165.あのお方
ある日の昼下がり、俺は街中をぶらついていた。
特に目的がなくて、適当にぶらぶらしていたら、ノーブル・バンパイアの男に声をかけられた。
「リアム様、これを食べてみて下さい!」
そう言ってさしだしてきたのは、まるで真珠のような小さな塊だった。
小皿にその小さな塊がいくつもあって、全部が違う形をしている。
食べてみてくださいって言われたから、俺はそれを一つ摘まんで、口の中に入れる。
「どれどれ……甘いな。何のお菓子なんだ」
「名前はないよ。リアム様の魔晶石をヒントに作ってみたんだ。砂糖水をかけて乾かして、乾かした上から更に砂糖水をかけて、更に乾かして――のくり返し」
「なるほど」
俺はそれをもう一粒受け取って、まじまじとみつめた。
説明通りなら、確かに魔晶石と作り方が似ている。
たぶん火を使わないからか、変な雑味もなくて純粋に甘くて美味しい。
「うん、美味しい。ありがとうな」
「!! あの! これ、リアム糖って名前をつけてもいいですか?」
「俺はなにもしてないけど、いいのか?」
「はい!」
「わかった。全然いいぞ」
「ありがとうございます!」
ノーブル・バンパイアはものすごく嬉しそうな顔をした。
そのリアム糖を一包みもらって、ポケットの中に入れて再び歩き出す。
「リアム様! この服を着てみて」
「リアム様! うちの酒も飲んでみて下さいよ」
「りあむさまりあむさま、いっしょにあそぼ?」
歩いてると、次々と声をかけられた。
街の魔物達は親しげに話しかけてきて、散歩のつもりがちっとも先に進まない位だ。
ここ最近、魔物達が少しだけ変わってきた。
街が発展して、「ガワ」ができていくにつれて、魔物達が色々と作れるようになった。
さっきのお菓子にしてもそう。
俺の頭じゃ到底思いもつかないような発想から新しい物を生み出すようになった。
そのおかげで、街が急速に発展していってる。
だから、俺はますます見て回りたくなった。
俺の知らない発想から、新しい魔法の発想になるものはないかと、そう思って見て回った。
『ふふ、とことん魔法が好きなのだな』
「ああ、魔法は好きだ」
『あれと比べてどっちがより好きなのだ』
「あれ?」
「ダーリン!」
ドン! と横合いから衝撃が来た。
とっさに踏みとどまる。何者かに抱きつかれた。
みると、それはデュポーンだった。
デュポーンは俺に抱きつき、スリスリしてきた。
「んふふー、ダーリンの匂いだ」
「えっと、人前でそれは恥ずかしいんだけど」
「えー、いいじゃん。この前ダーリンのお願いを聞いてあげたんだし、これくらいは」
「そ、そうだな」
それを言われると強く出ることはできなくなった。
デュポーンの好きなようにさせてやった。
まわりをみる、当たり前のように注目を集めていた。
注目は集めているが。
「いいなあ、あたしもリアム様に抱きつきたい」
「あれが終わったらね。いまいったら邪魔だってデュポーンにぶっ飛ばされるよ」
「それもそっか」
俺が思っているまわりの反応とちょっと違っていた。
違ったが、それはそれで恥ずかしかった。
恥ずかしいから、何かやめさせる口実はないのかと思って、まわりを見回した。
それに気づいたデュポーンは、俺に抱きついたまま聞いてきた。
「どうしたのダーリン」
「いや……なんか食べる物無いかなって」
と、とっさに適当な言い訳を口にしてみた。
「お腹空いてるの?」
「すいてるというか、珍しいものを食べてみたいっていうか」
ポケットの中のリアム糖を思い出した。
「珍しいものかぁ――わかった、ちょっと待ってて」
「え?」
どういう意味だ? と聞き返す暇も無く、デュポーンは俺から離れて、ものすごい猛スピードでどこかに飛び去っていった。
「いっちゃった……なんなんだろう」
『珍しい食材を調達してくるのだろう』
「そっか……どういうものを持ってくるのかな。ラードーンわかる?」
『さあな。人間の尺度に当てはめれば、我らの知っているものは九割以上が珍しい食材になる』
