167.叩いてしつける
『今のうちに手綱を握っておいた方がいいな』
「え? どういうこと?」
『タイムシフトを使ったというのなら、完全に消し飛ばされていたのであろう?』
まるで見てきたかのようにラードーンがいった。
このあたりはさすがデュポーンの事をよく知っているだけある、って事だろうな。
「まあな」
『あやつは我に返ればまた空回りを始める、そういう男だ。放っておけばまた消し飛ばされるぞ』
むむ。
それはまずい。
というか……うん、そうだろうな。
初めて会った俺でも、言われて見ればその光景がありありと目に浮かぶようだ。
今は「ガーン」って感じで魂がどこかへ旅立っちゃった感じだけど、我に返ったらまた俺に突っかかってきて、それでまたデュポーンに消し飛ばされるだろう。
タイムシフトはものすごく魔力を喰う。
数秒間巻き戻すだけで、俺が持つ全魔力を喰らい尽くすほどだ。
正直、もう一度やったら今度は助けてやれない。
俺はデュポーンを見た。
デュポーンは俺に抱きついたまま、嬉しそうに頬ずりしている。
止めた方がいい……けど、どうやって?
「どうしたのダーリン?」
「えっと……その、な」
「うんうん」
「……」
考えたけど、分からなかった。
魔法でどうにかならないかな? って考えた方がいい気がしてきた。
『ふふっ、お前らしい。いいだろう、我が考えてやる。我の言うとおりに言ってみろ』
あっ。
それは助かる。
こういう時のラードーンはものすごく頼りになる。
『この後こいつと話がある』
「この後こいつと話がある」
「話ってなに?」
『聞いていればわかる。それよりもちゃんと話を最後までしたいから、何があっても手は出さないでくれ』
「聞いていればわかる。それよりもちゃんと話を最後までしたいから、何があっても手は出さないでくれ」
『――ぷっ』
「――ぷっ……ぷ?」
「どうしたのダーリン」
デュポーンが小首を傾げた。
『く、くく……すまんすまん、ついこらえきれず噴きだしてしまった。一言一句間違えずに繰り返すのだな』
いや、その方が良いかなって。
『ふふっ、お前らしいよ。続けよう』
ラードーンは気を取り直して、再開した。
『悪い、なんでもない。それよりも約束してくれ、何があっても手を出さないって』
「悪い、なんでもない。それよりも約束してくれ、何があっても手を出さないって」
さっきと同じように、まったく同じ言葉を繰り返した。
魔法の事じゃないんだ、素直にアドバイスにしたがった方が絶対にいい。
「手を出さないで、かあ」
『たのむ、俺のために我慢してくれ』
「たのむ、俺のために我慢してくれ」
「――っ! うん! 我慢する、何があっても我慢する!」
デュポーンはものすごく嬉しそうな顔をして、更にぎゅっ、と俺に抱きついた。
しばらくスリスリしてから、俺から離れた。
「ちょっと待ってね……えい!」
デュポーンは手をかざして、何かの魔法を使った。
次の瞬間、彼女の手足がすぅ……と透けだした。
「それは?」
「タイムリープだよ」
「タイムリープ……魔法なのか?」
「うん。あたしの手足を昨日に置いてきた。これなら万が一手が出ちゃっても殺せないから安心して」
「昨日においてきた」
デュポーンがけろっと言った魔法、タイムリープ。
自分の手足を昨日に置いてきた、という説明が訳がわからなさすぎる。
分からないけど、「タイム」リープという名前と、昨日という単語。
ものすごい時間魔法ってだけはっきりと分かる。
どういう魔法なんだろう……知りたい。
『ふふっ』
「あっ」
ラードーンの声が聞こえてきて、はっと我に返った。
いかんいかん、こんなことをしてる場合じゃないんだ。
今はまず、ヴリトラを何とかしなきゃだ。
☆
「俺様と戦え卑怯者!」
話をするためにヴリトラを連れて、テレポートで屋敷に戻ってきた。
ひとまず庭に移動したら、そこでヴリトラが我に返って、早速俺に食ってかかってきた。
「止めといてよかった」
思わずそうつぶやいたのは、デュポーンが笑顔でビキビキってなってるからだ。
止めてなければヴリトラはまた跡形もなく消し飛んでたところだ。
「なんで戦わなきゃならないんだ?」
「デュポーン様も、さっきのやつも騙されてる! お前の様な人間が魔物の王になってるなんて、絶対に何か卑怯な手を使ったに違いない」
「卑怯な手って……」
「お前をぶっ倒して、その化けの皮を剥がしてやる」
なるほど、そういうことか。
えっと、それはつまり……。
