160.アルブレビトの国
「ご主人様、大変です」
屋敷の自室で、魔法の練習をしていると、エルフのレイナがやってきて、いきなりそんな事を言ってきた。
「大変? 何か起きたのか?」
「ガイとクリスが爆発しそうです」
「あの二人が? なんで? ケンカか」
「いえ、とにかく来て下さい。あの二人を止められるのはご主人様だけです」
「わかった」
なにが起きたのか分からない。
レイナも態度から「今は詳しく説明してる余裕はない」だし。
とにかくついて行くことにした。
レイナが駆け出し、俺は後ろについていった。
屋敷の廊下を駆け抜けて、玄関から外に飛び出す。
街を一直線に駆け抜けて、東西南北と四つある入り口の一つ、南の入り口にやってくる。
そこで、魔物達に遠巻きで見守られるなか、ガイとクリスの二人が、人間の一団とにらみ合っていた。
二人の姿が目に入った途端、遠目でも殺気が形になって見えるほど、二人はブチ切れていた。
「二人とも、そこまでだ」
俺は大声を上げた。
相手の人間が何者なのかまだ分からないが、殺気を放つほどのガイとクリスをこのまま解き放っちゃいけない、大事になる。
だから声をあげて止めた。
すると、俺の声を聞いて二人は振り向いた。
「主……」
「ぶぅ……」
俺に止められたのがよほど不満なのか、二人は振り向きながらも恨めしげな目を向けてきた。
だが、殺気はひとまず収まった。
俺は二人のそばにやってきて、足を止めた。
「なにがあった。さっきのあれ、ただ事じゃなかったぞ」
「それは――」
クリスが説明(か弁明)のために口を開きかけた瞬間。
「ふん、遅かったぞリアム」
二人の向こう、人間側の誰かが俺の名前を口にした。
知りあいの誰かか? と思ってそっちに目を向けると――。
「アルブレビト……兄さん」
そこに立っていたのは、ハミルトン家の長男、アルブレビト・ハミルトンだ。
アルブレビトは不機嫌そうな目で、俺を見下している。
リーダーであるアルブレビトがそうだからか、そいつが連れて来ている人間達も、総じてこっちをさげすんでいるか、ニヤニヤしているかで、見下している感じだ。
「どうしてここに」
「飼い犬はちゃんとしつけろ。子供には無理な注文かもしれんが、一応は言っておいたぞ」
「「――ッ!!」」
アルブレビトの言葉に即座に反応して、さっき以上の殺気を放つガイとクリス。
この瞬間、俺は全てを理解した。
ガイとクリスは、この国の武闘派のツートップだ。
そしてたぶん、俺を「信奉」レベルにまでなっているツートップでもある。
その二人が、アルブレビトが俺をないがしろか、さげすんでいる的な言動にキレてたんだろう。
今までのアルブレビトの事を考えれば、俺が来るまでにも似たようなやり取りが繰り返されて来たに違いない。
俺はちらっとレイナを見た。
レイナは小さく頷き、それが答え合わせになった。
「ガイ、クリス」
「う、うん」
「な、なんでござるか」
「ここは俺にまかせろ。二人は戻って、やるべき事をやれ」
「でも!」
「ヤツは主を侮辱したでござる」
「俺が預かる」
俺はきっぱりと言い放った。
俺に言われると、二人は不承不承ながらも引き下がった。
そのまますごすごと立ち去る――ながらもちらちらとアルブレビト一行を睨んでいる。
「おい、リアム」
「え?」
「いつまで待たせている」
「え? ああ……そうだな。レイナ」
「はい」
魔物組三幹部の一人でありながら、二人に比べて冷静なレイナは静かに応じた。
「迎賓館の用意を」
「分かりました。お飲み物もお出しした方がよろしいですか?」
「うん? ああ、いつものように」
「……承知致しました」
レイナは俺に一礼して立ち去った。
その後ろ姿を見送る。
なんだろう、今の。
なんで飲み物の話を聞いてきたんだ?
