183.マリオネット
『その話、お前が直接やった方がいい』
スカーレットに任せようとしたところ、ラードーンが口を開き会話に割り込んできた。
俺はスカーレットに「少し待ってくれ」という感じのジェスチャーをしつつ、ラードーンに聞き返した。
「俺が直接やった方が良いって、どういう事?」
『傭兵にそのような長期的な契約は普通ではない』
「ふむ」
『下っ端がそのような話を持っていっても信用されないであろう。この国の主、国王たるお前が出向いた方が信用される』
「なるほど」
その話は何となく分かる。
俺は実際に体験したことはないが、大きな商談の話は商会の主人が直接出向くものだ、という話はよく聞く。
自分とは全く無縁の話だったから完全に意識外だったけど、ラードーンに言われて思い出して、納得した。
「分かった。スカーレット、俺が直接話すから、ティエーレの傭兵――リーダーが良いな。そのリーダーが捕まっている牢屋に案内してくれ」
「承知致しました! どの牢にいるのか調べて参ります」
「うん」
俺が頷くと、スカーレットは一礼して、身を翻して部屋から出て行った。
その後ろ姿に少し見とれた。
ジャミールの王女であるスカーレット。
俺を「主様」と呼んで慕ってくれて、自分を部下だとしてその様に振る舞っているが、根本的なところではやはり「お姫様」だ。
仕草は上品だし、華やかさもある。
所作の一つ一つに見とれる事も珍しくない。
そんな風に見とれていると、ラードーンがまた話しかけてきた。
『交渉だが』
「え? あ、うん」
『我の言う通りにしゃべれるか』
「ラードーンの言う通りに?」
『うむ。すこし思うところがあってな。本当は我が外に出てやればいいのだが、少女の姿では侮られるし、真の姿だと行きすぎる』
「なるほど」
俺はうなずいた。
ラードーンがどういう交渉をしようとしてるのかは分からないけど、今の話はわかる。
ラードーンが普通の、大人の女の姿になれればそれが一番相応しい外見になるんだろうけど、俺にこうして言ってくるって事はできないんだろうな。
「わかった。ラードーンの言うことを復唱すればいいんだな? 一言一句間違えずに」
『多少は違ってても構わぬよ』
「せっかくだしちゃんとしよう……うん」
俺は少し考えて、術式を組む。
即興で名前も決める。
「【マリオネット】」
魔法陣の光が俺の体を包み込む。
『ほう、どんな魔法だ?』
「ほう、どんな魔法だ?」
『むぅ? 今のは』
「むぅ? 今のは」
『我の言葉をそのままリピートするのか』
「我の言葉をそのままリピートするのか」
俺は口から発した言葉とは別に、首をはっきりと縦にふった。
今、俺の口は俺のコントロールから離れている。
魔法をつかって、ラードーンにリンクさせた。
ちなみにリンクの範囲は魔法を使ったときに決められて、今回は口だけにした。
『簡単な魔法とはいえ、即興で編み出せるのはさすがだな』
「簡単な魔法とはいえ、即興で編み出せるのはさすがだな」
俺は微苦笑した。
自分の口から自分を褒める言葉が出るのはちょっと恥ずかしかった。
『ふふ、安心しろ。魔法を解除するまではもう褒めん』
「ふふ、安心しろ。魔法を解除するまではもう褒めん」
俺は微苦笑したまま更に頷いた。
そうしてくれると――ちょっと助かる。
☆
すこしして、戻ってきたスカーレットに案内してもらって、牢屋にやってきた。
今でも赤い壁を越えてくる侵入者は後を絶たないので、複数作った牢屋のうちの一つだ。
地下牢方式になっているそこに入って、一番下の階に降りる。
淀んだ空気にちょっと眉をひそめた。
「この一番奥の牢です」
『「ご苦労」』
「――っ! は、はい!」
スカーレットは少しびっくりしたあと、何故か……ちょっとだけ嬉しそうな顔をした。
