148.最強への繋ぎ
「むぅ……」
次の日の昼、俺は自分の部屋で腕組みして唸っていた。
「今度はどうした」
いつものように、前触れもなくラードーンが人間の姿で現われた。
自室の中というロケーションだからか、彼女は俺の真ん前に立っている。
「いや、今朝クリスに話をして、魔力を吸い取らせてもらっただろ?」
「うむ。実に悦んでいたな、あの犬っころは」
「犬っころ呼ばわりはやめてあげて」
俺はそう言い、ちょっと苦笑いした。
「それがどうかしたのか?」
「消化が悪くてね」
「消化?」
「ああ──って分からないのか?」
俺は小首を傾げた。
この魔法は俺が作ったという形だが、実態はほとんどラードーンに「導かれて」作ったものだ。
ラードーンの方がこの魔法のことをよく知っているはずだが……。
何か行き違いがあるかも知れないから、俺は一から説明することにした。
「この魔法は魔力を吸い取って、自分の物にする。一回だけの使いっきりじゃなくて、最大魔力をあげる魔法だ」
「うむ」
「だから吸った魔力を自分の物にする――便宜上消化って呼んでるんだけど、それが実に悪い。まあ、魔力なんて、人間が『消化』できるモノじゃないしな」
「……なるほど」
ラードーンはポンと手を叩いた。
「人間は魔力を消化できぬのか」
今更ながら気づいたらしきラードーン。
その事で、俺も一つ気づいた事がある。
「その魔法、ラードーンが作ったのか?」
「うむ、よく分かったな。やはり魔法に関しては察しがいい」
「ありがとう。まあそういうわけ……で?」
「今度はどうした」
「消化できるもの……ああっ!」
ラードーンとの行き違い。
ドラゴンと人間、互いに消化できるものの違い。
その違いが、俺にアイデアをひらめかせてくれた。
☆
あの後すぐに部屋を飛び出して、街の外にやってきた。
未だに手をつけていない森にやってきて、ぶらぶらと歩いて回った。
すると、熊が出た。
「ラッキー」
俺は幸運に感謝して、パワーミサイル一発で熊を倒した。
一発で絶命した熊は、ドシン、と音を立てた後ピクリとも動かなくなった。
『熊になんか用なのか?』
「大型の獲物ならなんでもよかったんだ」
『なるほど。で、どうするのだ?』
「こうする──」
俺は死んでいる熊に近づき、そばでしゃがんで、ぶっとい前足にそっと触れた。
そして── 魔法を使う。
するとみるみるうちに、熊の前足がしぼんでいった。
あっという間に皮と骨だけ残して、ぶっとい前足が完全にしなびた。
「── よし」
『魔力になったのか?』
「ああ、肉なら魔力を直にと違って、消化しやすかった」
『うむ、なるほどな』
俺がひらめいたのは大したことじゃなかった。
魔力の消化が悪い、それは人間が魔力を食物とすることができないからだ。
ならば出来るものを――つまり肉を「吸い取れば」どうか、と思った。
結果成功──
「成功は成功なんだけどなあ」
『ふふっ、効率が悪かろう』
「ああ、魔力を直の10分の1以下だ」
『だろうな』
「これならどうだろ」
俺はそう言って、熊のもう片方の前足に触れた。
そして── 吸う。
しばらくして変化が起きる。
前足の太さは変わらないが、真ん中からだらり、と力なく垂れ下がった。
『骨か』
「うん」
『効率は?』
「肉とそんなに変わらない」
俺はまたまた苦笑いした。
肉の次は、骨を「食べた」。
それは肉と同じ、すぐに「消化」することができたけど、肉と同じように魔力変換の効率がものすごく悪かった。
「まあ、こんなもんだろうな」
俺は色々と考えた。
この分だと、他の人間に消化できる食べ物で試しても、大した違いはなさそうだ。
まあ、しょうがない。
何でもかんでもそう上手く行くものじゃないさ。
『ふうむ……』
俺の考えがまとまったところで、今度はラードーンが何故か呻いていた。
「どうしたんだラードーン」
『その魔法、お前に罪悪感はないのか?』
「罪悪感?」
『魔力のため、血肉をすする魔法を生み出したと言うことだ』
俺は倒れている熊の死体を見た。
「ああ、そういうことか。まあそれは普通に食料とすることと変わらないから」
『しかし、その魔法は人間にも使える』
「ああ、そういう意味か」
俺はようやく、ラードーンが何を言いたいのかわかってきた。
「別に、人間に使わなきゃいいだけのこと。そもそも効率が悪いからあえて使う必要もないし。魔法は道具だ、道具はちゃんと正しく使えば問題ない」
『ふむ』
「それに、これはきっかけになるかもしれない」
『きっかけ?』
「そうだ。思い出してみろよ、この魔法につないだのは、魔力を吸い取るあれだったろ?」
『うむ』
「更に遡れば、あれもファミリアから繋がっている。ならさ、この魔法も、今後何かに繋がる可能性があるってことじゃないか」
『……ふふっ』
ラードーンから笑みがこぼれた。
いつになく、楽しそうな笑みだ。
『ふふっ、ふははははは。いい、やはりいいな、お前』
「そう、か?」
『うむ、そこまで思えるのは実にいい。ますます気に入ったぞ』
ラードーンはそう言って、ふたたび少女の姿になって、俺の前に姿を現わした。
「気に入った褒美だ、とっておきを教えてやろう。あの魔法を『繋ぎ』にしてやる」
「とっておき?」
俺は一瞬戸惑って── すぐに喜びがわき上がった。
ものすごくワクワクした。
ラードーンのとっておき。
それが何の魔法なのか、楽しみでしょうがなかった。