159.天才
「ご、ご主人様!」
飛び込んでくるエルフのメイド。
血相を変えて、息を切らせている。
「太陽が、太陽が――」
「ああ、大丈夫。それは俺の魔法だ」
「え?」
「魔法で一時的に消え――じゃない、見えなくしただけだから、心配するな、みんなにもそう言っておけ」
消したというとパニックが大きくなる可能性もあるから、俺は「見えなくした」といった。
「ご主人様の魔法ですか!?」
「ああ」
「なるほど! すごいですご主人様」
俺の魔法、と言ったらエルフメイドはすぐに納得した。
さっきまでのパニックもどこへやら、な感じでテンションが反転した。
「分かりました、みんなに知らせてきます!」
メイドは外に飛び出した。
開きっぱなしのドアから――
「みんな、これはご主人様の魔法みたいだよ」
「本当に!? ご主人様すごい、こんなこともできるんだ」
「そりゃそうよ、なんだってご主人様の魔法だもの」
と、色々聞こえてきて、もう大丈夫だと思った。
俺はドアを静かに閉めて、師匠のところに戻ってきた。
「お前は……すごいな」
「そうですか?」
「ああ、あの時魔法を教えてやったときとはまるで別人だ。ここまで成長するとは思わなかった」
魔法に隠された太陽が徐々に元に戻ってくる中、師匠は俺を感動した様子で見つめていた。
「こんな、最大級の禁断魔法をいともあっさり使うとは――そもそも使う以前に復活させているか」
「禁断魔法」
「最終決戦魔法と呼ぶヤツもいる」
「どういう事ですか?」
俺は不思議がった。
太陽が隠れただけで、なんでいちいちそんな仰々しい呼び方をされてるんだろう。
「太陽、そして月。この二つは全ての魔法の源だ。その二つともなくなると、人間は魔力を持っていても、魔法を使えなくなる」
「ええっ!?」
「トータルエクリプスは、超広範囲に及ぶ、魔法無効化魔法ってことだ」
「そうだったの?」
それが本当なら……すごいことだ。
魔法が使えなくなる、それは特に俺にとって致命傷となり得る。
「本当だ。かつての大戦で、ジャミール王国はこれを開発、勝利の決定打にしたらしい」
「かつての大戦……」
『我の一件だ』
ふと、ラードーンが会話に割り込んできた。
『我はそれを喰らい、魔法が一切使えなくなったところに動揺し、敗北して封じられた』
……ああ。
それでラードーンが封印されてたのか。
ん? って事は……。
「もしかして、その魔法を開発したのって、ハミルトン家の御先祖様?」
「正解、さすがだな」
師匠は笑った。
「だから、俺はこれを盗み出しながらも、ハミルトン家の領内に逃げ込んだ。縁の地だからな」
「そうだったのか……」
それであの時師匠はあそこに。
それに、あの時ハミルトン家全体で誰かを追っていて、探していた。
「さて、俺はもう行くとしよう」
「え? いっちゃうのか?」
「禁断魔法を実際に見せてもらった。それで別の疑問が浮かんだ、調べなきゃならない」
師匠が真顔になった。
俺は小さく頷いた。
直感だけど、今はこの件にあまり首を突っ込まない方が良いと思った。
「わかった。もし、魔法に関する事でなにか力になれそうなら、いつでも頼ってきて」
「ああ、そうさせてもらうよ」
師匠はそう言って立ち去った。
☆
「ねえねえねえ、あれってあれだよねだよね!」
師匠とほとんど入れ替わり、みたいな形でデュポーンが入ってきた。
部屋に入ってくるなり俺に迫って、きらきらした瞳で見あげてくる。
「あれって?」
「今の魔法! あいつをやっつけたときに人間が使った物と同じ」
「……ああ」
そういえば、デュポーンは三竜戦争でラードーンと戦ってたんだっけ。
トータルエクリプスでラードーンに致命的な隙を作らせたんなら、デュポーンは当事者の一人ということになる。
そりゃ、知ってるか。
……というか。
三竜戦争で人間を超越した三頭の竜が戦って、人間側が肩入れして、ラードーンを封印して邪竜と貶めた。
この件、今まで軽くスルーしてたけど、思ってた以上に複雑で裏がありそうな感じだ。
「どうしたのその顔」
「あの時の事、裏がありそうだと思っているのだよ」
ラードーンが姿を現わして、デュポーンに言った。
「ああ」
それでデュポーンも納得した。
そして――何かをひらめいたような顔をして、俺に言ってきた。
「ねえねえ、あの時の事を知りたい? 真実とか事実とか知りたい?」
「うーん、いや、別にいいや」
「え? そうなの?」
「そういう話よりも、あの時に使われてて、今は使われていない魔法とかあったら知りたいなって」
「……」
デュポーンはぽかーんとなった。
それを見て、ラードーンは笑った。
「ふふっ、やはりお前はそう来なくてはな」
「そう?」
「うむ、何よりもまず魔法。好奇心の全ては魔法に向けられる。それ以外の事はどうでもいい。たとえあの時の事が、世界を滅ぼすような何かがあった、といっても今の考えは変わらないのだろう?」
「ああ」
俺は頷いた。
それを知ったところで、何か変わるもんじゃない。
そんな事よりも魔法だ、って思う。
「人間にもこんな人がいたんだ……」
「俗物ではない、天才の類だよ。数百年に一人レベルのな」
一人は感動、一人は自慢げに。
伝説の竜の二人は、そんな風に俺を見つめていた。