なんでそこで嬉しそうな顔をするのか――それが分からないまま歩き出し、目当ての牢屋に進む。
スカーレットを引き連れて、彼女が言う一番奥の牢――檻にやってきた。
檻は小さな物だが金属製だ。
ちょっとやそっとじゃ脱獄は出来ないような檻の中に、片目の大男がいた。
男はいかにもならず者って感じの扮装で、街中で出会っても盗賊か傭兵かの二択って感じの格好だ。
男はぎろりと俺を睨んだ。
「子供? なんだてめえは」
「無礼な! この方をどなたと心得ている!」
『「いい」』
「しかし、主様――」
『「スカーレット」』
ラードーンの操縦通りに言葉を紡ぐ俺の口。
勝手に動く口とは違って、ラードーンからスカーレットを見るようにっていう感じが頭に流れ込んできたので、そのままスカーレットを向いて、彼女を見つめた。
自分で口を動かす必要はないから、代わりにまっすぐスカーレットを見つめた。
「――っ!」
スカーレットは息を飲んだ。
「わ、わかりました」
『「うむ」』
俺は頷き、男の方に向き直った。
「お前……一体」
『「リアム・ハミルトン。この国の主だ」』
「魔王リアム! こんなガキだったのか!」
魔王リアムって……なんか前にもちらっとそういう呼び方を聞いた事があったけど、普通に広まってる様なものなのそれ。
『「その名を知っているのなら話は早い」』
ラードーンは平然と言い返した。
魔王リアムという呼び名を普通に受け入れたような返事に俺はちょっと恥ずかしくなった。
『「そういうお前はティエーレの何者だ? どれくらいの立場にいる」』
「とっとと殺せよ。傭兵がつかまったんだ、覚悟は出来てる」
『「お前に覚悟は出来てても、部下はどうなのだ?」』
「ここに来る連中は全員出来てら」
『「国許の人間は?」』
「国許の人間は?」
「てめ……何を企んでいる」
『「警戒するな、悪い話ではない」』
ラードーンがそう言った後、俺は意識の指示に従ってその場で座った。
無造作にあぐらを組んで、柵越しに男と向き合って視線の高さを合わせる。
『「パルタからどの程度の契約をしてもらってる」』
「話すと思うか?」
男は鼻で笑った。
『「聞き方を変えよう。その契約はいつ終わる」』
「……さっきから一体何が言いたいんだてめえは」
男の興味がこっちに向いた。
『「終わった後に契約を結ぼうと思ってな」』
「契約だと?」
『「そうだ。終わった後ならなんの問題もあるまい?」』
「本当に……一体何を考えてる」
『「シンプルな話だ。お前達は契約中は雇い主を裏切らないと聞いた」』
「ああ、当然のことだ」
『「それを見込んで、十年くらいまとめて、国ごと契約しようと思ってな」』
「――っ!」
男は驚き、絶句した。
「な、何を言ってやがる……」
驚いた末に搾り出した言葉は、本人の驚きをそのまま表している様な言葉だった。
『「もっとわかりやすく説明した方がいいか?」』
「そうじゃねえ……何が狙いだ」
『「それこそシンプルな話だ。金で敵の戦力を削ぐ、理解できないか?」』
「……」
男は沈黙した。
口をつぐんだが、目はじっと俺を見つめた。
話は理解したが、その話が本当なのかと俺の真意を探ってくる様な目だ。
ラードーンの指示はなかったが、俺は男をじっと見つめ返した。
受けて立つように、まっすぐ見つめ返した。
「そんな空手形――」
『「広さ的にはギリギリか」』
男の言葉を遮るようにして、まわりの空間を見た。
地下牢なだけあって狭かった。
「どういう意味だ?」
『「こういうことだよ――アイテムボックス」』
俺の口から出たのは「ラードーンの言葉」だ。
だから魔法は発動しなかったが、それを口にするという事は今必要だから、言葉に一呼吸遅れてアイテムボックスを発動した。
『「説得力が欲しいのだろう? 現金をここでみせてやる」』
ラードーンの言葉を受けて、俺はアイテムボックスから現金を取り出した。
