153.デュポーンジュニア
「理由、もちろん聞かせてもらえるんだよね?」
「俺はいま、みんなの命を預かってる」
そう言って、ぐるりとこの場にいる魔物達を見回した。
全員が俺とファミリアで使い魔契約を交わしている者達だ。
彼ら彼女らは、俺の命令一つで死ねる。
自由意思とか、主の命令ならよろこんで命を投げ出すとか、そういう美しい話じゃない。
ファミリアによる強制力の伴った、意志をねじ曲げるタイプの命令一つで死ねる、だ。
デュポーンのいう「ワンコ」がどういうものなのかは分からないが、何となく、命令には絶対遵守というタイプのニュアンスに聞こえる。
それにもしなってしまえば、間接的にみんなの命がデュポーンに握られることになる。
ガイとクリスが殺された光景がまだまぶたに焼き付いている。
デュポーンのワンコとやらには、何があってもなっちゃいけないと思った。
「なに、そのつまんないの?」
「つまんないかな」
「うん、つまんない」
俺は答えなかった。
価値観の違い、どこまで行っても埋まらない溝だ。
デュポーンはその場で腕組みして、首をひねりだした。
その姿は愛くるしい少女そのままで、とても竜だとは思えない。
ラードーンも少女の姿で現われることがあるが、彼女の場合威厳とか、知性とか、そういうのが佇まいから滲み出している。
幼げな老女――と俺はいつも思っている。
それとは違って、デュポーンは普通に少女だ。
見た目通りの年齢、そこにわがままさを加えた――生意気な少女。
同じ竜でもこうも違うのか……って思っていると。
『若返ったのだろう』
ラードーンが急にそう言ってきた。
「若返った?」
『我ら始原の竜に寿命はない。時がくれば若返り――自己転生をする』
「じこてんせい」
あまり聞き慣れない言葉に俺は面食らった。
『人間の様に死ねば消滅するのではなく、死ねば赤子に戻るのだ』
「……それで子供っぽくなったってこと?」
『うむ』
「へえ……」
初めて聞くラードーン達の生態。
そういう生き物がいるなんて見た事も聞いた事も無いから、ちょっとだけ面白かった。
そんな、俺がラードーンからその話を聞いている間、ずっと首をひねってうんうん唸っていたデュポーンが、急になにか名案を思いついたかのように、表情が明るくなって、手をポンと叩いた。
「そうだ、こいつらを全員始末しちゃえばいいんだ」
「へ?」
「出てこいあたしの仔」
デュポーンはそう言って、パチン、と指を鳴らした。
すると空間が歪み、一頭の小さな竜が現われた。
竜は全身に炎を纏っていて、凶悪な顔つきをしている。
子犬くらいのサイズなのに、その凶悪な顔つきはアンバランスの一言に尽きた。
「全部食っちゃっていいよ」
デュポーンがいうと、小さな竜は口を開けて、まずは近くにいるガイに飛びついた。
「いかん!」
俺はとっさに手をつきだし、ガイの前にアブソリュート・マジック・シールド、アブソリュート・フォース・シールドの両方をはった。
ガイさえも反応できない、ちび竜の突進はフォースシールドに一瞬だけ阻まれたが、突進の勢いはそのままで更にガイに迫る。
「47連!」
追加でフォースシールドを47枚はった。
ちび竜はガガガガガガ――と音を立てて、フォースシールドを割り続けながら突進する。
「――っ! な、なんのこれしきでござる」
ガイは我に返って、反撃しようとするが。
「動くな!」
俺は一喝して、ガイをとめた。
ガイはビクッとなって、俺に言われたとおり動かなかった。
直前にガイがデュポーンに殺されたというのももちろんあるが、それ以上に。
そのちび竜が、ガイよりも強いって感じたからだ。
一瞬で、47枚のシールドが全部破られた。
突進は止められない――なら!
「トラクタービーム!」
かなり初期に、師匠からもらったマジックペディアの中にある魔法の一つ、トラクタービーム。
ちび竜の足元に魔法陣が開いて、真横に突進していたそいつを九十度直角に方向転換させて、真上に飛ばした。
俺は地面を蹴って、魔法で空にとんで追撃した。
「パワーミサイル!」
47連を、ちび竜にむかって一斉に放った。
ガガガガガ――ミサイルは全弾当って、空中にまるで花火のような大きな爆発をおこした。
煙が晴れないまま、俺は更に突っ込んでいく。
ほとんど効いていない。
手応えからそう感じたからだ。
案の定、煙の中から現われたちび竜は、かすり傷程度でピンピンしていた。
「化け物め――セルシウス!」
今度は精霊召喚。
中級の水の精霊を47体召喚して、ちび竜にぶつけた。
炎をまとうちび竜、それに正反対である水属性をぶつけた。
水の精霊セルシウスは一斉にちび竜に襲いかかっていって、接近戦を挑んだ。
ちび竜はがばっ! と口を大きく開いて、炎を吐いた。
まるで全てを焼き尽くすかのような業炎、飛びかかった47体の精霊が一瞬で蒸発した。
正面からはらちがあかないと、俺はテレポートを使って、一瞬でちび竜の背後に飛んだ。
そして、魔力を集中して――放つ。
「ディメンションカッター」
触れたちび竜の体、その内側に次元の裂け目を作った。
アナザーワールド、アイテムボックス、ダストボックス――。
それらの時空間魔法から派生したオリジナル魔法。
物体を、半分現実、半分異次元に分ける攻撃魔法。
アナザーワールドと比べれば非常に簡単な魔法だが、効果は絶大だった。
ちび竜は体を半分にさかれて、その半分を異次元に送られて消滅した。
真っ二つに斬られて、その半分しか残らないちび竜は、力を失って地面に墜落して絶命した。
「……ふぅ」
少し遅れて着地する俺。
ギリギリの戦いに、今更ながら背中がびっしょりと汗で濡れていることに気づいた。
なんだ……こんなに強いの。
『ふふっ、成長したな』
「へ?」
『あの時はあれだけ我の仔に苦戦したのが嘘のようだな』
「あっ!」
ラードーンに言われて、俺はハッと思いだした。
ラードーンの仔、ラードーンジュニア。
アルブレビトのやらかしで戦ったあの小さな竜達のことを。
あの時はまったく歯が立たなかった。
「えっ、じゃあさっきのあの子って」
『うむ、デュポーンの仔だ。我の仔と同等であろうな。よく勝てたな』
ラードーンは楽しげな口調で俺を褒めた。
俺は言葉をうしなった。
デュポーンジュニア……それなら強いのも納得だが、一人で倒せたのも驚きだ。
そして、俺を褒めるのはラードーンだけじゃなかった。
「すごい! 人間があたしの仔を倒せたのって、ここ数千年ではじめてなんじゃないかな」
デュポーンも、目を輝かせていた……いいのかそれで。