168.パズルを埋める
謁見の間の中。
俺の前に一人の青年が跪いていた。
青年の名前はフランク。
父上の伝言を持ってきた使者だ。
一方の俺は「玉座」に座っていて、両横には人狼らが衛兵としてずらりと並んでいる。
これはスカーレットの提案だ。
これからは「王」として振る舞った方がいい場面が多くなる。
王としてなら、公式の場はそれ相応の格式張った振る舞いをすべきだ。
それで、見栄えと強さの両方を兼ね備えた人狼達がこういう時の近衛兵として抜擢された。
曰く、「儀仗兵」だそうだ。
エルフ達のほとんどがメイドになったように、人狼たちもほとんどこの「儀仗兵」につくことになった。
そんな人狼達に二重の意味で守られながら、フランクと話していた。
「そうか、じゃあ輿入れは進んでいるんだな」
「はっ、来月にはチャールズ様御自ら、お嬢様を王都までお連れするとのことです」
「来月? 早いな」
「いえっ! これでも遅いくらいです。道中の護衛など万全を期さねばならなかったものですから」
いや、そういう事を言ったんじゃないんだけどな。
だって、あの妹だろ。
まだまだ赤ん坊、下手したらまだ歩けるか歩けないか位の赤ん坊だ。
なのにもう連れて行くのか――という意味での「早いな」だったんだ。
俺はてっきり、形式上だけの話で、成長するまで「許嫁」みたいな形になるもんだと思っていた。
「お嬢様を送り届けた後、チャールズ様自ら参上し、陛下にお礼を申し上げたいと話していました」
「わかった、待ってると父上に伝えてくれ」
「はっ」
フランクは跪いたまま、深々と頭を下げた。
そして顔をあげて、俺を見つめる。
「つきましては、チャールズ様よりこちらのものを預かって参りました。こちらへ運んでもよろしいでしょうか」
「うん? 何を持ってきたんだ?」
俺が頷きながら聞き返すと、その許可を得て、フランクが立ち上がって、後ろに向かってジェスチャーをした。
謁見の間の入り口に控えていたフランクの部下らしき男が頷き、廊下に身を乗り出して何かを言った。
すると、何人もの男達が、箱やら何やらを運んで入ってきた。
箱はおそらくお金が入ってる。
それ以外は布をかけているが、シルエットとかで骨董品の類だってなんとなくわかる。
それを俺の前に並べた。
「ささやかな気持ちですので、どうかお納め下さい」
「わかった、ありがとう」
俺はそういい頷いた。
すると今度はギガースらが入ってきて、贈り物を運んでいった。
「それともう一つ」
「うん?」
「こちらは、チャールズ様より、必ず手渡せと命じられてます」
フランクは懐から一冊の本を取り出した。
「それってもしかして」
「はい、魔導書でございま――」
「おお、どんな魔導書なんだ?」
俺は立ち上がり、スタスタとフランクに近づいていき、魔導書を受け取った。
『ふふっ』
ラードーンがなぜかクスリと笑ったが、今はそれどころじゃない。
俺はフランクから受け取った魔導書を見つめた。
「申し訳ありません、私どもではどういう魔法かまでは。ただ、チャールズ様がちゃんとした筋から入手した本物でございますので」
「そうか」
「なんでも、今まで誰にも使えなかったものですので、かなりの大魔法なのではないか、という話です」
「それは楽しみだ!」
俺は頷き、その場で魔導書を開き、読みだした。
フランク、そして人狼達の儀仗兵に見守られる中、魔導書を読み進めていく。
いきなり魔導書をもらって興奮した状態で読みはじめたのだが。
「……うーん」
「い、如何いたしましたか?」
「これって……うーん?」
「えっと、なにかまずかったでしょうか」
顔を上げる、フランクが焦りと怯え、その二つが入り混ざったような表情をしていた。
「まずいというか……なんかおかしいんだよなこの魔導書」
「おかしい、と申しますと?」
「いや、本物なのは間違いないんだけど、なんかおかしいんだよな」
俺は首をひねりながら魔導書を読んだ。
最後まで読んで、違和感を感じて、もう一度最初から読み直す。
魔導書なのは間違いない。
間違いない、が。
「この通りにやっても、魔法は覚えられない様な気がする」
「はあ……」
フランクは曖昧に相づちを打った。
『ふふっ、さもあろうな』
「ん? なんか知ってるのかラードーン」
『うむ、この手の魔導書はとある時代に流行ったものだ。その後急速に廃れたがな』
「流行って廃れた?」
『お前が感じたとおり、それは本物だが、何かが足りていない。それはわざとそうしたものだ』
「わざと? なんでまたそんなことを」
『さあな、人間達がやることは理解の埒外だ』
そう言いながらも、ラードーンの口調は楽しげだった。
まちがいなく理解しているって感じの口調だ。
「何かが足りないってどういう事なんだ?」
『わかりやすく例えてやるとな……うむ、ケーキのレシピがあったとしてな』
「ケーキのレシピ、ふむふむ」
『そのレシピはわかりやすく書かれている、見ただけで「あっ、これは美味しくできるレシピだ」となる代物だ』
「ふむふむ」
『だが、どうしたことか、そのレシピのどこにも砂糖の文字はない。その通りに作れば見た目も香りも抜群だが、いざ食べてみれば甘さが一切しないケーキのような何かになる』
「そういうことか!」
俺はハッとした。
ラードーンの言葉で違和感がはっきりとした。
砂糖の存在が一切ないケーキのレシピ。
それでも、実際にレシピを見て作る人間は、砂糖をどこに使えば良いかわかるだろうな。
俺が、魔導書の中で「一カ所」だけ足りないと分かれば、どこに何を埋め込めばいいのかが分かるように。
俺はもう一度最初から魔導書を読み込んだ。
そして、足りないものを組み込んで――放つ。
「ファイヤボール」
魔導書が光り、かざした手から炎の玉が飛び出した。
「おお! こんなにすぐに習得されるとは、さすがでございます」
フランクは感動した表情でそういった、が。
事情を知らなければそう感じるのだろうな、と俺は思った。
『ふふっ、やはりお前は魔法の天才だ。内容が欠落している魔導書など、下手をすれば一から作るよりも難しいのにな』
事情を知っているラードーンの褒め言葉の方が、普通に嬉しいと感じたのだった。