155.実質婚約
迎賓館の中、応接の広間。
「主様!」
普段の冷静沈着さなどどこへやら――な感じで、スカーレットが広間の中に飛び込んできた。
そして座っている俺に詰め寄るような形で。
「別の神竜様が現われたって本当なのですか!?」
至近距離に迫ったスカーレットの目は真剣そのものだった。
鼻息がかかるほどの距離に見える血走った目。
「と、とりあえずちょっと離れてくれ」
俺は気圧されて、そういうしかなかった。
「あっ、す、すみません……」
ハッとして、若干テンションダウンして、少し距離を取るスカーレット。
それでも、「神竜」に向ける熱意はそのままだった。
「そ、それで主様。神竜様が現われたのは本当なのでしょうか」
「まあ、そうだな」
「おおっ! そ、それで、神竜様はいまどこに?」
「ここ」
「え?」
「ここ」
俺は同じ言葉を繰り返して、自分の横を指さした。
上質なソファーに座る俺、その横で腕組みして、体をくっつけてくるデュポーン。
こっちはスカーレットとは対照的に、全身から「好き好き」光線を出してて、しきりに体を俺に押しつけてくる。
「そ、その子は……?」
「だから、神竜」
「え?」
「デュポーンって名前は言い伝えにあった?」
「しゃ、灼眼竜デュポーン様……?」
「ああ、そういう異名があるんだ。デュポーンはそれを知ってる?」
「人間がつけた名前なんて興味なーい」
「はは」
俺は思わず笑った。
状況が状況で、ちょっと困っていたところだが、これにはちょっとクスッときた。
その言いようが、ラードーンとまったく同じだったからだ。
ラードーンも出会った頃は……いまでもそうだけど。
人間のことになんか興味が無い、なんて言ってたもんな。
単純だけど、このやりとりで俺はますます、デュポーンとラードーンが同じ存在であることを確信した。
だから、微笑みながらスカーレットを見て。
「彼女はそのデュポーンだ、俺が保証する」
「あ、え……はい……」
スカーレットは盛大に戸惑った。
デュポーンが本物なんだと受け入れられずにいる様子だ。
「どうした、そんな変な顔をして。見た目か? ラードーンも女の子の姿で現われることがしょっちゅうあるだろ?」
俺の中に入ってからは、むしろ竜の姿で現われることの方が珍しいラードーン。
その姿をこの国の魔物はみんな知っていて、スカーレットくらいの幹部になると普通に会っているはずだ。
なのに……なんで?
「そ、その子……どう見てもただの女の子にしか見えません」
「ラードーンは違うのか?」
「神竜様は少女の見た目であっても、威厳がございましたから」
「ああ……」
俺はなるほどと頷いた。
俺が感じていたただの少女と幼げな老女、そのイメージをスカーレットも持っていたと言うことだ。
「ほ、本当なのですか?」
「本当だ」
「……そ、そうですか」
まだ受け入れがたいって感じのスカーレットだが、それでも俺の言うことなら――って感じで頑張って受け入れようとしていた。
一方で、今まで黙っていたデュポーンは。
「ねえねえ、ベッドはどこ?」
「ベッド?」
「うん! 人間って、子作りはベッドでするものなんだよね。早くベッドに行こうよ」
「こ、子作り!?」
デュポーンのあけすけな誘いを聞いて、スカーレットは改めて驚愕した。
「子作りはしないよ」
「えー、なんで?」
「……俺、まだ子供だし」
リアム・ハミルトン、十二歳。
俺は肉体がまだ子供である事を盾にかわそうとしたが。
「大丈夫! 魂がすっごく大人だから」
「むっ」
一瞬で切り返されて、答えに困った。
それは、ラードーンが俺に興味をもって、俺の中に入ってきた時に言ってたのと似たような事だったからだ。
デュポーンもラードーンと同じように、「魂」を何か感じ取れるのかな。
……同じなのは当たり前か。
「早くしよう、ねっ」
『ふふっ、難儀しているようだ』
「助けてくれよラードーン」
『無理だな』
ラードーンはきっぱりと言い切った。
「えええ!?」
『我らは惚れたら一直線。この者の子を産もうと一度思ったら、そうなるまで気持ちは決して冷めない。そういう生き物なのだ』
「うそ!?」
それは……大分困る。
「えっと……デュポーン」
「うん! なあにダーリン?」
「だ、ダーリン……ごほん。どうしても子作りしたい?」
「うん! ダーリンの子、絶対欲しい」
「今すぐに?」
「今すぐがいいけど……ダメ?」
ちょっと泣きそうな目で、上目遣いで俺を見るデュポーン。
そんな姿を見ると、ちょっとだけ罪悪感が湧いてくる。
『ふふっ、助けがいるか?』
ラードーン!!
俺はこくこくと頷いた。
魔法以外のことはてんでダメだ。
こういう時はラードーンのアドバイスにしたがった方が良いと、今までの経験がそう言っている。
『ならばこう言うといい――』
ラードーンはそう言って、俺の頭の中に直接台詞を伝えてきた。
内容に一瞬引っかかったが、俺は考えないでそのままいった。
「手を出して、デュポーン」
「こう?」
手を合わせて、魔力を送った。
デュポーンは半ば反射のように、魔力で俺を押し返した。
俺は軽く吹っ飛ばされた。
空中で態勢を立て直して、上手く着地する。
「ああっ! 大丈夫ダーリン!?」
「見ての通りだ、今の俺はまだまだ魔力が弱い」
「そ、それは――」
「いいんだ。デュポーンともし子供をつくったら、その子は俺達の魔力を引き継ぐ」
「うん! それがすごく楽しみ!」
「だから、今の弱い俺じゃなくて。強くなった俺とデュポーンの子供が欲しい」
「強くなったダーリンとあたし……」
「再誕したデュポーンだって、これから成長するだろう?」
「うん!」
「だから、もうちょっと待とう。なっ」
「……」
デュポーンは俺をじっと見つめた。
俺はドキドキした。
これでいけるのか? と思った。
『安心しろ、ヤツは乗ってくる』
ラードーンは俺の頭の中で太鼓判を押した。
その、直後に。
「うん! あたし待つ! ダーリンの側でずっと待ってるね!」
デュポーンはこっちの提案を聞き入れてくれた。
そのまま飛びついて腕を組んできたが、それは喜ぶ子供のスキンシップ、位のものに落ち着いてくれた。
とりあえず……俺はほっとした。
これで一件落着――と思いきや。
「主様すごい……神竜様を口説いてメロメロにさせた……」
スカーレットが、ものすごく感動していた。