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169.産業革命

 屋敷の応接間で、俺はブルーノと向き合っていた。

 いつものようにテーブルを挟んで、ソファーで向き合って座った。


「えっと……その……」


 ブルーノは見るからに困っていた。

 彼が困っているのは、主に俺のそばにいる女の子のせいだ。


 デュポーンは人目をはばからず、俺にひっついている。


「もしかして……王妃陛下、で、ございますか?」

「いやそれは――」

「正解!」


 俺が否定するよりも早く、デュポーンがブルーノに向かって親指を立てた。


「あんた見所があるね」

「は、はあ……恐悦至極に存じます」


 そう言いながらも、ブルーノは俺を見た。

 本当にそうなのか? って顔だ。


『ふむ、さすがだ』

 え?

『この国の最高権力者はお前だ。あやつが取り入るのもお前。お前の言葉以外は信用しないというわけだ』


 ああ、なるほど。

 ラードーンの説明で俺は納得した。

 やっぱりこういう感情の機微はラードーンの方が俺よりも数百倍も詳しい。


 それはいいけど。


「いや、違うんだ」

「えー、ダーリンひどい!」

「ひどいも何も……一方的につきまとわれてるだけだ」

「は、はあ」


 ブルーノは曖昧に頷いた。


「もうダーリン、あたしのどこが気に入らないの? やっぱりドラゴンだからいやなの?」

「ドラゴン?」


 ブルーノは首をかしげた。


「ああ。デュポーンって、知ってるか?」

「……あの三竜戦争の!?」


 ブルーノは驚愕した。


「知っているのなら話は早い。どうやらそうなんだ」

「…………」


 ますます目を見開かせて、絶句してしまうブルーノ。


「あの伝説の……さ、さすが陛下。お見それ致しました」

「さすがっていうか」

「竜さえも魅了してしまう陛下とお取引が出来る、このブルーノ、喜びに絶えません」

「うーん」


 俺は微苦笑した。

 相変わらず、完全に自分を俺の「下」に置いてるブルーノだ。

 本当は俺=リアムの実の兄なのに、そこまで徹底出来るのはすごい事だと思う。


「ところで、今日はなにか用事があるのか?」

「はっ。まずは、竜石の件」

「竜石?」

「ああ、これか――アイテムボックス」


 俺はアイテムボックスを使って、別次元に貯蔵してある白炭を呼び出した。

 精霊召還を使って製造した純白炭。

 超高純度の白炭を、ブルーノは「竜石」とブランド化して売り出した。


 それを取り出して、デュポーンに見せた。

 デュポーンはそれを受け取って、じろじろと見てから。


「これダーリンが作ったの?」

「ああ、魔法で」

「へえー、すごいじゃんダーリン」

「分かるのか」

「うん。人間は昔から火の扱いに四苦八苦してきたからね。これ、製鉄とかで使ってるの?」


 デュポーンは白炭をもったまま、ブルーノに問いかけた。


「はっ、刀匠などに大半を卸してます」

「だろうね、これだけ不純物がなきゃそっちに大人気だろうし」

「どういうこと? 不純物とか関係あるのか?」

「え?」


 デュポーンはきょとんとした。

 横からブルーノが説明してくれた。


「通常の石炭を製鉄に使うと、不純物が鉄にくっついて、質の悪い鉄になってしまうのです。そのため、不純物のすくない燃料が製鉄には大事なのです」

「そうだったのか」


 俺は頷きつつ、デュポーンをみた。

 その事をあっさりと言った彼女。

 普段の振る舞いからは想像もつかない知的な空気が漂っていた。


『ふふっ、あれでも竜だ』


 と、ラードーンがいった。

 なるほど、それもそうだな。


「この竜石の取り扱いを一任して下さって本当にありがとうございます。陛下には感謝の言葉もありません」

「商売なんだから、こっちも利益を得ているから」

「ありがとうございます」


 ブルーノは深々と頭を下げた。


「つきましては……陛下にご提案がございまして」

「提案?」

「竜石は陛下のブランド。その竜石の品質に惚れ込んで、同じく陛下が製造したものはないか? という問い合わせが徐々に増えてきております」

「へえ」

「なにか他に商品がありましたら……と、思いまして」

「そっか」


 俺は考えた。


「うーん、何かアイデアはある?」


 俺はストレートに、まず一回ブルーノに投げ返した。


「僭越ながら申し上げますと、衣・食・住、これが人間に欠かせないものでございます」

「ふむふむ」

「よほどの飢饉にでも見舞われない限りは、この三つは常に商売として安定した需要が見込めます」

「なるほど」


 俺は納得した。

 その発想はなかったが、言われてみればそうだ。


 たしかに、飯はもちろんだし、住むところも着る服も、普通に生きていれば必要なものだ。


「そのうち、住はなかなか新しい需要が出ない」

「だな」

「ですので、衣か食がよろしいかと」

「分かった。何日か考えさせてくれブルーノ兄さん」

「ありがとうございます!」


 ブルーノは立ち上がって、九十度に腰を折って頭を下げてきた。


     ☆


 俺は自分の部屋で、大量の「綿」と向き合っていた。


 衣・食・住のうち、衣と食。

 食に関しては、即席麺がある。

 だから、「衣」を考えた。


 竜石も、即席麺も。

