162.かっこいいご主人様
朝起きた俺はベッドから這い出て、着替えた後、朝ご飯を求めて食堂に向かった。
今日はどんな朝ご飯になるのか楽しみだった。
エルフメイド達の料理の腕が、日に日に上がっているからだ。
元々繊細な作業が得意なエルフ。
そのエルフ達が、ブルーノ経由で人間との交流をもって、様々な料理のレシピを仕入れた。
その料理の種類は多岐に及ぶ。
小料理屋の手作り感満載の温かみのある料理から、三日三晩にわたって豪華絢爛さを楽しむ事を主眼とした宮廷料理まで、ありとあらゆる種類のレシピが増えている。
だから、今日はどんなものが出てくるのか、それが楽しみだ。
「あっ、いたいた」
「ご主人様!」
曲がり角の向こうから、エルフメイドの一団が姿を見せた。
彼女達は俺を見つけるなり、パアァ、と顔をほころばせて、こっちに向かってきた。
そして、俺を取り囲む。
「どうした、何かあったのか?」
「ご主人様、お召し替えはまだですよね」
「え? 一応普段着に着替えてはいるけど」
「ダメですよ、ご主人様はもっとかっこいい格好をしてなきゃ」
「かっこいい格好?」
どんな格好なんだろう。
何となく自分の格好を見た。
普段の格好でも、俺の感覚では充分に格好良く感じるんだけど。
何せ貴族の服だ。
それだけで充分に凜々しくて、かっこいい。
「これ、羽織ってみてくださいご主人様」
エルフメイドの一人が、「じゃーん!」、って感じでジャケットを取り出した。
赤と黒を基調にしたジャケットだ、ところどころアクセントに、金色の飾緒みたいなものをつけている。
「これ、作ったのか?」
何となくそう思って聞いてみると。
「はい!」
「ご主人様のために作りました」
「だから、ねっ!」
メイド達は更にせがんできた。
俺のために作ってくれたと言うのなら、断る理由もない。
俺はジャケットを受け取って、それに袖を通そうとしたが。
「あれ?」
袖が通らなかった。
通すところが縫い付けられていた。
「あっ、それは羽織るだけで大丈夫です」
「羽織るだけ?」
「はい! こんな感じで」
エルフメイドが俺の代わりに、ジャケットを羽織らせてくれた。
ジャケットというよりは、マントという感じで羽織った。
袖は完全な飾りだ。
そんなジャケット風マントを身につけると。
「いやーん、かっこいい!」
「素敵ですご主人様!!」
エルフメイド達が大いに盛り上がった。
自分達が作った物を、身につけた俺を見て身悶えしたり黄色い悲鳴を上げたりした。
中には声すら上げられずに、感極まっている子もいる。
い、いや、それはさすがに行きすぎじゃ?
それ以前に。
「これは一体?」
「こういうのが今かっこいいんです」
「そうなの?」
「はい! ご主人様って王様じゃないですか」
「あー……うん、そうだね」
俺は少し考えて、曖昧にうなずいた。
正直今でもまだ「王」っていう自覚はあまりない。
ないけど、ここにいる魔物達を守るため、必要な時は俺が「王」として立たなきゃならないのは分かってる。
「今までの格好だとただの貴族だから。こっちの方が王様っぽくてかっこいいです」
「風格が段違いですよ」
「そういうものなのか」
俺は自分の格好を見た。
直で見たり、窓ガラスを鏡に見立てて全身を確認したり。
エルフメイド達ほどきゃーきゃーいう様なテンションじゃないけど、うん、まあかっこいいと思う。
「こう、かな」
俺は自分の中にあるかっこよさを形にしてみた。
ジャケット風マントを羽織ったまま、腕組みした。
すると――ドサッ。
一人、エルフメイドが倒れた。
慌ててそのエルフメイドに駆けよって、そばでしゃがみ込む。
「ど、どうしたの?」
「尊い……」
「へ?」
なにがどうなっているのか分からないけど、どうやら体調不良とかじゃないみたいだ。
エルフメイドはゆっくりと立ち上がった。
俺も立った。
他のメイド達を見ると、ほぼ全員がうっとりしている。
うーん。
「とりあえずありがとう。これは着けさせてもらうよ」
「ありがとうございます!」
「また作ってきますね!」
「うん」
そうして、エルフメイド達は大喜びで立ち去っていった。
『ふふ、モテモテではないか』
「あまりからかわないでくれ」
『からかってなどおらぬ』
「え?」
『人間はいろいろ複雑にしすぎる。雄はな、力強くあればそれだけでよいのだ。そしてさっきのお前は、まさしく力強い格好をして見せた』
「あー、なるほど」
ラードーンの言いたい事はわかる。
動物とかまさにそうだもんな。
とにかく強く振る舞う、強い雄として。
人間が色々複雑にしたというのは、反論したくはあるけど、事実でもあると思った。
『その点お前はよい、見栄えもよいし、魔力も間違いなく人間の中では最強クラスだ』
「そうなのか?」
『魔法だけでいえば五指には入るだろうさ』
「おー……」
それは……嬉しかった。
かっこいいといわれるのも嬉しいけど、魔力が高いといわれるのは何よりも嬉しく思った。
憧れの魔法、それが認められた事は何よりも嬉しい事だった。