170.十一割の還元率
謁見の間に、俺と、ブルーノと、エルフメイドのレイナの三人がいた。
俺は玉座に座っていて、二人は俺と向き合って立っている。
ブルーノは恭しい感じで、微かに腰をかがめて手を垂れさせている。
一方のレイナは背筋を伸ばしたたたずまいで、書類を持ってそれを読みあげている。
「――以上が、この一週間の紡績の輸出額となります」
「うん」
俺は頷いた。
レイナが報告してきた輸出額という数字だが、ぶっちゃけほとんど頭に入ってきてない。
聞いてるはずなんだけど、ちっとも頭に入ってこない。
「それって、具体的にはどうなんだ? いいのか? それともだめなのか?」
俺が聞くと、レイナは頷きつつもちらっとブルーノをみた。
そうか、レイナも分からないのか。
まあ、ものすごく有能だけど、レイナも魔物で人間側の金の流れとか、そういうのは分からないだろうしな。
レイナに水を向けられたブルーノは一度頭を下げてから、答えた。
「控えめに申し上げまして、絶好調、でございます」
「へえ、そうなんだ」
「はい。値段に比して品質が高く、かつ品質そのものが一定。早くも大人気でございます」
「そんなにか」
「と、申しますか」
「うん?」
「他が壊滅的でございます。この一週間に限定すれば、陛下が輸出した衣料品の売り上げが、実に9割を占めておりますので」
「それはすごい」
細々な数字を言われてもわからないけど、全部の何割か、というのは分かる。
九割ともなれば、なにも分からなくてもすごいってのが分かる。
「ですので、預けていただいた分は完売状態。引き続き私に取り扱わせていただければ、と……」
ブルーノはそう言って、頭を微かに下げたまま、上目遣いで俺をじっとみつめた。
「ああ、別に変える必要性もないから、これからもブルーノ兄さんに任せるよ」
「ありがとうございます」
「レイナ、生産ラインはどうなってる?」
「はい。陛下が開発した魔法群はシンプルでありますため、八割の者がライン上のどれかの魔法が使える、という状況でございます」
「おおっ! それはよかった」
俺は嬉しくなった。
今回のことで俺が思いついた魔法生産の分業制。
一人で全て出来ないのなら、細かく分けて、いくつもの簡単な魔法にすればいいんじゃないか? って思いついた。
それで開発した十数個の魔法は、大半の魔物はどれか一つなら使えるって事だ。
その結果が嬉しかった。
魔法開発の効果が出て、実際に認められるのは何よりも嬉しいことだ。
「でありますので、希望者の数、および種族を上手く振り分ければ、昼夜問わずノンストップで生産することが出来ます」
「なんと!!」
「それはすごい」
ブルーノは盛大にびっくりして、俺も感心した。
昼夜問わず延々と生産が続けられるのがすごいのは俺にもわかる。
「そのような事ができるのですか?」
ブルーノがレイナに念押しの確認をするかのように聞いた。
「はい。適性者が多いのはもちろん、リアム様が開発された灯り――通称『リアム灯』のおかげでもあります。灯りがなければ適性があっても生産は難しいです」
「なるほど! さすがは陛下! これを見越しての開発だったのでございますね」
「いやさすがにそれは」
俺は微苦笑した。
そんなところまで考えて灯りの魔法を開発した訳じゃない。
あくまで夜も灯りがあれば便利になるってだけで。
「夜間の生産に関しては、残った二割の不適合者から、リアム灯をともせる者を配置しますが、よろしいですか?」
「うん、それは任せるよ」
「かしこまりました」
レイナは一揖して、手元の資料に何かを書き込んだ。
魔法を作ったのは俺だが、たぶん今となっては、もうレイナの方が俺よりも詳しい。
集団で組み合わせて活用する魔法群だから、こうなった以上もう俺の手元から離れている。
「そういえば」
「うん? なんだ兄さん」
「税金はどのようになさっているのですか?」
「税金?」
「はい」
「税金?」
同じ言葉を繰り返して、レイナの方を向いた。
「以前リアム様のご指示通り、税金は取らないという方針を立てておりましたので、それを踏襲しております」
「ああ、そうだった。たしか昔の国と同じとか言われたな。なんだっけ……」
頭をひねる。
聞いたけど、思い出せない。
「ザラムでございますか」
ブルーノが言った。
「たぶんそれかな?」
正直自信がないが、ブルーノが言うのならそれで間違いないだろう。
「このままでいっても良いんじゃないかな――どう思う兄さん」
