182.傭兵国家
「以上が、傭兵国家ティエーレの詳細です」
宮殿の執務室の中、俺はスカーレットからティエーレの話を聞いていた。
有能なレイナに一から調べさせるよりも、スカーレットの方が知っているかもしれないと思って聞いてみたら大当たりだった。
「すごく貧乏なんだな……」
スカーレットから聞いた話に、俺は軽く言葉を失った。
「はい。ティエーレが支配している土地は痩せ細っていて、まともに作物が育ちません。かといって他に資源も無く、観光になるような名所もない。その上戦略上の要衝になる立地でもない。それ故にどこからも見向きもされず、独立を保ち続けていられたのは皮肉な事なのですが……」
「ラードーンが言ってたことが今更になって分かるよ。国全体が傭兵にならないと喰っていけないようなところなんだな」
「はい」
頷くスカーレット。
初めて話を聞いた俺は、ティエーレにそれなりの同情を抱いたが、前から既に知っているスカーレットは平然としていた。
「ただ」
「ただ?」
「傭兵としての矜恃はそれなりにあり、国民は子供の頃からそういう教育を受けていますので、金さえ払えば――という便利な駒としては使われています」
「仕事はあるって事なんだ」
「おっしゃる通りです」
俺は頷いた。
本当の意味での最悪にはならずに、他人事ながらちょっと同情してしまったが、それを聞いてちょっとホッとした。
とりあえず状況は理解した。
さて、これから――。
「主!!」
パン、とドアが乱暴に開け放たれた。
ガイがズンズンと大股で入ってきた。
「どうしたガイ、その剣幕。何かあったのか?」
「主よ! それがしに連中の処刑をさせてくれ」
「なんだいきなり、物騒な事を。連中の処刑って何の事だ?」
俺は眉をひそめて、ガイに聞き返した。
ガイの物言いは普段とはそれほど変わらないが、内容が危なっかしくてぎょっとする。
「連中でござるよ、今捕まえて牢屋に放り込んでいる連中」
「ティエーレの傭兵の事か?」
「そうでござる!」
ガイは執務机の前に来て、両手を机について身を乗り出して俺に迫った。
「なんでまた」
「無礼なのでござる。牢の中で主の事を口汚く罵っていたのでござるよ」
「あー……」
俺は小さく頷いた。
「まあ、そんなものだろ。俺の命令でつかまった様なものだから、怒りの矛先がこっちに来るのはしょうがない」
というか、そうならない方がおかしい。
傭兵をやってる人間と何回かあったことはあるけど、全員例に漏れず荒くれ者ばかりだった。
そりゃあまあ、俺の事を罵ったりもするだろうな。
「だとしても言っていいことと悪いことがあるでござる」
「うーん……というか、よく俺に聞きに来たな」
「レイナが聞けと言ったでござる。殺さずに牢屋に放り込んでるって事は、主がまた何かに使うかもしれないと言っていたでござる」
ナイスだレイナ。
別にその先の使い道なんて全くなくて、スカーレットからより詳しい話を聞くまでで隔離しているだけなんだけど。
それでガイの暴走を食い止めてくれたレイナにちょっと感謝だ。
「えっと……とりあえず処刑はなし」
「えー」
ガイは不満そうに唇を尖らせた。
普段からずっといがみあって――つまり顔をつきあわせているからか。
「ガイのその表情、クリスにそっくりだな」
「ーーっ! な、なんだって!!!」
ガイはがーん、ってものすごくショックを受けた顔をした。
「そ、それがしがあのイノシシ女とそっくりでござるか?」
「ああ。まるで兄妹みたいだ」
「……」
ガイは絶句した。
ものすごくショックを受けた様子だ。
いや、本当にちょっと似てたんだ。
というか、そこまでショックを受けることでもないだろ。
二人は傍から見ていると本当に仲良しだと思う事がよくある。
たまに「お前ら結婚しちまえよ」ってなるくらい、一見していがみ合ってるのにすごく仲良しだって思う時がある。
だからそんなにショックになるようなことじゃないと思ったんだが、本人からしたらそういう物でもないみたいだ。
そんなガイはショックを受けて、魂の抜け殻のような顔をして、ふらふらと出ていった。
「大丈夫なのでしょうか?」
その後ろ姿に、さすがのスカーレットも少し心配になったようだ。
「うーん」
俺は少し考えてから。
「たぶん大丈夫だ。この後クリスとばったり会いでもしたら、それで因縁ふっかけてケンカして、それで立ち直ると思う」
その光景がありありと想像できた。
ガイとクリスのケンカとかいがみ合うシーンとかしょっちゅう見てきたから、すごく簡単に想像がついた。
「そうですか。ティエーレの者達はどうなさるのですか?」
「少し閉じ込めて、どこかタイミングを見て解放するよ」
「よろしいのですか?」
「向こうも仕事だったわけだし、恨みもないし」
俺は頷きながら答えた。
ティエーレの傭兵達は、まだよく知らない事もあって、さらにはちょっとだけ同情した事もある。
だから、それくらいでいいかなと思った。
「ですが、解放すればまた来るかと」
「そうなの?」
「はい。パルタに主様と敵対する意思がある限りは」
「なるほど……」
「それに」
「それに?」
「他の二カ国も、今ティエーレを使えば、パルタに罪をなすりつけられると思うかもしれません」
「あー……そうなるのか」
俺はまた少し考えて。
「ジャミールもキスタドールも、そうする可能性はあるのか?」
「残念ながら……どちらもまだ主様の事を完全に認めた訳ではありませんので」
「そうか」
ジャミール、パルタ、キスタドール。
神竜に大きく関わってる三カ国とは最近それなりに良い関係を保てていたけど、実際のところは表面上の態度を取り繕ってるだけ、って事なのか。
それはまあ……しょうがないことか。
「ですので、わたくしとしては……金で動くティエーレを今のうちにどうにかした方がよいかと思います。今であれば、契約の優先順でパルタに雇われているだけでしょうから」
「契約に優先順なんてあるのか?」
少し不思議になって、聞き返した。
「あっ、はい。ティエーレはその辺り妙に律儀で、金で動く割りには、一回した契約を自ら破棄することはないのだとか。それで信頼も勝ち得ているとのこと」
「ふーん、じゃあこっちが契約したら?」
「え?」
スカーレットはきょとんとなった。
「こっちが契約すれば、契約している間は敵対しないってことだよな?」
「それは……えっと……」
俺の質問、その内容をまったく予想していなかったのか、スカーレットは困惑した顔で考え込んだ。
彼女にしては珍しく、困りつつたっぷりと一分間ほど考え込んでから。
「おそらくは……」
「じゃあそうしてみよう」
「ですが、それでは契約が切れれば――」
「ティエーレを国ごと、一年――いや十年くらい契約できそうかな」
「――っ!」
ハッと驚くスカーレット。
その発想もまたなかったようだ。
「……おそらくは」
さっきの「おそらく」よりは少し間が空いたものの、スカーレットの瞳には確信めいたものがあった。
「ティエーレも、長期契約であればありがたがるはず。むろん、先払い出来ればですが」
「金は足りそう?」
「それは造作も無く。主様の技術や産物でこの国の国庫は潤ってございます。ティエーレ程度なら10年と言わず100年でも契約は可能です」
「だったらやってみて」
「はい」
スカーレットは一度背筋を伸ばして、俺の指示を受け入れた。
直後に表情が少し和らいで。
「さすが主様、そのような発想、全くございませんでした」
と、尊敬に満ちた眼差しで、俺を見つめてくるのだった。
ここまで如何でしたか。
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