 どっちも、魔法で作ったものだ。


 衣――つまり服も、魔法で作れないものかと考えた。

 というか、出来るようになりたい。

 魔法は奇跡の力だ。

 魔法で出来ないものはない。


 なら、どうやれば出来るのかを考えた。

 一晩考えて、アイデアが出た。

 それで服の素である、綿――つまり綿花を大量に用意してもらって、それに編み出した魔法をかけた。


「『スピリング』」


 魔法の光が綿花を包み込んで形を変えていく。

 やがて、綿花が簡素な服に替わった。


「うん」


 頷き、服を実際に手に取る。

 あっちこっちを見て、引っ張ったりしてみて。


「よし、ちゃんと服になってる」

『だめだな』

「え?」


 いきなりラードーンがそんなことを言う。

 ラードーンの淡々とした口調は百の説明よりも説得力があった。


 あったが、理由が知りたかった。


「な、なんでダメなんだ?」

『難し過ぎる』

「難し過ぎる?」

『うむ。綿花から服を作り出す魔法。さすがだ、それをあみだし、実際に行使した。お前の魔法の才能がなさしめた素晴らしい業績と言って良い』

「じゃ、じゃあ?」

『しかし、その魔法を誰が使える』

「え?」

『お前以外の誰にこの魔法が使える』

「……あっ」


 俺はハッとした。

 言われてみれば……。


 最近になって、魔法の経験が増えてきたから、なんとなく魔法がどれくらい難しいものなのがかわかるようになった。


 この魔法――「スピリング」はとても難しい部類だ。


『この国は今や万以上の魔物がいるが、その魔法を使えるのは、せいぜい一体か二体といった所だろう』

「むむむ……」


 ラードーンの厳しい言葉だが、その通りだと思う。


『商売にするのなら誰でも――とは言わんが、大勢の魔物が使えなければ話にならん。竜石は簡単なものだったのがよかった』


 たしかにそうだ。

 竜石――つまり純白炭は、サラマンダーとノームの召喚で出来る。

 サラマンダーとノームで、役割分担出来るのも大きい。


「……あっ」

『ふむ? どうした』

「いい方法を思いついた」

『ほう』


 ラードーンは楽しげな声をだした。

 期待してくれてるんだ。


 その期待に応える魔法――作らなきゃな。


     ☆


 数日後、魔法都市の片隅で、急遽建ててもらった建物の中で。

 俺は、ブルーノと肩を並べて、それ(、、)を見ていた。


 それ(、、)は、大量のスライムが、いくつかのチームにわかれて、それぞれ違う魔法を使っている、という光景だ。


 スライムは魔法を使うときはゴムボールの様に垂直に跳ね続けるクセがあって、建物の中はスライムがあっちこっちでピョンピョンピョンピョン跳ねて、まるで「ウェーブ」のようになっていた。


「あれが綿花から綿を作るチームで、あれが綿から糸をよっていくチーム、あれが糸から布を織るチーム」


 俺は順番に指さしていって、ブルーノに説明をした。


「で、あれが型通りに切り出した布を縫っていくチーム、と」


 最後まで言ってから、改めてブルーノを見る。


「こんな感じで、分担して魔法を使うことで、『同じものを大量に作る』事ができるようになった」

「ほ、本当に『同じもの』でございますか?」

「ああ、『同じもの』だ」

「さ、さすがでございます!!」


 ブルーノは背筋をピン、と伸ばすほどの勢いで言ってきた。


 服というのは、糸をよるところから最後の縫い合わせに至るまで、職人の手によって作られるものだ。


 服に限らず、職人が作るものは大抵二つの特徴をもってる。


 一つは、時間がかかること、しかもかかる時間が一定じゃない。

 もう一つは、どうしても品質が一定しないこと。


 俺が編み出した魔法を使えば、魔法さえ使えれば、誰でも同じものを作れる。それを分担作業する事で作る時間も安定した。


「すごいです! これはすごい事です陛下!!」

「そ、そんなにか?」


 俺はブルーノの反応に困った。

 我ながらこの仕組みは上手くできたと思ってる。


 竜石の分担作業から、さらに細かく分担させればいいと思いついたのは自分を褒めたいくらいの発想――なんだけど。

 そこまで褒められるとは思わなかった。


「はい! これは凄まじい事です! 『衣』の産業ががらりと一変するほどのものですよ!!」


 ブルーノはあまりにも興奮して、口調がやや崩れてきた。


 ずっと自分を俺の「下」に規定し続けてきたブルーノが興奮して我を忘れるくらい。

 それくらい……すごい事、なのか?

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― 新着の感想 ―
ポンコツサイドストーリーばっかだな そろそろメインストーリー進展させてくれ
[一言] 石炭があるなら魔法でコークス精製したら?副産物で 硫酸と硫黄・タールが出来るが?タールは木の 防腐剤になり造船や建材で使えるよ?硫酸は武器 布も反物にすれば売れるし縫製の仕事が出来るよ? 縫…
[気になる点] 「どころで、今日はなにか用事があるのか?」 「はっ。まずは、竜石の件」 「竜石?」 「ああ、これなんだ――アイテムボックス」 リアムとブルーノの台詞と口調が逆になっていませんか? 原文…
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