158.トータルエクリプス
あくる日。
この日は特に予定が入っていなかったから、朝から自分の部屋で魔力を高める、日課の練習をしていた。
体力と魔力は根本的な所でよく似ている。
持続して鍛えていれば徐々に強くなっていくもの。
つい一日でもサボれば、取り戻すのに二日三日かかると、持続力が何よりものをいう。
だから俺は毎日欠かさず鍛錬をしている。
今日みたいに時間が空いてるときは特に長めにやるけど、忙しい時でもやってる。
それはいつもの光景。
俺にとっては日常でありふれた光景。
そんな中で、一つだけ今までと違うのがあった。
デュポーンだ。
同じ部屋のなかで、彼女は俺をじっと見つめている。
何かするでも無く、ただただ、ひたすら見つめてくるだけ。
俺は魔力の鍛錬をしつつ、話しかけた。
「今日は何もなければこれをしてるだけなんだ」
「そうなの?」
「ああ。だからずっと見ててもつまらないだろ、他にやることがあるんなら――」
「大丈夫! つまんなくない!」
デュポーンは食い気味で答えた。
「そ、そうか?」
「うん! ずっとこうしてみてるだけで幸せ」
「魔力の鍛錬をしてるだけなのに?」
「うん!」
そういうもの、なのか?
『我らは惚れるまでは長いが』
「え?」
ラードーンがいきなり話しかけてきた。
内容がいつものラードーンとちょっと違って、俺はちょっと戸惑った。
『その分、惚れたら一直線だ。相手の種族に合わせて肉体を自ら作り替えるのがその最たるものだな』
「そういうものなのか」
『まあ、ヤツは若返った。若い分、その本能がより強く出る』
「……えっと?」
『小娘の恋愛ほどまわりが見えなくなる、ということだ』
「ああ」
それなら分かる。
年頃の少女ほど、この愛は真実の愛だ、としてのめり込むことがよくある。
それを否定するつもりはまったくないけど、見てていろんな意味で微笑ましくなるのも事実だ。
そうか、デュポーンは今そういう状態か。
それじゃ、見てるだけでも嬉しいってのも納得する。
だったらもう何も言わないでおこう。
俺はそう思い、魔力の鍛錬に専念した。
しかし。
俺がこの国の王になってから、丸一日何も起こらなかったことはない。
予定がなくても、途中から色々入ってくるものだ。
この日もそうだった。
魔力鍛錬を始めてから十数分したところで、部屋のドアがコンコン、コンコンとノックされた。
「だれだ?」
「失礼します」
ドアを開けて入ってきたのはエルフのメイドだった。
エルフ達の間で何か取り決めがあって、メイドは定期的に入れ替わる。
今入ってきたメイドも、昨日にメイドになった子だ。
「おくつろぎの所すみません、ご主人様。ご主人様にお客様です」
「客? どこにいるんだ?」
「応接間にお通ししました。ご主人様の結界を通ってこられる方ですから、敵ではないと思いまして」
「うん、よくやった。ありがとう」
「えへへ……」
若いエルフメイドは俺に褒められて、頬を染めて嬉しそうにした。
「いーなー……」
それをみたデュポーンは、つぶやいた言葉通り羨ましそうな顔をした。
「数は?」
「お一人です」
「わかった。応接間だな。俺も入れて二人分のお茶と茶菓子を用意してくれ」
「わかりました」
エルフメイドは頷き、俺の命令を遂行するために部屋から立ち去った。
「さて、いくか」
俺は魔力鍛錬を中断して立ち上がり、ドアに向かう。
すると、デュポーンが無言でついてきた。
俺は立ち止まり、振り向く。
デュポーンは小首を傾げて俺をみつめた。
「どしたの?」
「いや、今から客と会ってくるんだけど」
「うん」
「うんって……ついてくるの?」
「だめ?」
「ダメっていうか、客と会うときにいると、たぶん色々話がややっこしくなるけど……」
「そうなの……?」
「ああ、できれば席を外してくれるとありがたい」
「そっか……わかった。大人しく待ってるね」
「ありがとう」
「へへ……お礼言われちゃった」
