147.覚えるより作った方が早い
夜、俺は王宮のテラスに立って、街を眺めていた。
眼下に広がる光景は、魔力を燃やして得た安寧と繁華。
この街では、明かり一つ一つの下に笑顔がある。
遠くには、海があるあたりでも散発的な明かりがあり、そこでも魔物たちが何らかの活動をしている。
それはいくら見ても見飽きることのない素晴らしい光景だったのだが。
ストン、とブーツが床を鳴らす音がした。
真横に現われたのは、フリル多めの少女チックな格好をした幼げな老女――ラードーンだ。
「食うか?」
ラードーンはそう言って、どこから持ってきたのか、即席麺を差し出した。
二つ持っていて、一つは俺に差し出し、一つは自分で囓っている。
ブルーノに任せた即席麺開発、もっともシンプルな塩だけの味付けにしたヤツが、戻さないでおやつとして食べられて好評だということで、商品化されている。
ラードーンが差し出したのはそれで、俺は受け取って――口にしなかった。
「……」
「何を考えている。心ここにあらずだぞ」
「魔力を」
「んむ?」
「魔力を、もっと高めるにはどうしたらいいかって」
「ふむ、いつもの……というわけでもなさそうだな」
俺は小さく頷いた。
俺が魔法の事を考えるのはいつものことだ。
このリアムの肉体に乗り移るまで――いわば前世からずっと憧れてきた魔法の事。
魔法を覚える方法、魔力を伸ばす方法、魔法を新たに作る方法。
起きている時間の半分以上は、常にそれらのことを考えていた。
俺が魔法の事を考えるのは息をするのと同じようなことだ。
だけど、今考えているのはちょっと違った。
「この街って、ラードーンのおかげで、月に一回ものすごい大魔法が使えるようになっただろ?」
「ふふっ、我のおかげ、か」
「なんかおかしかったか?」
「いいや? その奥ゆかしさが実にお前らしい、と思っただけだよ」
「……?」
ラードーンのそれが何を指しているのか分からないけど、話すつもりはないようだし俺が考えても答えに辿りつけないだろうからスルーした。
「で、それがどうした」
「ああ。その仕組みって、魔力を借りて魔法を使う、ってものだろう」
「うむ」
「そう言うのじゃなく、もっと俺自身の魔力を高めるにはどうしたらいいのかって。効率化ももちろん続けるけど、それでも魔力量は上げなきゃどうにもならないことが多い。井戸をどううまく使っても、海の量にはかなわない」
そう話す俺の耳元に、作ったばかりの海の音が聞こえてくるようだった。
「なるほど。ふふっ、お前らしいな」
「なんかがあればいいんだけど」
「……こういう魔法がある」
一呼吸ほどの間を空けた後、ラードーンは俺の真横から真っ正面に移動して、真っ向から向き合ってきた。
「手を突き出せ」
「こうか?」
俺が言われたとおりに手を突き出すと、ラードーンも同じように手を突き出して、手の平と手の平を合わせるような形になった。
そっと触れてくるラードーンの手は、小さくて柔らかかった。
なんて思っていた、次の瞬間。
「むっ」
体に軽い衝撃が突き抜けていった。
魔法ではない、純粋な魔力が、触れ合っている手の平から伝わってきた。
俺は抵抗しなかった。
ラードーンが俺に害を為すことはないと分かっているからだ。
抵抗する代わりに、詳細に感じ取るようにした。
体に入ってきた魔力がどんなもので、どんな動きをするのかを集中して感じ取ろうとする。
「ふふっ、相変わらず魔法の事となると勘がよい」
ラードーンが何かをつぶやいたが、俺の耳には入ってこなかった。
俺はますます集中した。
こういう時、100の言葉よりも1の体験だ。
そうやって感じ取った魔力が、俺の体を素通りして、足から地面に抜けていった。
「分かったか?」
「ああ、流れは」
「ならば」
といって、ラードーンはふわり、と後方に跳躍した。
俺から五メートルくらい離れたところに着地して、手を俺に向けて突き出す。
すると魔力の矢――パワーミサイルが一本、俺に向かって撃ち出されてきた。
「――っ!」
一瞬驚いた。
避ける、迎え撃つ、弾く。
様々な思考が脳裏を去来した。
しかし魔法の事になると頭の回転が速くなる俺は、即座に直前のラードーンがやったことを思いだした。
そしてある光景が一瞬で脳裏を駆け抜けて、俺は第四の選択肢――受けるを選んだ。