「そんなに!? それじゃ特定は無理か……」
まあいっか、と思った。
ポケットの中にあるリアム糖を一粒取り出して、口の中に放り込んだ。
何を持ってこられるのか心配だが、ラードーンが俺の中にいるんだ。
食べたらダメなものだったらラードーンが警告してくれるだろうから、必要以上に心配することもないだろう。
それよりもデュポーンが戻ってくるまでに、もうちょっと色々と見て回ろうと思った――その時。
「おうどけどけ!」
様々な魔物達を押しのけて、一体の魔物が現われた。
見覚えのない魔物だ。
二本足で立って両腕もあるという人間型だが、頭はトカゲのような感じで、尻から太いしっぽが垂れている。
そいつは我が物顔で、まわりの魔物が遠巻きにしている中、大股で歩いてこっちに向かってきた。
「おっ、いたか人間。おい、お前がリアムって小僧か?」
「リアム、様、でござる」
俺が答えるよりも早く、横から別の声が指摘こみで応じた。
振り向くと、ギガースのガイが眉を逆立ててこっちに向かってきて、侵入者らしき魔物とむきあった。
「へえ、お前強そうじゃねえか。まあでも、俺様ほどじゃないが」
「そうでござるか」
ガイは冷ややかに答えた。
俺の事を呼び捨てにされた事はブチ切れそうな位おこっていたが、自分のことはなんとも思ってないって感じだった。
「それより、お前は何者?」
「ははっ、本来ならお前のような人間のガキになのる名前はないんだがな」
そいつははっきりと余計な一言を放った、それでガイは更に切れかかったが、その反応を予想していた俺はガイをつかんで、首を振って止めた。
人間は人間で攻撃したら問題になるが、魔物は魔物で、この国が魔物の国だって事を考えたら即ケンカって訳にもいかない。
まずは話を最後まで聞く、俺はそう思った。
「まあいい、耳の穴をかっぽじてよーく聞け。俺様の名前は白銀の迅雷。ヴリトラ族一の戦士だ」
「しろがねの……じんらい?」
『二つ名の類だろう』
「それを自分で名乗るんだ……」
『そういう性格なんだろう』
「ああ、なんかそれは納得」
言葉通り、俺は納得した。
そいつ――白銀の迅雷って心のなかであろうと、呼ぶとムズムズするから、種族名? のヴリトラで呼ぶことにした。
ヴリトラは名乗った後、腰に手を当ててものすごいどや顔をしていた。
そういう性格っていわれたら、うん「そういう」性格だなあ、と納得した。
『そしてお前は知らないだろうが』
「え?」
『ガイとクリスも自ら名乗っているぞ、二つ名』
「そうなのか……」
それは知らなかった。
うん、ガイとクリスなら、そっちも納得だ。
そう思うと、ヴリトラの態度も愛嬌があるように感じられるようになった。
「そのヴリカスとやらが何のようでござるか」
ガイはそんなことまったく思っていないようで、普通に煽りながら聞き返した。
「ヴリトラ、だ! ふっ、まあいい。そこの人間。お前がこの街を作ったってのは本当なのか?」
「え? ああ、うん」
「よくやった、褒めてやる」
「――っ!」
またまた切れかかって、飛びかかりそうになるガイ。
これも先に腕を捕まえてとめた。
「褒めてくれてどうも。で?」
「おう、ここはもらってやるから、ありがたく思うがいい」
「……なんの話をしてるんだ?」
「耳がわるいのか? まあ、人間の貧弱な耳じゃその程度だろうな」
「えっと……」
「ここをもらってやるって言ったんだ」
「それって……俺を追い出して、って意味で?」
「おう、聞くところによると人間が魔物の王になってるが、そんなふざけた話はねえだろ」
「うーん、まあ、そういう見方もあるか」
そういう発想があるのはわかる、事情を知らなきゃそう思う人も多いだろう。
「だからここをもらってやるよ。安心しろ、ここはあの方に献上する」
「あの方?」
「おう! 魔物の王に相応しいお方だ」
「そうか」
なるほどそう来たか。
つまりは降伏勧告みたいなものだ。
話は大体分かった。
分かったけど、そうこられてもなあ……。
「主」
「うん?」
