係なのが周知の事実だから、スカーレットは一瞬で納得して、二人を無視してこっちを向いた。
「主様にご提案したいことがございます」
「うん、なんだ?」
「パルタへの制裁をご裁可いただきたく」
スカーレットがそう言った瞬間、いがみ合っていたガイとクリスの動きが止まった。
二人はもつれ合ったまま固まって、スカーレットの方を一斉に向いた。
そんな二人の反応を意に介することなく、スカーレットは更に続けた。
「パルタ公国の面従腹背は主様に対する裏切りの行為でございます。その行為に相応の代償を払わせねばなりません」
「裏切りっていうのはちょっと違わないか? お互い国同士で上下関係とかじゃないんだから」
「いいえ、裏切りです」
スカーレットはきっぱりと言い放った。
「例え友人関係であっても、信頼を背く行為は裏切りとなります」
「ああ……なるほど」
言われてみれば確かにそうだ。
「ですので、パルタ公国にお灸を据えると言う意味で、相応の制裁を下すべく、その裁可をいただきにまいりました」
「よく言ったスカーレット殿!」
「あたしはあんたが出来る女だって信じてた!」
ガイとクリスが揃って、鼻息荒く目を輝かせてスカーレットに詰め寄った。
一方、スカーレットはそんな二人ににこりと微笑むだけで特に応えなかった。
「制裁か……別にいいけど」
それもありかもしれないと思った。
ガイ、クリス、スカーレット。
この三人がそういう風に思っているんなら、この国の魔物たちはおそらく9割以上同じ思いが有るって事だろうな。
みんなが怒ってるなら、何かしなきゃなと思った。
「何をすればいいんだ?」
「命令を下され主!」
「あたしがぶっ潰してくるから!」
ガイとクリスは同じ主張を繰り返した。
それはさっきも聞いたから、ひとまずスルーした。
スルーしつつ、スカーレットを見た。
「スカーレットは何か考えがあるの?」
「はい。まず主様にお尋ねしますが、美容のための魔法はお持ちでしょうか。あるいは作ることは可能でしょうか」
「美容のための魔法?」
俺は少し考えた。
まずは知識の中を探る。
「持ってないかな。具体的にはどういうのがいいの?」
「効果時間は約一日、その一日の間に――そうですね、5年くらい若く見える魔法というところでしょうか」
「若く見える?」
「はい、見えるだけで構いません」
「それなら出来るけど」
俺は少し考えた。
スカーレットのいう条件。
見た目だけ5年くらい若く見える。
その効果時間は約一日。
「うん、普通に出来る」
「それを開発して、魔導書にする事は可能でしょうか」
「それも普通にできる」
魔導書――古代の記憶関連はそんなに難しい事じゃない。
無理なく「普通に出来る」レベルだ。
「それを作ればいいの?」
「はい、二つ」
「二つ?」
「完成したものを、ジャミールとキスタドールに贈り物として渡すのです」
「パルタの制裁の話じゃなかったの?」
「もちろんでございます。このような最新魔法、『わるいな二つしか作れなかったんだ』といって、パルタを仲間外れにするのです」
「ふむ……それで?」
「それだけでございます」
スカーレットが自信たっぷりに頷く。
それだけって……それで何がどうなるの?
俺が不思議がっているのと同じように、ガイとクリスもにたような反応をする。
「スカーレット殿、そのような事ではなくもっと痛みを与える方法を採るべきでござる」
「そうそう、もうなんだったら全兵力でパルタとかつぶす勢いでさ」
「これは、王族の女としての観点です」
スカーレットはにこりと言い放った。
「美容の魔法、はっきりと五歳は若返って見える魔法。そんな物があれば、王侯貴族の妻でほしがらないものはいません。そして、妻のおねだりは夫に向かいます」
「ふむ?」
「だから?」
ガイとクリスはやっぱり理解できない、って感じで首をかしげる。
二人は魔物だから分からないんだな。
俺は――ここでやっとわかった。
「そうか、国王でも……奥さんとかハーレムの人達には弱いんだ」
「さすが主様、おっしゃるとおりでございます」
スカーレットはにこりと微笑んだ。
その微笑みが……ゾッとするくらい怖かった。
「ジャミールもキスタドールもたった一つの魔導書を渡す義理はございません。しばらくの間、パルタの上層部は妻達になじられる日々が続くことでしょう」
「なるほど。上手いなスカーレット。よし、それを採用だ」
頷く俺。
「ありがとうございます、主様」
提案を採用してもらえたスカーレットは嬉しそうに微笑んだ。
その後スカーレットの狙い通り。
美容魔法をハブられたパルタの上層部が、慌てて俺のご機嫌取りをしてくるのだった。
ここまで如何でしたか。
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