「お前を倒せばいいんだな」
「ほざけ! お前の様な人間に負ける俺様じゃない!」
ヴリトラはそう叫んだあと、ガイと戦ったときと同じように分身した。
魔法での分身じゃない、そこに魔力は感じられない。
ガイの時も一度見たけど、こりゃ超スピードでの残像分身だな。
だったら――。
「スワープス」
手をつきだし、魔力を練り上げて、魔法を放った。
ファミリアの中に、クリスとアスナという、速度を身上とする者が二人もいる。
その二人ともし対峙したら? という想定から作った魔法。
放った瞬間、残像分身が消えた。
同時に、ヴリトラの足元に絡みつく、半透明の何かが現われた。
「な、何だこれは!」
驚愕するヴリトラ。
まるで沼に足を取られたかのように、動きがままならなくなった。
あと一回どっかんとやってしまおう。
「パワーミサイル――41連!」
突き出した手を一旦引いて、拳に握り直してまた突き出す。
拳の先端から、41本の魔法の矢が飛びだした。
「なっ――」
驚愕するヴリトラ。
足が搦め捕られているせいで、スピードが完全に殺されて避けられなくて、41本の魔法の矢が全弾命中した。
命中した瞬間、足を搦め捕る魔法が消えた。
魔法の矢が次々とあたったヴリトラは
「ぶっ、あがっ、ぶぎゃら!!」
変な声を上げて吹っ飛んでいった。
空中できりもみしながら吹っ飛んでいって、勢いを失った後、頭から落下して、地面に逆さに突っ込んだ。
「すごい! すごいすごいダーリン! すっごく格好よかった!」
完全に決着がついたと判断したのか、デュポーンが俺に駆け寄ってきて、抱きつけないもんだから俺のまわりでぴょんぴょん跳ね回って、喜びを露わにするのだった。
☆
「失礼しました!!」
地面から引き抜いて助け出したあと、気がついたヴリトラはパッと頭を下げてきた。
直前までの敵愾心はどこへやら、ってな具合に下手に出てきた。
「えっと?」
「俺が――いや、自分が間違ってました!」
「これって一体?」
『いい意味で単純なやつなのだ。ぶっ叩いたら力を認めた、それだけの事だ』
「そうなんだ」
正直一回叩いただけでこうなるとは想定してなかったけど、これはこれで話が早くて助かる。
「あなたは強い、魔物の王に相応しい強さだ」
「へえ、よく分かってるじゃない」
「デュポーン様もすみませんでした!!」
そういって、デュポーンにはガバッと土下座した。
俺に頭を下げたのより更にワンランク上の謝罪だ。
「俺の早とちりです」
「別にいいよ、どうでもいいし」
「うっ……そ、そうだ。すごくお似合いです」
「お似合い?」
それまでいかにも興味の無い、って感じの反応だったデュポーンだが、ヴリトラの言葉に思いっきり反応した。
一転、目を輝かせる位の勢いで食いついた。
「本当?」
「はい! デュポーン様は最高のお方です。魔物の王なら、ぎりぎりで釣り合いが取れます――お似合いです」
「ふふん、あんた分かってるじゃない」
お似合い、っていう言葉に思いっきり気をよくしたデュポーン。
こうなればもう、この先消し飛ばされるのを心配しなくてもいいのかもしれないな。
「ねえねえダーリン」
「うん?」
「こいつ、なんか見所があるね」
「えっと……まあそうかな?」
なんか思いっきり私情がはいっている評価で一瞬ためらったが、よくよく考えればヴリトラのスピードはかなりのもので、強い魔物なのは間違いない。
見所がある――うん、まあそうだな。
「名前をつけて、ダーリンの使い魔にしてあげない?」
「ファミリアのことか?」
「うん!」
「ふむ……」
俺はヴリトラの方をみた。
「あんた、この国で暮らしていくつもりは――」
「もちろんっす! デュポーン様のいるところが俺の居場所!」
「なるほど」
俺は頷いた。
「じゃあ、この国に住むための魔法をかけるぞ」
「うっす!」
手をかざして、ファミリアの魔法をかける。
ヴリトラってずっとよんでたけど、それは種族名だったよな元々。
だったら――。
「今日から――ヴァジュラだ」
名前を付けつつ、ファミリアの仕上げをする。
光がぱっと広がって、ヴリトラ――ヴァジュラを包み込む。
光が収まった後、ヴァジュラの姿は一回り小さくなった。
それと同時に、角や翼など一部の特徴を残しつつ、より人間に近い見た目になって――。
「こ、これは!!」
――力も強くなった。
自分の変化に大はしゃぎするヴァジュラは、前よりも圧倒的に速いスピードで、6体の残像分身を出したのだった。




