171.シュレッダー
あくる日の昼下がり。
俺は街中をぶらついていた。
服を作る集団魔法が完成して、大量生産して輸出するようになってからは、それでますます街が賑やかになった。
ファミリアで進化した魔物達はどこか人間くさくなる。
人間くさくなった魔物達が持つ金を狙って、ブルーノに連なる商人がいろいろ売りつけにくる。
人がいて、物があって、金もある。
この街は、ますます賑やかになっていった。
「何の! 拙者の本領発揮はまだまだこれからでござる」
「あたしだって全っ然序の口だよ!」
「ん?」
少し離れたところに、聞き覚えのある二人組のやり取りが聞こえてきた。
声のする方に向かっていくと、公園のような空き地でギガースと人狼たちが酒盛りをしてるのがみえた。
集団の中心にはガイとクリスがいて、二人はタルをコップ代わりにして、酒の飲み比べをしている。
ガイは立ち上がって、片手を腰にあてて、タルをもう片手でもって、グビグビと天を仰ぎながら口の中に流し込んだ。
「――ぶはぁっ! どうだこれで」
「豪快な飲み方をしてるな」
「あ、主!」
「ご主人様!」
ガイたちに近づくと、ガイとクリス、そして他のギガースや人狼が一斉に俺に気づいた。
「主も一緒にどうでござるか?」
「お酒もあるしすっごい美味しい肉もあるよ」
ガイとクリスは俺を誘ったが、俺はにこりと断った。
「いや今日はいいよ」
俺がいると二人は妙にいがみ合うからな。
俺が来る前は和気藹々と飲んでたから、そのままでいいだろうと思って辞退した。
「そうでござるか……」
「残念……」
「悪いな、お詫びにこれをやるよ」
俺はそう言って、ダストボックスを使った。
ダストボックスの中からタルを取りだして、二人に渡した。
「これはなんでござるか?」
「1000年モノくらいのぶどう酒だ、みんなで分けて飲んでくれ」
「おおっ! 主のお酒でござるか」
「1000年物! 1000年物って、すごいご主人様!」
普通ではあり得ない様な、1000年物のぶどう酒。
ダストボックスが可能にさせたそれを差し入れとして渡して、俺はその場から離れた。
空き地をでた後、ちらっと振り向く。
「うーん」
「ダーリーン!」
「うわっ!」
空き地をでた後、何の前触れもなく現われたデュポーンがタックルまがいに抱きついてきた。
思わずもつれ合って倒れて、尻餅をついてしまったが、デュポーンはそのままの勢いで俺にじゃれつき、猫だか犬だかな感じで甘えてきた。
「デュポーン」
「んふふ……やっぱりダーリンって良い匂い」
「そ、そうか?」
「うん! この匂い大好き」
俺はちょっと苦笑いした。
良い匂いって言われても、男としてどう反応したらいいのか分からない。
「そういえば、ダーリンさっきどうしたの? なんか変な顔してたけど」
「変な顔?」
俺は自分の顔をべたべた触ってみた。
そんなに変な顔をしてたかな。
「分かった! あたしとの仔の名前を考えてたんだ!」
「いや、それはない!」
あまりにもびっくりしすぎてついきっぱりと否定してしまった。
泣かれるか怒られるかって思ったけど。
「ちぇー、残念」
デュポーンはそんなに気にしてない様子だった。
あっさりしてるっていうか、カラッとしてるっていうか。
「じゃあなにを考えてたの?」
「ああ、あれだよ」
俺は手を伸ばして、さっきまでいた――少し離れたところで酒盛りしてるギガースと人狼達をさした。
「宴会してるね」
「ああ」
「ダーリンもしたいの?」
「いやそうじゃない、まわりに山ほどのゴミが溜まってるだろ?」
「うん」
「もちろん終わった後処理するんだろうけど、ほら、いま突風でも吹けばさ」
「ゴミが散らばっちゃうね」
「そういうことだ」
ちなみに、人間の、それもそれなりに大きな街だと、統治者が商人に委託してゴミの処理をやらせている。
大抵は商人を複数集めて入札をさせて金額を抑えるんだけど、街の規模が大きくなればなるほど、ゴミ処理にかかる費用が大きくなる。
「ゴミ処理の事を考えてたんだ」
「ダストボックスがあるじゃん」
「でも、あれじゃ処理できないゴミもあるから」
「そうなの?」
「見て」
俺は指をさした。
丁度ガイが俺の渡した1000年物のぶどう酒を開けているところだ。
「あれはさっき俺が渡したぶどう酒。ダストボックスの中で1000年分経過したもの。あの瓶のように、いくらダストボックスの中に入れても朽ちないものがあるから」
「ふんふん。じゃあ焼き尽くせば? 大抵のものは火力を上げれば跡形もなく焼き尽くせるよ」