迎賓館を使うし客だから、なにも聞かずに出せば良いのに。
『あの娘も心底キレているのだよ。賓客として扱うのか? という不快感のあらわれだ』
ラードーンが心の中で説明してきた。
なるほど、そういうことか。
って、レイナまでキレてるのかよ。
それって……相当だぞ。
「おい!」
アルブレビトがまた怒鳴ってきた。
腕組みして、立ったまま貧乏揺すりをしている。かなりイライラしてる様子だ。
「あ、ああ。こっちだ」
俺はそう言って、アルブレビト達を先導しだした。
レイナまで不機嫌になってるんなら、もう誰にも任せないで、俺がやった方がいいと思った。
そうして、迎賓館までアルブレビト達を案内する。
そしてアルブレビトの部下たちを別室に通し、俺とアルブレビトは迎賓室にはいった。
アルブレビトは俺が何か言う前に、つかつかと部屋に入って、上座にどかっと座った。
その直後にレイナ達エルフメイド達が入ってきて、通常の歓待に使われる茶と茶菓子をだした。
それをみてちょっとほっとする。
怒っていても、レイナはちゃんとやることはやってる。
とは言え油断はできない。
俺はレイナに耳打ちした。
「レイナ達は下がってていい。別室にいる兄さんの部下たちにも何かを出してやって」
「わかりました」
「それと、後でスカーレットも呼んでくれ。たぶん相談した方がいいかもしれない事になる」
「わかりました」
理由をつけて、レイナ達を遠ざけた。
スカーレットは本当に必要になるかもしれないから、全くの口実って訳でもないんだけど。
そうして、俺とアルブレビトの二人になる。
「ふん、俗な場所だな」
「え? ああ、そうなのかな」
一呼吸遅れて、それが迎賓館の事を言っているんだと理解する。
この迎賓館が俗っぽいかどうかは俺にはよく分からないから、曖昧に相づちだけ打っといた。
「それで兄さん、今日は何のためにここまで?」
「何のために、だと?」
アルブレビトは俺をぎろり、とにらんだ。
正直迫力もなにもあったもんじゃないからたじろぎもしなかったが、どういう事なのかと首をかしげた。
「前に人をやっただろ」
「人を?」
「街を作った、挨拶に来い、と」
「……………………ああ」
なんか、そういう事もあったな。
うん、あった。
街を作ったから、挨拶に来いって言う連絡だけがあった。
で…………行ってはいない。
それは間違いない。
行ってないけど、どうしたんだっけ、あの件は。
うーん、思い出せない。
『ふふっ、お前は本当に、魔法以外の事はどうでもいいのだな』
ラードーンに笑われた。
「お前、生意気だぞ。年下のくせに」
「え?」
「挨拶にも来ない、それどころか連絡一つもよこさない。なにを考えてるんだお前は」
「えっと……なんだろうな」
「なにぃ!?」
アルブレビトはテーブルを叩いて、いきり立った。
おこらせちゃった。
本当に思い出せないから、その通りに言ってしまったら怒らせてしまった。
うん、今のは失言だ。
「ごめん、そういうつもりじゃないんだ」
「お前……年下のくせに生意気だぞ」
「あ、うん。ごめん」
とりあえず謝った。
「それで、今日はどうしてここに? 挨拶だけなら、誰かを催促にやればいいだろ?」
「……ふん!」
アルブレビトは鼻をならして、再び座り込んだ。
「取引させてやる」
「え?」
とり、ひき?
「俺の街が今度独立して国になる。だから取引をさせてやる。どうだ、悪い話じゃないだろ」
「……」
何一つ理解できなかった。
俺の頭が悪いのか?
1、俺の街が今度独立して国になる。
2、だから取引させてやる。
…………どこでどう繋がってるんだ? これ。
「どうした」
「いや……その、独立って、そんな事ができるのか、って」
「ふん、年下のお前ができたんだ。俺に出来ないわけが無い」
「えっと、武力は? 政治力は?」
その辺大事なんだけど。
「さっき連れてきた連中みただろ? 大金出して雇った連中の中でも選りすぐりの連中だ」
「ああ」
あいつらか。
……あいつら?
まったく強そうには感じなかったけど、大丈夫なのか?
「政治力なんて、年下のお前ができるんなら、俺に出来ないわけが無い」
「はあ」
またその論法か。
それって何の説明にもなってないんだけど、いいのか?
