149.最強魔法
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「さて、今回は魔導書方式で行くぞ」
「魔導書? なんでまたそんな事を」
俺はちょっと驚いた。
それはここ最近のラードーンの方針とまるで違うからだ。
ちょっと前にラードーンが自分の口で言ったばかりだ。
俺を誘導して、開発という形にした方が手っ取り早いと。
それを俺は出来て、ラードーンはそれを楽しんでいる節がある。
なら、魔導書方式でやる必要なんてないはずなんだが――。
「あっ」
「ふふっ、やはり魔法のこととなると頭の回転が速いな。今の一瞬で気づいたか」
「って事はやっぱり……ものすごい魔法なのか」
「うむ、寸分の狂いなく伝えねばならん。何しろ、我が数十年かけて、絶妙なバランスの上に組み上げた術式なのだからな」
「やっぱり」
「そしてもうひとつ」
「うん?」
「今までの魔導書は失敗したところでさしたるデメリットはなかったが、今度は違う」
「違う?」
俺は小さく首をかしげた。
「失敗したら……死だ」
「――っ!」
それはきっと、何かの比喩とかじゃなく、ただの脅しとかでもないんだろう。
ラードーンがここまで言うからには、失敗したら本当に死ぬ、それほどの魔法なんだろう。
それほどの、魔法。
「……」
「ふふっ、少年のようなワクワク顔をしおって」
ここに別の誰かがいれば「普通に少年だから」と突っ込んだのだろうが、あいにくとそれをするものはいなかった。
自分で口にしたラードーンはもとより、俺もワクワクしててそんなツッコミなんてしてられない状態だ。
「では……心の準備はよいか」
「ああ。どうすればいい」
「我が今からその魔法を使う」
「うん」
「その直後に、我の血肉、そして魔力を喰らえ」
「お前の?」
喰らうっていうのは――俺が編み出した、ラードーンが「繋ぎにしてやる」と宣言したマテリアルテイカー・マナテイカーの二つを使えってことか。
「なんでそんな事を」
「我が使った魔力と、その直後の肉体の変化を感じ取れ。このような形になったのは、誰にもこれを教えるつもりがなかったからだ」
「……だから魔導書にもしなかった」
「うむ、我が即興で魔導書代わりになる」
「しかし……お前を『食う』なんて……」
俺はためらった。
いろんな意味で、それはどうかって思った。
ラードーンという大事な相手と、見た目が俺よりも幼い少女だというのと。
二重の意味で、彼女を「食う」ことに抵抗を覚えた。
「馬鹿め、何を迷っている。魔法を覚えたいのだろう?」
「それはそうだが」
「そんな甘い考えでは間違いなく命を落とすぞ」
ラードーンがそう脅しをかけて来た直後、言葉とは正反対の、にやりとした笑みを浮かべた。
「竜の肉は消化に悪いぞ」
と、言い放った。
その一言で、俺は吹っ切れた。
そうだ、相手は竜だ。
見た目通りの幼い少女でもなければ、人間でもない。
神竜と呼ばれるほどの超越した存在だ。
それに対して気後れするなんて――その気になって向こうから申し出てくれた彼女に悪い。
「……よし」
「踏ん切りがついたようだな」
「ああ、いつでも来てくれ」
「……」
ラードーンは黙って腰をかがめて、熊の死体に手を触れた。
そしてスパッ、と手刀で熊の手を切りおとして、それを持ったまま立ち上がった。
熊の手でどうするのか……と、俺はその一挙手一投足を見逃さないように見つめた。
すると、ラードーンはおもむろに熊の手を無造作に投げ捨てた。
これもなにか――。
「今だ」
「え?」
「我の血肉をくらえ」
「え? もう何かしたのか? 何も見えなかったぞ。それに魔力も――」
「いいから、さっさとしろ」
「わ、分かった」
俺はためらいつつ、ラードーンの腕をつかんだ。
彼女がおそらく、わかりやすくしてくれた、熊の手をつかんだ方の腕をつかんだ。
そして――マナテイカー。
「――っ!!」
ドックン!
膨大な魔力が一遍に流れ込んできた。
心臓が肋骨を、胸を突き破って出そうな位、ものすごく跳ねた。
それだけではない、指先に至るまで全身の血管がはち切れそうな位だ。
まるで体が風船になったかのように、パンパンに膨れ上がった感じだ。
「つぎ、血肉だ」
「あ、ああ……」
俺は歯を食いしばって更に魔法を使う。
マテリアルテイカー。
瞬間、さっきとはまた違うタイプの苦痛が全身を襲った。
さっきのは膨らんで破裂しそうだったのが、今度は灼熱と極寒と、その両方が交互に体に襲ってくるようだ。
ものすごい責め苦、今までに感じた事の無いようなものだ。
「ぼさっと――」
だが、そんなことは気にしてられなかった。
ラードーンがここまでしてくれたんだ。
俺は、全身の苦痛から目をそらして、魔力と血肉、その両方から魔法の痕跡を探した。
「――ふふっ」
何一つ見逃さないように、どんな些細なことでも取りこぼさないように。
そう思って、血眼になりながら探しつつ、ラードーンの細い腕を掴み続けた。
時が過ぎていく。
何かがあるようで、何も見つからない時間が続く。
しかしそれは全くの無駄ではなく、時間の経過とともに、なんとなく、少しずつ分かってきたような、そんな感じになってきた。
そして――。
「なるほど……」
「つかんだか」
「ああ、多分」
「早いな、わずか四十時間で」
「そんなに経ったのか?」
「うむ」
「……」
俺は絶句した。
今までで一番、魔法の理解にかかったんじゃなかろうか、ってくらい時間がかかった。
「さて、我に見せてくれ。お前のことだ、探りつつ、発動も試していたのだろう?」「ああ……それじゃあ……」
俺はしゃがんで、意識の中では数十分程度でしかない四十時間がたってしなびれて来た熊の手を拾い上げた。
そして、ファイヤボールで、その熊の手を灰になるまで燃やしつくす。
それが完全に燃え切ってから――発動。
「タイムシフト!」
次の瞬間、時間が三秒戻り、熊の手が完全に復元した。
「まだか?」
「よし!」
ラードーンのその言葉が、完全に時間復元という魔法に成功したという、証になったのだった。