179.半分だけ眠る
「それじゃ、どうすればいい」
「このまま寝ればいいよぉ」
「このままか」
俺はちらっと周りを見た。
目覚めてからずっとベッドの上にいたままだ。
ピュトーンに馬乗りされているのもあって、目覚めてからベッドを降りてすらいない。
このまま二度寝をする感じでいいのかな。
そう思っていると、ピュトーンは俺の上から退いた。
「ピュトーン?」
何事かと思えば、彼女は流れるような動きで、俺の腕を若干ずらして、腕枕にした。
「それじゃあ、おやすみぃー」
そう言って、ピュトーンは静かにまぶたを閉じた。
小柄な彼女は、俺の腕を枕にして、一瞬でまた眠りに落ちた。
呆れるほどの寝付きの良さだ。
「おっと」
寝た瞬間、ピュトーンの体からまた眠りの霧が漏れ出した。
俺は慌てて、魔法を使って眠りの霧を吸い込んだ。
枕を持ってないからなあ、霧を吸い取るパジャマでも作ってやるか。
うーん、それでも着てない時に普通に寝ちゃうかな、ピュトーンは。
その辺も踏まえて、もっと何か考えた方がいい、と俺は思った。
そのまま目を閉じる。
俺はピュトーンほど寝付きが良くないけど、魔法がある。
すぐに眠りに落ちないと悟ると、スリープの魔法を自分に掛けた。
掛けた後すぐに眠気が襲ってきたが――ピュトーンの眠りの霧を使えば良かったじゃん、と思った。
そこで――意識が途切れた。
☆
目を開けると、そこは自分の部屋だった。
「……」
めをあけて、まわりをみる。
からだをおこそうとして、おきあがれない。
なんでこんなことになってるんだろう。
あたまがぼうっとして、はっきりしない。
うでがなんだかおもかった。
うでのほうをみた。
ぴゅとーんが、おれにうでまくらされていた。
「ああ」
おもいだした。
かのじょといっしょにねたんだった。
あたまがぼうっとしてるのは、ねてるからなんだな。
ぼうっとしててうまくあたまがまわらない。
なんのためにかのじょといっしょにねているのかもよくおもいだせない。
どうすればいいんだろう、これ。
『まほうをつかえばよいのではないか』
「まほう」
らーどーんのこえがきこえた。
『そうだ、魔法なら得意とするところだろう?』
「まほう」
おれはすこしかんがえた。
そういうことなら、めがさめるまほうだな。
おれはふかくかんがえないで、めをさますためのまほうをつかった。
☆
「……また天井だ」
目を開けた瞬間、見えたのは見慣れた天井だった。
そして、腕に重みを感じた。
腕枕しているピュトーンは、無邪気な顔ですやすやと寝ている。
まるで天使の様な寝顔は、出会ったときからまるで変わっていない。
『起きたか』
「ああ、ありがとうラードーン。アドバイスしてくれたんだな」
『なあに、おもしろかったぞ。思考能力が低下しながらも魔法だけはすぐに思いつくのがお前らしくて面白かった』
「あはは……」
褒められてるのか微妙な所で、俺は微苦笑した。
『して、どうだった』
「そうだな……さっきのことは、まるで夢のようだった。ぼんやりして、自分のようで自分じゃない。今思い出そうとしても大半が指の隙間から水がこぼれるかのように思い出せない…………うん、夢だな」
『そうか。しかしお前は確かに動いていた。そして魔法も使えて、魔法に関する思考能力も残っていた――魔力はどうだった』
「ああ、それは間違いない」
俺ははっきりと頷いた。
大半の記憶が夢のようにこぼれ落ちていても、それだけははっきりと体が覚えている。
「普段よりもはやいペースで回復してた、あれがピュトーンが言ってたやつだな」
『そうか。良かったではないか』
「……」
『どうした、素直に喜ばないのか?』
「ラードーンは見てたから分かると思うけど、あれは起きてはいるけど、思考能力が低下しすぎて何もできない。あれなら素直に全部寝てしまった方が良い」
『ほう』
「……いや、違うな」
俺は腕枕されたまま、天井を見あげたまま考えた。
目の先に映っているのは天井だが、
頭に浮かんでいるのは魔法の事だった。
「さっきのやつ……割合にすると7割くらいが寝てた」
『ふむ』
「なら、割合を調整すれば実用レベルになるんじゃないのか」
『ほう、面白い目のつけ所だな。やれるのか?』
「やってみる」
俺はイメージした。
ピュトーンに誘われた夢の世界。
魂の七割が寝ていて、三割だけが起きている状態。
その、感覚。
その感覚を思いだしつつ、イメージして魔法に落とし込む。
「【ヘミスフィア】」
☆
「……」
何度目の目覚めだろうか――四度目か。
俺は天井を見あげながら考えた。
横には相変わらず、ピュトーンがすやすやと寝息を立てている。
そして俺も――魔力は普段よりも回復が速い。
さっきほどじゃないが、それでも普段起きている時より回復が早い。
「……」
『起きているのか?』
「……」
俺は答えようとした、が言葉がでてこなかった。
ああ、そうだった。
言葉をカットしたんだ。
魂がもつ能力というか、機能というか、そういうのを限定的にカットして、その分だけ眠りにつかせた。
言葉とか嗅覚とか、無くても致命的じゃないものをカットして、5:5くらいの割合で自分の魂を眠らせた。
これなら、半分眠らせてもぎりぎり日常生活を送れそうだ。
『ふふっ、相変わらず面白いことを考える。それを魔法で実現できるのもさすがだ』
ラードーンは、楽しそうな声で言った。