「という訳だ。ここ、魔晶石を産出してたな? 買ってやるからよこせ」
「いや、それはできない」
俺はきっぱりと断った。
「なんだと?」
アルブレビトは目を細めて、俺を睨んできた。
本人はすごみをきかせてるつもりかもしれないけど、正直なにも怖くないから、俺は説明を続けた。
「魔晶石はこの国の生活の基盤を支えてる大事な資源だ。勝手につかう訳にはいかない」
「……ふん、そういうことか」
「え?」
「おかしいとおもったんだ、お前が国王だなんてな。結局担ぎ上げられた神輿なんだろう? だから勝手に使えないって」
「え? ああいや、えっと……」
なんでそうなるんだ? と思ったが、なんかなにを言っても無駄そうだからやめといた。
「ふん、時間を無駄にした。だれだ、この国を牛耳っているやつは、会ってやるから連れてこい」
「牛耳ってるって言われても……」
さてどうしたもんか。
とことん話が通じないけど、なにをどういったら納得してもらえるんだ?
なんて、俺が悩んでいると。
「主様!」
血相を変えて、スカーレットが飛び込んできた。
「スカーレット? どうしたんだ?」
「レイナ達が大変な事に」
「え? どこだ!」
俺は立ち上がった。
スカーレットに先導してもらい、部屋から飛び出す。
そしてやってきたのは、さっきアルブレビトの部下を控えさせた部屋。
その部屋の中で、男達が全員、エルフメイド達に倒されていた。
エルフ達は怒った顔で、男達は倒れて悶絶している。
「これは……一体」
「あっ、ご主人様」
「ご主人様……」
「どうしよう……」
「こ、こいつらが悪いんだから」
レイナを始め、エルフたちは俺を見てばつの悪そうな顔をした。
「どういうことなんだレイナ」
「申し訳ありません、ご主人様。この者達が性的な接待を要求し、かつそれに絡めてご主人様を侮辱したものですから」
「性的な接待……絡めて俺を侮辱……」
……ああ。
『ええやろ、なあええやろ』
『子供の○○じゃ味わえないような天国につれてってやるよ』
とか、そういうのか?
それでレイナ達はキレた、と。
まあ、それは……。
「しょうがない、か」
しょうがないけど、さてどうするか。
「なんだ、これは……」
背後を向く。
追いかけてきたアルブレビトが絶句していた。
「こいつらになにをした、どんな卑怯な手を使った」
「え? えっと……」
ああ、そうか。
アルブレビトが信頼している、大金で雇った連中だって話だっけ。
「って、いうか、
兄さん」
「なんだ!」
「この程度の力で、独立とか考えない方がいいぞ」
「なんだと?」
「全然足りない。この十倍でも足りない」
「年下のくせに生意気を言うんじゃ無い!」
アルブレビトは俺を怒鳴った。
ダメだこりゃ、まったく聞く耳持たないもんな。
もう話を打ち切るか、と思ったその時。
「年上ならいいのですか?」
「え?」
スカーレットが一歩前に、すぅと進み出た。
「アルブレビト・ハミルトン」
「あ、あなたは……やはり王女殿下」
アルブレビトは青ざめた。
あっ、そっか。
ハミルトン家なら、スカーレット王女より立場は下だっけ。
「目に余る振る舞い、全てみていた」
「え、いえこれは――」
「全て記憶した、その事だけ、ようく覚えておくといい」
「…………」
アルブレビトはますます青ざめて、まるで死人の様な顔色になった。
『ふふっ』
ラードーン?
『お前は気づいていないから教えてやる。今のも一種の政治力。お前の力だ』
そうなのか。
『そしてヤツは逆ギレする』
「リアム……良くもやってくれたな」
へ?
ラードーンの予言通りになったけど、なんで?
「覚えてろよ、このままじゃすまさないからな」
と、逆恨みして、立ち去った。部下たちを置いて。
本当、どういう事なんだ?
『武力と政治力、両方で――ふふっ、年下のお前にべコベコにされたからな。悔しかろう』
ああ、そういうことか。
えっと……まあ。
別に、いいかなあ……と俺は思ったのだった。
魔法関係ないし。