手の平を突き出して、パワーミサイルをつかむ。
純粋な魔力の塊であるパワーミサイルを、手の平から俺の体を通して、足と接触している地面に逃がした。
「おー」
「ディゲスト、魔力を逃がす――まあ魔法と技術の中間にある位のものだ」
「ふむふむ」
「魔法に依って引き起こした現象に対しては何も効果はないが、マジックミサイルやパワーミサイルのような純粋な魔力弾相手なら、シールドをはるよりは効果的なのかもしれんな」
「たしかに、大地の容量は無限大だろうしな」
「ふふっ、そこまで感じ取れたか」
「感じ取れてなかったらできてないだろ」
俺は苦笑いした。
ラードーンが教えてくれたこの技法の肝心な所は、魔力を大地に逃がすという所だ。
魔力を逃がしたときに感じた事は、大地はものすごく強大なスポンジで、パワーミサイル一発は小さじ一杯程度の水に過ぎないということ。
一ヶ月に一回の魔力を全部使ってパワーミサイルを撃っても、おそらくは同じように大地に逃がせるだろう。
それくらい大地の容量は桁外れにすごい。
俺も、大地のように来た魔力を受け入れられたらなぁ……。
……。
…………。
………………。
瞬間、別の光景が脳内にひらめいた。
指からこぼれていく砂の様なそれをつかんで、形にする。
最初は、撃ってきた魔力を俺の中にためて使う、と考えた。
でもそれだとただ他人の魔力をため込んでいるだけだ。
街に溜まった魔力を月一で使えるのと何も変わらない。
俺が今考えている事、実現したい事はそうじゃない
俺自身の魔力を上げる。
それを俺は考えているのだ。
ラードーンはそんな俺の横に戻ってきた、パリッ、と再びおやつ即席麺を囓りだした。
バリボリと囓られていくおやつ。
すぐに食べられて意外とエネルギーが出るって好評の一品。
ん? エネルギーが出る?
俺はラードーンを見た、ラードーンは見向きもせずに、ボリボリを続けていた。
エネルギーが出る――血肉になる。
……たべ、る?
それなら……いやしかし。
「これは美味いが、いかんせん消化に悪いのが玉にきずだな。我はやはり肉がいい」
消化に……いい?
タイミングよく投げかけてきた言葉に、俺の頭の中の思考が急速に一つの方向に向けてまとまりだした。
「……レイナ、聞こえるかレイナ」
『聞こえますご主人様。どうかしましたか?』
「ちょっと手伝って欲しいことがある、今いいか?」
『もちろんです!』
レイナが快諾すると、俺は魔法で彼女を呼びつけた。
俺の前に現われたレイナは、清楚で可愛らしいパジャマ姿をしている。
「おっと悪い、もう寝るところだったか」
「大丈夫です! それより何をすればいいですか」
「そのままでいてくれたらいい…………少し疲れるかもしれないけど」
「わかりました」
レイナは素直に、俺の前にそのまま立ったままでいた。
俺は彼女の胸――おっぱいの間に手を触れた。
そして――
「はぅ――」
彼女は声を上げた。
顔を赤らめて、脚が生まれたての子鹿の様に震えだした。
時間にして、ほんの十秒。
使い魔である彼女から、未使用の魔力を吸い上げた。
吸い上げた魔力を――俺の中で「消化」する。
ものを食べて、それを消化するというイメージで消化した。
「……よし」
俺は小さくガッツポーズした。
「な、何がですか……」
ちょっとだけ衰弱したような感じのレイナは、健気な感じで立ったままでいるのをこらえて、俺に聞いてきた。
「魔力が上がったんだ、今ので」
「え?」
「レイナの魔力を吸い取って、俺の物にした。使ったら終わりじゃなくて、俺の魔力の最大値が上がったんだ」
「そ、そんな事ができるのですか!? ……さすがご主人様です」
驚嘆するレイナ、何故かその話を聞いて、テンションが上がるとともに元気になった。
「ふふっ、これからはこれでいこうか」
「やっぱりヒントを出してたんだ。って事はこの魔法は普通にあるもの?」
「人間の間では失われて久しいだろうな。だが、ある」
「なるほど……これからはこれでいくっていうのは?」
「今ので確信した」
ラードーンはにやりと笑った。
「普通じゃあり得ないが……お前は魔導書を渡すよりも、開発に誘導した方が結果的に覚えが早い」
ラードーンは、ものすごく楽しそうに言ったのだった。