177.RとDの献身
次の日、俺は自分の部屋で魔力の鍛錬をしていた。
ピュトーンの安眠枕からヒントを得た。
まず、魔法というのは、使えば使うほど鍛錬になる。
肉体と同じだ、走り込みをすればするほど体力が鍛えられる。
しかし、魔力も体力と同じで限界がある。
使い切ってしまうと、回復するまで次の魔法を使えない。
ピュトーンの枕は、本人が放った眠りの霧を魔力にして、霧を吸い込む魔法が発動する仕組みだ。
その魔法で吸い込んだ霧を更に魔力にして、魔法の発動を維持すると言うわけだ。
それを支えるのは、「魔法の効果から魔力に還元」するという仕組みだ。
俺はそれを自分の鍛錬につかった。
今までなら、100の魔力では100の魔法しかできない。
けど、この魔力還元の方法なら、100の魔力から15くらいの魔力が還元される。
その15からも更に100分の15が還元される。
そこから更に――。
と、途中の細かい計算は省くけど、このやり方だと最後の最後まで搾り取って117くらいの魔法が放てる。
鍛錬だけで考えれば、効率が断然あがる。
これだと大して差は無いように見えるが、魔力回収率が今は15%で、これが50%まで上がれば、鍛錬の効率は倍の200くらいになる。
だからそれを目指しているんだけど……。
「難しい、か」
『何がだ?』
部屋の中で一人っきりだからか、ラードーンはすぐに俺の独り言に反応してきた。
「ああ、回収率の事なんだ。いまは15%だけど、たぶん近いうちに20%近くにはなる……んだけど」
『限界でも見えたか』
「ああ」
俺ははっきりと頷いた。
俺が分かったことだから、ラードーンも気付いているんだろう。
「このやり方だと最終的に30――いや、29%が限界だろうな」
『ほう、さすがだな』
ラードーンが俺を褒めてきた。
『うむ、その方法ではその辺が限界だろう。それ以上に回収率を上げるには全く新しい術式がいる』
「やっぱりそうか……まいったな、これは」
『ふふ』
「うん? どうした、急に笑ったりして」
『さすがだなと思ったまでよ』
「さすが?」
『この段階で限界をはっきりと言い当てられるのはさすがというほかない。進めていって判断するのは誰でもできるが、わずかな事実からの推測で言い当てられるのは見事だ』
「そうか」
ラードーンはどうやら俺を褒めているみたいだけど、それよりもこのやり方がいずれ袋小路に突き当たる事を知ってちょっと困った。
『まあ、頑張るがよい。100%に到達できると良いな』
「ああ、それは無理だ」
『ほう?』
「人間の肉体じゃ87%くらいが限界だと思う。ラードーン達、竜の肉体でも95%が限界だろうな」
俺は言った。
『ふっ、ふははははは』
「な、なんだ。今度はどうした」
『なんでもない』
「なんでもないって」
今の笑い方から何でもないってことはないだろう。
だがまあ……ラードーンは楽しそうだからいっか。
『そういえば』
一転。
ラードーンは話題を変えてきた。
『この街にピュトーンも住み着いたな』
「え? ああ、うん」
俺からすればまだ「住み着くのかな」って聞き返したい段階だけど、ピュトーンの事をよく知ってるだろうラードーンがそう言うのなら住み着くことはもう決定事項なんだろうな。
『我ら三人が揃い踏みとなったわけだ』
「そういえばそうだな」
『三竜戦争とやらの理由は気にならんのか?』
「ああ、そういえば」
そんな話もあったっけな。
「いや、別にいいよ」
『ほう、なぜだ』
「終わったことだろ?」
『なぜそう思う』
「今でも続いてる話なら、かち合った瞬間にもうおっぱじめてるんじゃないのか」
『なるほど、そういう理屈か』
「間違ってたかな」
『……いいや、当たらずといえども遠からず、だ』
「そうか」
大体あってるってことか。
それならそれでいい。
「だったら別に良いんじゃないかな」
『ふふっ、お前は本当に……大物なのかただのバカなのか』
「ただのバカはさすがに傷つくな」
俺はそう言って、再び、魔力の鍛錬に戻った。
思考を二つに分けた。
今のやり方で効率限界――29%を目指す。
そして別のやり方を模索する。
多重魔法の事で覚えたやり方で、二つの考えを同時に頭の中で動かした。
☆
「邪魔をするよ」
「し、神竜様!?」
スカーレットの部屋の中。
傍若無人を具現化したような態度で、デュポーンが部屋に入ってきた。
机の前に座って書き物をしていたのだが、慌てて立ち上がってデュポーンに席を譲ろうとした。
「いいよいいよ、そういうのは。話が終わったら立ち去るから」
「は、はあ……。神竜様が私にどのようなご用で」
「感づいてると思うけど、ピュトーンのヤツがこの街に来てる。間違いなく住み着くね、あれ」
「は、はい」
スカーレットは小さく頷いた。
様々な状況から、そうであろうと言うのは彼女も分かる。
「人間達ってさ、あたしたち三人が一カ所に集まる事をどう思う?」
「それは……」
「言い難いのなら良いよ。別に責めるために来たんじゃないから」
「で、では……?」
デュポーンは出会った当初から変わらないあけすけな物言いだったが、スカーレットは果てしない威厳や威圧感の様なものを感じていた。
それは竜と人間の決して越えられない壁のような物だと彼女に強く言っているようなものだ。
「あたしが言いたいのは、政治とか外交? 根回しとか。そういうのが必要なんじゃないかってこと」
「……はい」
デュポーンの話を聞いて、スカーレットはハッとした。
そして、幾分か落ち着きを取り戻した様子で。
「必要かと思われます」
「じゃあやっといて、ダーリンはそう言うの、考えつかないだろうから」
「かしこまりました。どのようにするのかは――」
「あー、人間のそういうのめんどいからわかんない。いいようにやって、任せる」
「承りました」
スカーレットがしずしずと頭を下げた。
それで伝えたいことは伝えられた、と思ったデュポーンは身を翻して、迷いのない軽快な足取りで立ち去った。
「……」
部屋に一人残ったスカーレットは、机の上にある書きかけの手紙に目を落とした。
デュポーンが今し方言った、「根回し」のための手紙だ。
「ラードーン様と同じことをおっしゃる……」
手紙を書き始めたのは、ラードーンのアドバイスだ。
半日ほど前、ラードーンが同じように前触れもなくやってきて、まったく同じことを言っていった。
「さすが主」
スカーレットは歓喜の表情を浮かべた。
デュポーン、そしてラードーン。
二人とも、本人が決して得意ではない根回しなどが必要だと気づいて、それをスカーレットに頼みに来た。
リアムのために。
スカーレットからすれば、雲の上の存在である竜二頭。
その二頭がそろって、リアムのサポートに回っている。
献身的、と言ってもいい形だ。
スカーレットは、その事実に歓喜するのだった。