デュポーンがそう言った直後、彼女の身体から魔力が立ち上った。
火の粉のようなものが体のまわりに取り憑いたかのような感じで立ち上っている。
幻想的で美しい光景なのだが。
「それは危険なんだよな、何もかも焼き尽くせるほどの大火力だと、コントロールに失敗したら街が消えちゃう」
「あたしはそんな失敗しないよ」
「デュポーンはね。それは信用してる」
してるんだけど、それじゃだめだ。
ここ最近のマイブームっていうべきか。
俺が、じゃなくて。
街に住む魔物達がみんな、っていう。
みんなが使える魔法、だれもがやろうと思えばできる形での魔法を考えるのがマイブームだ。
そりゃ確かにデュポーンは難なくやれるけど、たぶん俺でもやれるけど。
でもそれじゃだめだ。
個人に頼り切るとその個人がいなくなったときに一気に破綻する。
そうならないように、「システム」を作るのが大事だ。
この場合、ゴミ処理のシステムを、って俺は考えていた。
「……」
「うん? どうしたデュポーン、そんなにプルプル震えて」
「――すきいいいいいい!」
「えーー!?」
いきなり、また抱きついてきたデュポーン。
俺を押し倒して、馬乗りして顔にキスの雨を降らせてくる。
「ど、どうしたんだ?」
「ダーリン好き! いっぱいあたしの事信じてくれて……だいすき」
「あ、ああ」
そういうことか。
「ねえダーリン、ねえねえダーリン。仔を作ろう? ダーリンとあたしの仔をつくろう?」
「いやそれは――うん?」
「ダーリン?」
「あたしの……仔?」
「違うよ、ダーリンとあたしの仔だよ」
「デュポーンの……仔」
俺は押し倒されたまま、仰向けに横たわったまま考えた。
あることを思いだした。
デュポーンと初めて会った頃に見た、デュポーンジュニア。
そのデュポーンジュニアを倒したときの事を、俺は思い出していた。
「――! ごめん、ちょっとどいて」
俺は立ち上がった。
デュポーンを押しのけて立ち上がって、まわりを見回した。
まわりを見回すと、丁度いい具合の木箱を見つけた。
その木箱に近づき、ふたを開ける。
中身はなくて、空だった。
「ちょうどいいな」
「どういう事なのダーリン」
「ちょっと見てて」
追いかけてきたデュポーンにそう言って、まずはダストボックスをつかった。
ダストボックスの中から、5000年以上経過している、空のガラスの瓶を取り出した。
実時間半年以上、ダストボックス内で5000年以上経過しているガラスの瓶は、朽ちる気配がまるでなかった。
それを木の箱の中に入れた。
そして、考える。
あの時使った魔法を、少しアレンジする。
アレンジのイメージができた後、使う。
「ディメンションクラッシャー」
箱の中にある瓶が次元の裂け目に飲み込まれて、粉々にすりつぶされた。
やがてなにも存在してなかったかのように、綺麗さっぱり「処理」された。
「なるほど! 別次元に放り込んでぶっ壊すんだね」
「うん」
デュポーンジュニアの事を思い出したから――というのはさすがに言わないでおいた。
「すごい、さすがダーリン」
「ありがとう」
デュポーンにはちょくちょく褒められるけど、やっぱり何もない時よりも、魔法の事を褒められた方が嬉しい。
「でも、これダーリンしか使えないんじゃないの?」
「うん」
「さっきダーリンがあたしなら大丈夫っていったのって、他の魔物はだめって意味だったよね。じゃあこれはだめなんじゃないの?」
「……デュポーンの方がよっぽどすごいよ」
あの一言からそれを察するなんて。
さすがラードーンと肩を並べるドラゴンなだけある。
「その通り、このように一瞬で処理するのは普通の魔物達には難しい。でも」
「でも?」
「これくらいのものなら」
俺はそう言って、ディメンションクラッシャーを更にアレンジした。
箱の中につかって、もうひとつガラス瓶を取り出して投げ入れた。
すると、ガラスの瓶が徐々に「むしばまれて」いった。
極細の針で穴を開けられたかのように、一つ二つ三つ――遅いが、徐々に瓶が穴だらけになっていった。
「こんな風に小さくても、瓶一つくらいなら10分もかければ処理できる。こっちなら使える魔物も多くなる――いや、自動化ができるはずだ」
「おおっ、やっぱりダーリンってすごい!」
デュポーンに褒められて、俺はますます嬉しくなって。
ディメンションクラッシャーから改良した魔法――シュレッダー。
それを使っての、ゴミ処理の「システム」を考えていった。