175.眠りを妨げる者
飛行魔法で帰ってきた街の入り口に、俺とデュポーン、そして連れ帰ったピュトーンが立っていた。
ピュトーンをあのままあそこに置いておく訳にもいかない事もあり、またピュトーンが俺に興味を示してきたこともあって、彼女を街に連れ帰ってきたのだ。
「あれぇ、変な街」
入り口に着地するなり、ピュトーンが街を見て不思議そうに小首を傾げた。
「変な街?」
「うん、見たことのないような子がたくさん」
「見たことのないような子……」
俺は同じように街を見回した。
すっかり増えた建物、行き交う魔物達。
見たことのないような子、というのはどういう事なのかと首をかしげた。
「これ、なんていう子?」
「ひゃう!」
ピュトーンは近くを通り掛かった、エルフの一人を髪を掴んで引き止めた。
いきなり髪を掴まれた子は盛大にびっくりして、こっちを向いた。
「リアム様? え? この子は?」
「ごめんな。えっと、彼女のことを放してやってくれないか」
「これ、なんていう子?」
「え? 確かケレンって名前だったと思うけど」
「覚えててくれたんですかリアム様!?」
「だってつけたの俺だし」
「――っ! 嬉しいです!」
ケレンは感動した。
一方で、ケレンをじっと見つめたピュトーンは、ぼそりと一言つぶやいた。
「ケレンって魔物、聞いたことがないよぉ?」
「え? ああちがうちがう。彼女はエルフだ、個人名がケレンって意味だ」
「え? 魔物に自分の名前があるってこと?」
「ああ」
「なんでぇ?」
「なんでって」
「ふふん、そこがダーリンのすごい所なのよ」
一緒に戻ってきて、このやり取りの間も黙って俺と腕を組んだままくっついていたデュポーンが、得意げな表情で胸を張って言い切った。
「ほえぇ……デュデュがそこまで言うなんて、すごいねえ」
間延びした口調でなかなか緊張感はなかったけど、ピュトーンはどうやら、本気で感心している様子だ。
そこに、テレフォンが割り込んできた。
声を双方向に届ける魔法、テレフォン、それが俺にかかってきた。
俺はテレフォンに出た。
「もしもし?」
『主様、今どちらに?』
「街の西の入り口辺りにいるけど」
『戻って来ていたのですね! 今からうかがいます!』
「何かあったのか?」
『はい!』
スカーレットの声とともに、足音も聞こえてきた。
テレフォンというのは、針金のない針金電話のようなものだ。
針金電話というのは、音を遠くに伝える装置だ。
地面に耳を当ててそれで遠くの音を聞く仕草はずっと昔からあった。
それを更に研究していった結果、音は何かの「物」に伝わっていくという性質があることがわかった。
最初に使われたのは糸だった。
声を届かせる両端に糸をくくりつけて、糸に声を伝えてもらう。
それは成功したが、糸の大きな弱点として切れやすいことと、そしてたわんだ時には音が伝えにくいという事があった。
しかし大きなメリットとして、「糸」は簡単に張り巡らせる事ができるというものがある。
そこで、切れにくい糸ということで針金が使われて、針金電話が生まれた。
針金ということは、声を届かせ合う両端は固定されると言うことでもある。
テレフォンの魔法は、固定されなく、移動しながら話せるというのがいちばんの大きなメリットだ。
スカーレットは、歩きながら――こっちに向かってきながら話している。
『隕石の正体がわかりました』
「隕石の正体」
俺はちらっとピュトーンを見た。
ピュトーンと目があって、彼女は小首を傾げた。
『はい、それが――』
「ピュトーン、だろ」
『も、もうご存じなのですか?』
「ああ、だって今俺の側にいるから」
『――え?』
テレフォンの向こうでスカーレットが固まったのが、声と気配からはっきりと伝わってきた。
「主様!」
直後、慌ただしい足音とともに、スカーレットがやってきた。
スカーレットは俺のもとに駆け込んでくるなり。
「ピュ、ピュトーン様。いえ竜様はどこに」