デュポーンはそういい、健気にも微笑んだ。
そんなデュポーンとわかれて、俺は自分の部屋を出て、廊下を通って応接間に向かう。
ドアを開けて中に入ると――。
「師匠!?」
思いがけない人物に、俺は思いっきり驚いた。
「やあ、元気そうじゃないか、リアム」
そこにいたのは、あの日に林でわかれて以来、まったくの音信不通だった師匠だった。
驚いた俺は思わず小走りで師匠の元に駆け寄った。
座っている師匠は立ち上がって、俺を出迎えた。
「本当に師匠なの!?」
「はは、他の誰に見える」
「……会いたかったです師匠」
素直な気持ちが言葉になってこぼれ出た。
目の前にいる壮年の男は、かつて屋敷の林で出会い、俺にいろいろ魔法を手ほどきしてくれた人物だ。
手ほどきだけじゃなく、魔法が百種類も入った、マジックペディアというものすごい貴重なアイテムをくれた人でもある。
ラードーンは俺に色々教えてくれた。
教わったことの分類だけでいえばラードーンの方が多いけど、基本となる物が多いって事を考えれば、師匠の方が俺に与えた影響は大きい。
そんな、大事な人物だ。
「噂は色々聞いてる、すごいじゃないか、リアム」
「今までどこにいたんですか師匠」
「うん」
師匠は頷き、そのまま座った。
座って話をしよう、という意思表明を受けた俺は、師匠の向かいに座った。
「ちょっと追われててね、身を隠す必要があったわけさ」
「追われてて? 誰に?」
「何も聞いてないのか?」
「う、うん」
「そうか。まあ、リアムはあの時ただの子供だったからな」
師匠は一人で納得していた。
「今でも子供だけど」
「ただの子供じゃないだろ? 今やこの国の王だ。もしあの時今の地位にいるんなら、必ずリアムにも話がいってただろうな」
「……何かしちゃったの? 師匠」
そこまで言われると、俺にも察しがついてしまう。
追われている、国王に話が行く。
それが重なるような事態は結構な出来事なんだろう、と。
「うん。ジャミールからあるものを盗み出した、いや、奪って逃げた、が正しいのかな」
「ええっ!?」
師匠の口から出たのは、思いもよらない言葉だった。
「どういうことなの?」
「あいつらのお宝を盗んで逃げたんだ」
「えええええっ!?」
「これだ」
師匠はそう言ってあるものをテーブルの上に置いた。
ちょっとした宝石箱で、箱を開けると、中に光り輝く水滴型の宝石が入っていた。
「これは?」
「久遠の雫、とよばれているものだ」
「くおんのしずく……」
「リアムに渡したマジックペディアと同じものだ」
「古代の記憶だって事?」
「そう。その呼び名を知ってたか、さすがだな」
師匠にそう言われて、俺は改めてそれをみた。
「魔法、か……」
「手に取ってみなよ」
「え? い、いんですか?」
「ああ」
師匠ははっきりと頷いた。
俺は「それじゃ……」といって、久遠の雫を手に取った。
水滴型の宝石、それを手に取った瞬間。
「ふむふむ」
「うん?」
師匠が小首を傾げた。
「ふむふむって、もう分かるのか?」
「うん。あっでも、これじゃちょっとだめっぽい」
「え?」
「微妙に書いてる事間違ってるんだ」
「間違ってる?」
「うん。一旦俺の方で直しておくね」
そう言って、俺は目を閉じて、イメージした。
久遠の雫に示している魔法、その効果。
その効果を最終「目標」として、久遠の雫で間違った「過程」を修正していく。
今まで、魔法をいろいろ開発してきたから、できる修復の作業だ。
それはすぐに終わった。
「使うね」
そう言って、魔力を練って、魔法を使う。
「トータルエクリプス」
唱えると、まわりは暗くなった。
外がざわついた。
「な、なにが起きたんだ?」
「太陽が、太陽が食われてる!」
「誰かリアム様に知らせてきて!」
色々聞こえてきた。
どうやら成功したようだ。
と、俺が満足していると。
「師匠?」
師匠が驚愕した顔で俺を見つめているのが見えた。