144.一晩で海を作ってみた
「そもそも海があればいいのにね」
会議が終わったあと、皆が次々と退出していく中、残ったアスナがそんな事を言い出した。
「海が?」
「そっ、さっきの話。そもそも海があれば解決じゃない?」
「あー……そうだな」
塩の話か。
確かにそこはアスナの言うとおりだ。
この国――というか領土である「約束の地」に海さえあれば、いろんな問題は一瞬で解決する。
俺が考えている、海水を運んでくるための方法も、海が領土の中にあれば解決する。
この「約束の地」は、ジャミール王国、パルタ公国、キスタドール王国の三つの国に囲まれた、内陸にある土地だ。
海どころか、ちょっと大きな湖さえ存在しない。
その事を誰よりも一番よく知っているスカーレットが話題に合流してきた。
「海がないのは、神竜様の御力なのです」
「なにそれ、どういう意味?」
「かつてこの土地も海と繋がっていました。しかし三竜戦争の際、神竜様が巨大な大陸を今のパルタ公国側に落としたため、そこが海と遮断されて、今の様な内陸の地形ができあがったのだと伝承に残ってます」
「なにそれ、さすがに嘘くさ」
アスナがそう言っても、スカーレットは怒らなかった。
さすがになあ……「大陸を落とした」とか、与太話以外のなにものでもない。
「実際どうなんだラードーン」
『我はやっておらぬ』
「やってないって」
ラードーンの言葉を伝えると、アスナは「それ見た事か」的な顔になって、スカーレットは分かっていながらもちょっと残念がった。
が、しかし。
『我は飛ばされてきたのを蹴っ飛ばしただけだ』
「大陸飛ばしたの別の竜なの!?」
ラードーンの口からでた次の言葉が衝撃的だった。
「え? どういうこと?」
「ラードーンが言うには、飛ばしたのは別の竜で、彼女は蹴っ飛ばしただけらしい」
「うそぉ!?」
「なんと! やはり神竜様の御力だったのですね!」
俺と同じ感じで驚くアスナと、感動して――感極まるスカーレット。
「えっと……念のためにもう一度聞くけど。本当の事……なのか?」
『たかが石ころ一つ、後ろ足で充分だ』
「いや石ころ一つって規模じゃないと思うんだけど……」
『この土地に岩塩があったのも、その時まで海があったからであろうな』
「だって」
その事をスカーレットに言うと、彼女は「なるほど!」と手を叩いた。
「岩塩がある土地は、過去に海があった場所だと唱える学者がいるけど、それは正しかったのですね!」
「俺はスケールの大きい話に頭がくらくらだよ」
「でも残念、あの時の海が今でも残ってたら今回の問題も解決したのにね」
「そうそう上手く行かないさ」
「まあね」
雑談というか与太話というか、その話は一旦ここで締めくくられ、言い出しっぺのアスナも納得した。
☆
「……無理だなあ」
夜、一人っきりになった自室で、俺はそうつぶやいた。
アナザーワールドじゃなくて、王宮に作られた王の寝室。
その寝室のなかで、明かりも点けずにずっと考えていたが、やはり無理だった。
「何が無理なのだ?」
「ラードーン」
気づけば、目の前にラードーンの姿があった。
月明かりに照らし出される、幼げな老女の姿。
青い月光とともに、威厳と神秘さを兼ね備えた姿。
俺は一瞬だけ見とれて――すぐに咳払いでごまかし、質問に応える。
「さっきのアスナの話だよ」
「海があればいいな、というあれか?」
「そう」
「魔法が思いつかなかったのか?」
「いや、魔法自体は簡単に思いついた。ただそれを実現するには、俺の魔力じゃさすがに足りないんだよ」
「ほう?」
「大規模に地形を変えてしまう魔法だ、必要な魔力は――今の俺の百人分はいるだろ」
「お前の百人分か、ふふっ、人間には不可能な域だな」
「ははっ、まったくだ」
ラードーンの笑い方をちょっとだけ真似しながら、肩をすくめて笑う。
「そんな地形大改造をやってのけたお前と――あと他の二頭の竜か。凄まじく超越した存在なんだなあ、って改めて思ったよ」
「変えようと思って変えた訳ではないのだがな」
「とんできたのを蹴っ飛ばしただけ、なんだろ。それが余計にすごいんだ」
「ふっ……」
ラードーンは、ちょっと感情が掴めないような笑い方をした。
ほの暗い月光の下にあって、余計に顔の感情が分からない。
「やってみるか? 海作り」
「え? やってくれるの?」
「いいや、我はやらぬ。そのレベルでの人界への手出しは控えることにしている。下手を打てば数百年越しのケンカの再開になるのでな」
「ケンカって」
俺は苦笑いした。
海を消し去り大陸をぶっ飛ばすほどの「三竜戦争」をケンカって。
そういう表現にはさすがに苦笑いするしかなかった。
「我ではない、お前がやるのだ」
「俺?」
「うむ、魔法はもう頭の中ではできあがっているのだろう?」
「そりゃ……5パターンくらいはできてるけど。でもどうやったって魔力が足りないぞ。それができる魔力はラードーン、あんたのものだけど、力は貸してくれないんだろう?」
「お前は一つ見落としている」
「何を?」
「この街には巨大な魔力がある」
「巨大な魔力……?」
それはなんだろう、と首をひねって考えた。
一番巨大な魔力と言えばラードーンだが、その事ではないだろう。
ラードーン以外で、巨大な魔力と言えば……それを考えた。
「……魔晶石、か?」
「うむ」
「しかし、あれは使えないぞ」
「ああなる前に使えばよいのだ」
「ああなる前に……」
「あれは言ってみれば、余剰魔力のなれの果て」
「……その前に使ってしまう?」
「そういうことだ」
ラードーンから提示された可能性に、俺は頭の中の色々を修正する。
「魔力はそのままじゃ使えないな、変換しなきゃ。いや、ファミリアの魔力を俺が使う、という制約なら……」
ぶつぶつ言いながら、新しく魔法を組み立てていく。
さすがに、まったく新しい境地だ。
海が、ではなく、魔法都市が産み出した、膨大な余剰魔力を、俺という個人が行使するというのが、今までにないまったく新しい境地だ。
それをまとめるのに、時間がかかった。
――が。
魔法のアイデアとなれば、それは泉の如く、次々と頭の中に浮かび上がってくる。
一時間もすれば、形がおおよそまとまった。
「……よし」
俺は意気込んで立ち上がって、外に向かって歩き出した。
☆
「「……」」
翌朝。
街から数キロ離れた所につれてこられたアスナとスカーレットが驚愕で絶句していた。
二人の目の前には海があった。
さざ波が絶え間なく押し寄せてくる、潮騒を奏で続けて潮風が様々な匂いを運んでくる――海。
「り、リアム……これは?」
「海」
「海?」
「一晩で作った」
「一晩で? じゃなくて作った!?」
驚愕するアスナ、その横でスカーレットは驚愕から表情を感動に変えて。
「さすが主!」
と、疑問をまったく呈することなく、俺を称えた。
海ができた。
それはそれで国としては助かるのだが……それよりも。
魔晶石になるほどの膨大な魔力。
あの魔法都市にいる限り、俺は大体一週間に一度、ラードーン級の魔法が使える事がわかった。
魔法の幅が、更に広がった。