「彼女だよ」
俺はピュトーンを指した。
スカーレットはピュトーンを見た。
「なあに?」
ピュトーンはふわっとした口調のまま、首をかしげてスカーレットを見つめ返した。
「こ、この少女が……? ――はっ、ラードーン様もデュポーン様も似たようなお姿! では本当に?」
「そうらしい――なあデュポーン」
「うん、ダーリンの言うとおりだよ」
「す、すごい……」
スカーレットはますます驚いた。
他ならぬデュポーンが言うのだから、って感じだ。
三竜戦争。
その言葉を俺が初めて聞いたのはスカーレットの口からだった。
そしてこの街も、もとを正せばラードーンが残した「約束の地」だ。
俺よりも遙かに、スカーレットはラードーンら「三竜」に思い入れがある。
そんな彼女は、まじまじとピュトーンを見つめている。
そんなスカーレットにまじまじと見つめられていたピュトーンだったが、彼女は急にあくびをしだした。
「……ねむいぃ」
「え?」
スカーレットは肩透かしを喰らったような表情になった。
「ちょっとお休みするねー」
「まずい」
「リアム様?」
「『ウェイクアップ』」
俺はとっさに、ピュトーンに魔法をかけた。
さっき開発したばっかりの、眠気を取り除く魔法だ。
魔法はちゃんと効いて、一瞬で眠りに落ちそうだったピュトーンの顔から眠気が綺麗さっぱりふっとんだ。
「ふぅ……」
俺はホッとした――が。
「うぅ……眠くないぃぃぃ。寝たいのに眠くない!」
確かに眠気は吹っ飛んだが、それを上回る悪い予感がピュトーンの顔から読み取れた。
「ど、どうしたんだピュトーン」
「寝たいの!」
ピュトーンは地団駄を踏んだ。
ただの地団駄じゃなかった。
ピュトーンが足を踏み下ろした途端、地面――いや大地がひび割れた。
「きゃあああ!」
「な、なに!?」
その場に居合わせたスカーレットとケレンが地割れに飲み込まれた。
「ノーム! 二人を助けろ!」
俺はとっさに、土の精霊ノームを呼び出した。
ノームによって割れた地面がつながれて、スカーレットとケレンは落下せずに済んだ。
「あちゃー、こうなっちゃったか」
地面が割れた瞬間に飛び上がった俺、その俺にしがみついてるデュポーンがピュトーンを眺めながらそうつぶやいた。
「どういうことなんだ?」
「あの子昔からそうなの。眠いときに寝ないと機嫌が悪くなるのよねー」
「そ、そんな」
「そういう所が人間くさくてどうにも好きになれなかったんだよねー」
デュポーンは他人事の様に言い放った。
くっ、そうだったのか。
「さっきも同じようにやったんだけど、その時は大丈夫だったぞ」
「大丈夫だった? 寝起きだったとかかな、寝起きだとちょっとは落ち着きやすいんだよね」
「くっ」
その場にいなかったのに、まるで見ていたかのように状況を言い当てるデュポーン。
旧知のデュポーンがそう言うって事は、昔からそういうキャラだったってことなんだろう。
なら――寝かせるしかない。
そうと決まれば簡単だ。
「アメリア・エミリア・クラウディア――スリープ」
詠唱で限界まで魔力を高めて、ピュトーンに眠りの魔法をかけた。
「なにするのぉ!!」
ピュトーンは怒った顔で抵抗しようとするが、
「あー、ありがとー」
俺がかけたのが眠りの魔法だって事がわかると、すんなりとそれを受け入れた。
そして、ふらっ……とその場で倒れ込んで、たちまち可愛らしい寝息を立てはじめた。
地団駄程度で大地を割ったのと同一人物とはとても思えないような、安らかな寝顔だ。
それは見ている人間に安堵感を与える寝顔だったのだが。
「まだだ――アイテムボックス! ダストボックス!」
俺はピュトーンの周りに、二種類のボックスをだした。
直後、ピュトーンから眠りの霧が漏れ出したが――それはボックス・異空間に吸い込まれていった。
「わっ、すごいねダーリン。これ上手いやり方だよ」
「……ふぅ」
とりあえずこの場は何とかなって、俺は心からホッとしたのだった。




