157.嵐よふっとべ
「あの……本当にいいんですか、ご主人様」
王宮の会議室。
円卓の指定席に座っている俺と、同じく自分の席で立っているエルフのレイナ。
そのレイナが、珍しくちょっと困った顔で俺を見ている。
正確には、俺にひっついて、猫のようにスリスリしてくるデュポーンをみて困っている。
この円卓はこの国――リアム=ラードーンの最高決定機関だ。
ゆるゆるとやってきたが、ここに参加する人も魔物も徐々にそういう意識を持ち始めている。
「んふふー」
それをデュポーンがさながら、閨の如く甘えてくるのではレイナが困ってしまうのも仕方がないことだ。
一方で、デュポーンがこうしてくるのも――もはや仕方ないと俺が思うようになった。
「気にしなくてもいい、それよりも報告を」
「……わかりました」
この辺はさすがレイナ、切り替えが早い。
クリスやガイには絶対にできない、割り切った表情に切り替えて、レイナは報告を始めた。
「今日連絡があり、大司教は予定通り出発しました。明日には到着するとのこと」
「なるほど。今回の訪問の目的は言ってる?」
「要人の表敬訪問。できればこの街のことを見せて欲しい……とのことです」
「観光案内すればいいのかな。それを頼めるか、レイナ」
「お任せ下さい――なのですが」
「どうした」
レイナは持っている資料をぱらりとめくる。
「明日は嵐になるかもしれないという報告が」
「嵐? 来るのか?」
「おそらく、確定ではありませんが」
「ふむ……シルフ」
俺は風の精霊、シルフを呼び出した。
下級精霊らしく愛らしい姿のシルフは呼び出されて、俺の前でプカプカしている。
「シルフ、嵐が来るかどうか分かるか?」
シルフはコクコクと頷いた。
下級精霊はほとんど言語を使えないが、召喚中は何となく意思疎通ができる。
「来るのか……」
風の精霊がいうのなら間違いないだろう、と俺は思った。
俺は少し考えて、レイナに言う。
「分かった、この件は俺に任せろ」
「わかりました」
俺は席を立って、円卓の間から出た。
デュポーンは俺に合わせて立ち上がり、腕を組んだままくっついてきた。
まるで色街の女を連れ出したような格好だなあ……と思いつつ、庭に出た。
「飛ぶから、離れててくれるか?」
「飛ぶの?」
「ああ」
「飛べるんだ……すごいなぁ。うん、飛んでいいよ」
デュポーンはうっとりしたような顔をしつつ、更に俺にくっついてきた。
言い出したら聞かない彼女のことだ、俺は諦めて、彼女をつれた形で、飛行魔法を使って空に飛び上がった。
地上の者達が豆粒に見えそうなくらいの高さまで飛び上がると、遠くに黒い雨雲が見えた。
うっすらだが、その雲の下は既に荒れているようにも見える。
「シルフ、アレなのか?」
召喚したまま連れてきたシルフに聞いた。
シルフはこくこくと頷いた。
「あれが例の嵐か」
「どうするの?」
「できれば何とかしたいな。大司教が連れてくる要人なんだから、天気程度で邪魔をされたくない」
「そっか」
デュポーンはやっぱり俺にひっついたまま微かに頷いた。
俺は少し考えた。
どうしたらいいのかと。
ふと、デュポーンが俺から離れた。
俺から離れても墜ちるような事にはならなくて、さっきとは違った感じの雰囲気――勇ましく感じる様な姿で、飛行して俺のそばに並んで。
「しょうがない、あたしが力を貸したげる」
「力を?」
「吹っ飛ばせばいいんだよ、あんなの」
「吹っ飛ばす? ……吹っ飛ばす」
デュポーンの言葉を頭の中で反芻した。
吹っ飛ばす。
「なるほど」
「なるほどって、何が?」
「吹っ飛ばしてみる」
「えー、無理しなくてもいいよ、人間程度の魔力じゃ――」
デュポーンが何か言いかけるが、俺は既に動き出していた。
頭の中で思いついた魔法の使い方を試したくてうずうずしたから、即座に動いた。
足元に魔法陣が広がる、飛行中だから、空に魔法陣が広がったように見えるだろう。
魔力を凝縮――開放。
放った魔力の奔流が、一直線に遠方の嵐に向かって行く。
空が気流で歪んで見えるほどの魔力は、嵐と激突して、それをぐちゃぐちゃにする。
遠くから見ても天変地異に見えるような魔力と嵐のぶつかり合い。
ものの十分、嵐は跡形もなく消し飛ばされた。
「よし」
どうやら成功したみたいだ。
一ヶ月に一回しか使えない、都市魔法の魔力。
その魔力を全部注ぎ込んで、嵐を消し飛ばした。
「とりあえずこれで大丈夫だろう――どわっ!」
横からタックルをされた。
よく見ると、デュポーンがタックルしてきて、腰にしがみつく形になっていた。
「いてて……どうしたんだ?」
「今のすごい! どうしたのその魔力」
「え? ああデュポーンは初めてか。俺はこの街に蓄積している魔力を使えるんだ。一ヶ月に一回の大魔法だ」
初めてそれを見るデュポーンに説明してやると、彼女は最初は驚き、次第に感心するようになる。
「街に溜まった魔力を自分の物に? すごーい……」
デュポーンは心の底から、感心したような顔になったのだった。