「そろそろ拙者の腕を放してくれぬか。身の程知らずには体で分からせてやる必要があるでござる」
「……そうだな」
俺は頷き、ガイから手を放した。
ガイは一歩踏み出して、ヴリトラと向き合った。
「ガイ」
「なんでござるか」
「殺すのはダメだぞ、ちゃんと手加減しろ」
『お前ならできるだろ? と付け加えておけ』
「お前ならできるだろ?」
俺はラードーンのアドバイス通りにいった。
すると、マジギレ顔だったガイが一瞬嬉しそうな顔をして。
「心得た」
と言った。
上手いなラードーンは。
一言最後に付け加えただけで、ガイの殺る気が大分削がれた。
俺は準備を解いた。
ガイが切れて殺してしまった時のために、タイムシフトでいつでもやり直して助けられるようにスタンバっていたけど、この状況なら必要なさそうだ。
「なんだ? 俺様とやる気か?」
「うむ、身の程知らずのヴリカスには体で分からせてやるでござる」
「はは、わかる、わかるぞ、お前の様なデカブツの弱点は」
「なに?」
「みろ、これが俺様の――」
ヴリトラはそういって、一瞬で八人に分身した。
分身して、指先を揃えた手刀をガイに向かって突き出した。
「「「疾風の連撃だ!」」」
微妙に合唱の様に聞こえる声を上げながら、ガイに襲いかかるヴリトラ。
そんなヴリトラの腕を、ガイはがっしとつかんだ。
「なっ――!」
「この程度、イノシシ女よりも遙かに遅いでござる」
ガイはそう言って、腕をつかんだまま、武器のこん棒をフルスイングした。
つかんだまま顔にフルスイング――ヴリトラは縦にものすごく回転して、地面に顔から突っ込んだ。
直後、歓声があがる。
まわりを取り囲んで成り行きを見守っていた街の魔物達が、ガイの勝利に歓声をあげた。
「殺してないよな」
「命令通りちゃんと手加減はしているでござるよ」
ガイはそういって、ヴリトラを指さす。
ヴリトラは顔から地面に突っ込んで、腰のあたりを「く」の形で地面に突っ伏している間抜けな格好だが、ピクンピクンとけいれんをしている。
とりあえず生きているのは確かなようだ。
☆
「はっ! こ、ここは――」
しばらくして、ヴリトラは気が付いた。
パッと起き上がって、まわりをみる。
ガイに子供扱いされてワンパンで沈められた事もあって、もはや脅威とも認識されなくなったヴリトラ。
それもあって、野次馬がさっきの三分の一くらいに減っていた。
「気がついたか?」
「お前――」
「結構頑丈なんだなお前。回復魔法をかけようと思ったらそんな必要もなかったよ」
「さ、さっきの男はどこだ」
「ガイのことか?」
「ああ! そいつの居場所を教えろ」
「リベンジでもするのか?」
「違う! あれほどの実力者だ、あの方に推薦して取り立ててもらう」
「ふむ」
圧倒的な力にねじ伏せられたヴリトラは恨んでないところか、むしろ認めて、好意的にすら思っているようだ。
なんというか、やっぱり憎めない性格のようだ。
「というか、お前のいう『あの方』って誰だ?」
「それは――」
ドン!
「ただいまー。お待たせダーリン」
ヴリトラが答えかけたところで、空からデュポーンが戻ってきて、問答無用で俺に抱きついてきた。
なんというタイミングの悪さ。
「ちょっと離れてくれ」
「えー? どうして」
「いま真面目な話をしてるところだったんだ」
「そんなのいいじゃない。それよりもダーリン、これ食べてみて」
こっちの話を聞かずに、持ってきたリンゴの様な果物を俺の口に押しつけてこようとするデュポーン。
そんなデュポーンをみて。
「で、デュポーン様?」
ヴリトラは名前を呼んで、驚愕した。
「ん? あんただれ?」
「えええええ!?」
ヴリトラは「ガーン!」って感じの顔をした。
デュポーンに「誰?」っていわれて、この世の終わりかってくらい絶望した表情をうかべた。
「お、おわすれですか、白銀の迅雷です」
「知らない、誰それ」
「……」
ますます「ガーン!」と絶望するヴリトラ。
えっと……これってもしかして。
あのお方って、デュポーンのことだったのか?