172.三頭目の竜
ドーーーーーーーーーン!!!
俺はパッと起き上がった。
深夜、いきなりの轟音と揺れに、寝ていたのが一瞬で目覚めた。
錯覚とか幻聴とかじゃない。
窓の外から次々と灯りがついて、街が騒ぎ出している。
「な、何があったんだ」
『……』
俺は部屋から飛び出した。
魔法で屋敷の屋根に飛びあがって、街をぐるっと見回したが、異変らしきモノは見当たらない。
ないが、今でも地面はかすかに揺れ続けている。
一体……なにが起きてるんだ?
☆
翌日、宮殿の会議室、円卓の間。
メイド姿のレイナが、手に報告書をもって現われた。
「お待たせ致しましたご主人様」
「原因が分かったのか?」
「はい、原因が……原因そのものがわかりました」
「うん? どういうことだ?」
「街の北二十キロの所に隕石のようなモノを発見しました。これの落下が昨晩の音と地震の原因のようです」
なるほど――なるほど?
「隕石のようなものって?」
俺は二重に首をかしげた。
隕石という存在がまず一つ。
もうひとつは、さっきからレイナの言い方がやけにふわっとしていて、なんか含みを持っていることだ。
「いったいどういう事なんだ?」
「わかりません、まともに調査ができていない状態です」
「なんでだ?」
「偵察に向かった人狼達は、隕石のようなものに近づいただけで眠ってしまうのです」
「眠ってしまう?」
「はい、半径およそ五十メートル。それ以上近づいたら眠らされてしまう、としか分かっていません」
「半径五十メートルか、地形にもよるけど、ぎりぎり目で見えるかどうかの距離だな」
「はい」
「眠らされるって、抵抗はできなかったのか?」
「はい。クリスでも、10秒と持ちませんでした」
「そうなのか!?」
これにはさすがに驚いた。
クリスはファミリアの中でも特に強い、ガイとレイナと並んで、魔物三幹部って呼ばれてるほどの実力者だ。
そのクリスさえも抗えないほどの何か……だというのか?
「……わかった、俺が行こう」
「よろしいのですか?」
「もし原因が魔法なら俺が行った方がいいだろう?」
「はい」
レイナが即答した。
魔法なら――っていう俺の言葉に対する信頼の表れに感じられて。
こんな時だけど、なんだかちょっと嬉しかった。
☆
詳しい調査はできなかったが、場所ははっきりと調べがついた。
レイナに教えてもらった場所に、俺は飛行魔法で向かって行った。
「隕石か……俺でどうにかなるのかな」
『……まあ、なんとかなるだろう』
それまで沈黙を守っていたラードーンが口を開いた。
「ラードーン? どうした」
『何がだ?』
「なんか様子が変だけど、何かあったのか」
『気にするな』
「はあ」
気にするなっていわれても、ラードーンがそんな反応をするのなんて珍しくて、気にしないではいられない。
そういえば、ちょっと前にも似たような事があったな。
あれっていつだっけ――。
そう思っていると。
『あれだな』
ラードーンの言葉が思考に割り込んできた。
俺は前を見た。
「むっ」
思わず、飛ぶのをやめて、ピタッと空中にとまった。
「あれは……霧?」
目の前に見えているのは、地面の一点を中心に広がる、ドーム状の霧だ。
霧は薄紅色で、明らかに何かがある、って感じの霧。
「ここなのか? でもあんな霧が出てるなんて、レイナは言ってなかったぞ」
レイナは三幹部の中でも思慮が深く、何事にもそつがない有能なエルフメイドだ。
そんなレイナが、こんなはっきりした幻妖を見落として報告しないなんて考えられない。
「出てきたばっかりなのか?」
『いいや、あれは超高純度のマナ。魔力が一定以上でなければ見ることはできんのだ』
「ああ、じゃあクリス達は単に見えなかったって事か」
『そういうことだ』
「となると、あれが眠らされる原因なのか。どうしたら良いのかな」
『気をしっかり持て。目視できるほどの魔力があれば抵抗はできる』
