176.安眠枕
ピュトーンを宮殿に連れて来た。
ラードーン、デュポーンと同等の存在なんだから、どこか適当なその辺――という訳にはいかないので、俺の家になってる宮殿に連れて来た。
ここなら俺のテリトリーだし、部屋は沢山余ってるから問題ない。
その中の一つ、ベッドが置かれてる部屋に連れて来て、起こさないように丁寧に寝かせた。
「ふみゅ……もう食べられないよぉ」
「何を食べてるんだか」
可愛らしい寝言に俺はちょっと苦笑いした。
「この子はマグマが好きだよ。デザートなんだけど」
「本当なに食ってるんだよ!?」
一緒についてきた、デュポーンの暴露に思いっきり突っ込んだ。
「本当にマグマ食べるの?」
「うん、あっ竜の姿の時だけどね。人間の姿の時は激辛が好き」
「まだちょっとあれだけど普通に落ち着くのな」
「唐辛子の丸かじりとか好きだったっけ」
「激辛好きにもほどがある!」
俺はまたまた突っ込んだ。
「むにゃむにゃ……」
寝顔はすこぶる可愛らしい女の子、ちょっとお姫様風にも見えるのに、いちいちすごいやつだな。
ふと、俺は気付いた。
一緒についてきたスカーレットが、部屋の入り口の近くで唖然としている事に。
「どうしたスカーレット」
「ゆ、夢みたい」
「え?」
「神竜様達が一緒にいるところをこの目で見られるなんて」
「ああ」
俺はなるほどと頷いた。
竜――「神竜」にただならぬ感情を抱いてたスカーレットだからな、そりゃこうもなるか。
「わ、私に何か出来る事は無いだろうか」
「出来る事? そうだな……」
俺は少し考えた。
寝ているピュトーンを見つめながら考える。
ピュトーンが寝ている横にアイテムボックスとダストボックスがある。
二つのボックスが、変わらずピュトーンの体から出続けている眠りの霧を吸い込んでいる。
スカーレットに「何ができる」と言われなくても、いずれは何とかしなきゃいけないって思っていたものだ。
「そうだな……じゃあ、枕を作ってくれ」
「枕、ですか?」
「ああ。デュポーン、彼女に枕を作るとしたら、どういうのが好きそうなんだ?」
「そうだね、可愛らしいのじゃない。こうフリフリしたちっちゃい女の子っぽいの」
「だそうだ。そういうのを作ってくれ」
「はあ、枕、ですか」
スカーレットは頷きつつも、なんでそれを、と言わんばかりの反応だ。
たしかに今ピュトーンは寝ている。
そこから繋がる「枕」という話に、半分納得半分不思議って感じだ。
「俺に考えがある。頼む」
「……分かりました、主がそうおっしゃるのなら」
スカーレットは頷き、部屋から飛び出していった。
彼女を見送った後、デュポーンが聞いてくる。
「何をするつもりなのダーリン」
「ピュトーンはなんだかここを気に入って、住み着きそうな感じだろ」
「だねー」
「そうなるとあの眠りの霧を何とかしないといけない。この街でみんな眠らされる訳にはいかないから」
「何日か寝たらあっさり死にそうな種族いくつもあるもんね。スライムとか」
「三日も寝たら干からびるよな」
俺は微苦笑した。
スライムは食事よりも水分の方が大事だ。
体のほとんどが水分でできている様なもので、三日も水分補給しなかったら間違いなく干からびてしまう。
「だから、この眠りの霧を何とかしないといけない」
「なんとかできてるじゃん?」
「俺がずっとつきっきりでいるわけにもいかないだろ。アイテムボックスもダストボックスも、占拠されて使えないと良くないし」
「そっか。どっかに放り込んじゃえば?」
「それも考えた。アナザーワールドとかでいいんだろうけど、それも俺が何とかしないといけない、彼女が眠りにつく度に」
「じゃあどうするの?」
「もう考えてある」
「そうなの?」
「ああ、この街にも使われてる技術でな」
俺はふっと笑った。
これまでの積み重ねがあって、すぐに、解決法を思いつくことができた。
☆
半日後、スカーレットが枕を持って戻ってきた。
彼女が持ってきたのは、デュポーンが提案したものそのままの、フリフリとした、可愛らしい枕だった。
天蓋付きのお姫様が寝るベッドによく合うような、可愛らしい枕だった。
「お待たせしました主様、これでどうでしょうか」
「どうかな、デュポーン」
「良いんじゃないの? こういうの好きだったし」
「よし」
俺は頷き、枕の中に魔晶石を一つはめ込んだ。
その枕を持ってピュトーンに近づき、起こさないようにそっと枕をすげ替えた。
「よし」
俺は頷き、アイテムボックスとダストボックスをやめた。
次の瞬間、ピュトーンの体からでている眠りの霧が、枕に吸い込まれていった。
「こ、これは」
驚くスカーレット。
「どういう事なのでしょう」
「街の中に灯してる灯りがあるだろ?」
「は、はい。魔晶石を使って、自動的に夜になれば灯る……」
「それと同じ、ピュトーンの眠りの霧を勝手に吸い込む魔法を込めた魔晶石を入れた。魔晶石を動かすのはピュトーンの魔力、あの魔力の霧だ」
「えっと……つまり」
「霧が出てる限り、霧を動力にして霧を勝手に吸い込む。二重に魔力を消費して拡散させない仕組みだ」
「おおっ! さすが主様! これで霧の事は解決ですね」
「そうだな。枕が気に入らない可能性もあるけど」
俺はちらっとピュトーンをみた。
彼女は相変わらず可愛らしい寝顔をしてて。
「にゅー……みんな一緒にねよーよー」
……相変わらず物騒な寝言を発しているが、霧自体は二重に枕に吸い込まれて、拡散してない。
枕が気に入らなくても、魔晶石を何か別の物に入れ替えれば良いだけだから。
「とりあえず、霧の問題は解決だな」
俺は、胸をなで下ろしたのだった。