レイナにいって、方針を続ける――と思ったが、金のことは俺はもちろんレイナも人間に比べてそこまで詳しいって訳じゃないから、考え直してブルーノに聞くことにした。
「それは……」
「なんかまずいのか?」
「いえ、税無しの国家は控えめにいって神の庇護下にあるような、地上の楽園と言わざるを得ない素晴らしい環境だとは思います」
「そんなにか」
「はい、これは私だけではなく、おそらくあらゆる人間がそう思うことでしょう」
「すごいって事?」
いつも言ってるように、ってニュアンスで聞いた。
「はい」
「だったら問題ないってことか。……でも複雑そうな顔をしたよな」
「はい。これは極めて個人的な感情で恐縮なのですが、それほどすごい事をこの国の魔物たちはおそらく理解しておられない。その事で陛下を称えておられないのが心情的に複雑なのです。魔物たちでありますので、税にまつわる事を理解できないのは仕方のないことですが」
「なるほど」
俺は少し考えた。
ブルーノの個人的な感情だって言うのなら、それは別にいいのかな? って思った。
「だったら、このままで――」
「ブルーノ様、何かいいアイデアはありませんか?」
「え?」
俺がそれでいいって言いかけたところに、レイナがブルーノに聞いた。
「私達はリアム様を尊敬してます、だけど、ブルーノ様の言うとおり、この件でリアム様がなさったことのすごさを理解できていないのも事実です。みなが理解して、リアム様を称える様にするいいアイデアはありませんか?」
「そうですな……」
ブルーノはあごに手を当てて考えた。
そんなの別にいいんだが、レイナもブルーノも本気だった。
「……富くじ方式、があるかと」
「富くじ方式?」
「富くじって、あの?」
「はい、あの富くじでございます」
レイナは分からないが、俺はリアムに転生する前世に何回か買ってるから分かっている。
富くじって言うのは、番号が書かれたくじを買って、その番号が当れば大金が手に入るという、抽選と賭博を合体したようなものだ。
「富くじに当選者が出なかった場合、それが積立金になって次回の抽選に上乗せされます」
「ふむ」
「それにならってここは、少しばかりの税を取って、取った税を民に還元するというやり方ではどうでしょうか。人間で言えば結婚した者へ家を贈ったりするなどのやり方がよろしいでしょう。もちろん魔物たちが喜ぶものを考える必要がありますが……」
「なるほど。どうかなそれ」
俺はレイナに聞いてみた。
元々話を終えようとしたところに、彼女がブルーノに食い下がったのだ。
彼女の方が、この話が良いのか悪いのかが分かるというものだ。
「良いと思います。もちろん、リアム様からの贈り物、と明言する必要はありますが」
「それこそどうでもいい――いや、うん、それでいいよ」
俺は途中で言い換えた。
俺は最初からどうでもいいと思っているが、レイナはそうじゃない。
ここで俺がまたそう言ったら話がこじれる可能性がある。
この件は、レイナとブルーノに進めてもらうのがベストだ。
「兄さん、悪いけどそのあたりの知恵を貸してくれないか」
「喜んでご協力致します」
「ありがとう」
「つきましては一転、還元率は如何なさいますか?」
「還元率?」
「富くじですと6割――全予算の6割を当選者に還元するという方式ですが」
「全部でいいんじゃないか? 元々俺が金を取ろうとして始めたことじゃないし」
「なんと!?」
ブルーノは思いっきり驚いた。
どうしたんだろう、って思っていると。
『ふふっ』
ラードーンが笑い声を出して、話に合流してきた。
「ん? どうしたラードーン」
『せっかくなのだ、お前がポケットマネーを出して、全部――十割を超える十一割とかにすればよいのではないか?』
ふむ?
なんでそう言ってくるのかはわからないけど、まあでも、魔法以外の事はラードーンの言う通りに従って損はない。
今までの経験から俺はそう思って、即決してブルーノに言った。
「集めた金に俺が一割上乗せして、十一割にして還元しよう」
「な、なんと!!」
ブルーノは更に驚いた。
「十割でもとてつもないのに……まさかの元金越え……さすが、さすが陛下でございます」
「ふむ?」
「さすがリアム様です」
「そうか?」
よく分からないけど、どうやらそれで問題はない様だから、俺は「じゃあそれで進めて」と言った。
この事が人間の国でものすごいと噂になるのを、今の俺はまだ知らなかった。