「そっか、わかった」
俺は頷き、再び霧――隕石のある方に向かって飛び出した。
ラードーンが言うのなら間違いないだろう。
それでも念には念を――って事で、霧の境目辺りにやってくると、地面に着地してから歩いて中に入った。
もし抵抗できなければ、空中にいたら墜落するが地上にいれば転ぶだけで済む。
そう思って、歩いて入った。
「……ああ、なるほど」
俺は一人で頷いて、納得した。
ラードーンがいう「抵抗できる」っていうのは言葉通りの意味なんだな、って理解した。
眠気が襲ってきた。
それは、お腹いっぱいに食べて、昼下がりの陽気に当てられた時に感じる眠気だ。
ものすごく眠い、横たわったらすぐに意識を手放すレベルだ。
だが……抵抗はできる。
俺は、気を強く持って、霧の中に入るとうっすらと見えてくる隕石に近づいた。
ある程度近づくと、隕石がパカッと割れているのが見えてきた。
「割れてるのか……あの中からこの霧が漏れ出してるって事なのかな」
『……まあ、そうだ』
俺は更に近づく。
霧の源に近づくにつれて、眠気が強くなってくる。
まるで馬車にのって、延々と体を揺すられている時の様な強い眠気だ。
『……ふっ』
「どうしたんだ?」
『いやなに、これに耐えられたものは三人目。人間だと初となる快挙だと思ってな』
「三人目? 初?」
なんかすごいことを言われたけど、一体どういう事だ?
「前の二人は? 人間じゃないとなると、魔物?」
『魔物ではない。我と、デュポーンだ』
「えええええっ!?」
予想以上にすごい面子だ。
というか、ラードーンとデュポーンだけって、どんだけすごい隕石なんだこれは。
『まだ気づかぬか』
「え? どういうこと?」
『我とデュポーンだけが耐えられる。そこからなにも気づかないのか?』
「うーん……」
なんだろう、俺が知ってること?
『ヒント。名前は知らぬだろうが、存在は知っているはずだ』
「うーん、うーん……」
俺は首をひねった。
足が止まって、ラードーンが出したクイズをうんうんと唸りながら考えた。
『ヒントその2。スカーレット』
「スカーレット? 彼女が知ってるのか?」
『そうだな。あの娘なら名前までも知っていよう』
「名前……さっきもそう言ったな。ってことは人間?」
『…………ぷっ』
ラードーンはたまらず吹き出した。
「え? な、なに?」
『ぷくく……いやなに。お前はお前だな、と思ってな』
「え、ええ?」
『ところで、この眠りの霧を魔法で再現できそうか?』
「ああ、これでいいのか?」
俺はそういって、手をかざした。
俺の手から、ちょっとだけ薄いけど、似たような色の霧が出てきた。
今でも俺を襲ってる眠気をイメージして、魔法にしたものだ。
『ふははははは、あーっははははは!』
ラードーンは大笑いした。
大爆笑だ。
彼女がここまで大笑いしたのは珍しい。
「な、なんだよ」
『さすがお前だな、ってことだ』
「ええっ?」
『いいから答え合わせするがいいこの魔法バカ。割れてる中身を見ればさすがにわかるだろうよ』
「あ、ああ」
魔法バカって言われた。
いや、確かに魔法バカかもしれないけど……ま、いっか。
俺は、更に近づいていった。
隕石の前に立って、眠気が我慢できるレベルなのを確認してから、飛行魔法でゆっくりと浮かび上がった。
そして、隕石の割れ目を、上からのぞき込む。
中に、一人の少女がすやすやと眠っていた。
まるで眠り姫のような姿だ。
「女の子?」
『うむ、名前はピュトーン』
「ピュトーン……あっ」
俺はハッとした。
ラードーン、デュポーン、そしてピュトーン。
「三、竜……?」
『さんざんヒントを出したのに、気づくのが遅いわ魔法バカ』
「うっ」
俺は眉をひそめた。
ラードーンがなんか楽しげにからかってくる感じの口調なのが、更に恥ずかしかった。
二回目の魔法バカは、そう言われてもしょうがないものがある、と納得せざるを得なかったのだった。