ブルーノ経由で交易して手に入った金貨。
国庫金――国の金だが、一番の保管場所は俺の【アイテムボックス】だから、そこに置いてる。
そこから取り出した金貨を床に並べた。
並べて、男に見せつけた。
男はぽかーんと口を開け放った。
『「これくらいで足りるだろう」』
こっちにも向けられたラードーンの言葉で、金貨を取り出すのをいったんやめた。
『「どうだ、これで足りるか?」』
「た、足りる、がよ」
『「うむ? なにか問題でもあるのか?」』
「こんな大口の話、俺の一存じゃきめらんねえよ。国許に持ち帰らねえと」
『「道理だ、確かに現場の指揮官の一存で決められるような話ではないな。スカーレット」』
「は、はい!」
それまでずっと背後で見ていたスカーレットが、いきなり名前を呼ばれて慌てた。
俺は振り向き、肩越しにスカーレットを見つめて。
『「この男を解放してやれ」』
「い、いいのですか?」
『「話を持ち帰ってもらわないことにはな」』
「かしこまりました」
話が飲み込めると、すぐに落ち着くのが有能なスカーレットらしかった。
彼女は持っていた牢屋の鍵を取り出して、男の檻にかかった錠前をはずして、ドアを開けてやった。
「……いいのか?」
『「お前まで何を言ってる」』
俺はクスッと笑った。
『「持ち帰らない事には話が進まない、そう言ったのはお前だろ」』
「それを受け入れるとは思わねえよ」
『「逆だ、お前も受け入れろ」』
「……もう一回聞く。本当にいいのか?」
『「逆に聞く、俺の気が変わらない内にさっさと動かなくて良いのか?」』
そういって、今度はラードーンの指示でにやりと笑ってやった。
男は複雑な表情をしたが、そのまま檻の外に出た。
「なにか証をくれ」
『「手付金として一割持っていくといい」』
「ーーいいのか!?」
また驚く男。
傭兵国家を一年丸ごと契約する金額ということだ。
俺にとってはどうであれ、それはティエーレの全国民を一年間食わせられる金額ということになる。
紛れもなく大金だ。
「……かならず」
『「うん?」』
「必ず国の人間を説得する、だから、気が変わらないように待っていて欲しい」
『「ああ」』
俺は小さく頷いた。
そして振り向き、スカーレットに『「運搬の手配と、他の仲間を出して」』といった。
スカーレットは忠実に応じた。
そして男を連れて、外に出た。
そして、その場に残った俺とラードーン。
『「もう良いぞ」』
最後もラードーンの言葉を口にした俺。
それにちょっとおかしさを覚えつつ、【マリオネット】の魔法を解除した。
「ふう……さすがだよラードーン、完全にラードーンペースの交渉だった」
『ふふっ、それは我の台詞だ』
「え? 俺なにもしてないぞ。ラードーンの操り人形だっただけじゃないか」
『魔王ともあろうものが、その操り人形に完全に徹するのがとんでもないこと。普通の人間であれば、お前のような立場になればそうされるのに反発を覚えるものだ』
「立場関係なくないか?」
俺はすこし首をかしげた。
「だってこういうことはラードーンの方が上手いんだから。実際、魔法の事じゃないから俺は途中でなにも思い付かなかったし」
『それがすごいということなのだ』
「はあ……」
何がすごいのかわからなかったが、ラードーンがそういうのならそれでいっか。
なにより――と俺は男とスカーレットが去っていった階段を見上げた。
傭兵国家ティエーレの件は、これで上手く解決しそうだと思ったからだ。
ここまで如何でしたか。
・面白かった!
・続きが気になる!
・応援してる、更新頑張れ!
と思った方は、広告の下にある☆☆☆☆☆からの評価をお願いいたします
すごく応援してるなら☆5、そうでもないなら☆1つと、感じたとおりで構いません。
すこしの応援でも作者の励みになりますので、よろしくお願いします!