140.床暖房(全自動)
「煙突を横に……って、それでどうなるんだ?」
『論ずるよりもなんとやら、実際にやってみた方が早かろう』
「それもそうだ」
俺は深く頷いた。
ラードーンのいうとおりだ。
これが魔法の事なら、多分言われただけで想像出来たかもしれないけど、魔法以外の事だとてんで頭が回らない俺は、説明をしてもらうより実際やってもらった方がいいだろう。
『どこか開けた土地へ行こう』
「わかった」
俺はテレポートで野外に跳んだ。
約束の地では二万人くらいの街が一つあるだけで、他はまだほとんど手つかずの自然が広がっている。
その適当な所に跳んできた。
「ここでいい?」
『うむ、まずは――そうだな、三メートル四方の土台を作るがいい。そしてその中央を貫通するように深い溝を掘れ』
「わかった――ノーム!」
俺は土の精霊、ノームを召喚した。
ノームに今ラードーンが言ったことをそのまま伝えて作るようにすると、あっという間にそれが出来た。
「これでいいか?」
『うむ、次は溝の上にふたをしろ』
「ノーム、溝の上にふただ」
『それが出来たら片方の穴に煙突を』
「片方の穴に煙突だ」
ラードーンの言葉を次々と、そのままノームに伝えて作ってもらう。
さすがは土の精霊ノームといったところか、土いじりでの物造りは難なくあっという間にできあがった。
ラードーンの指示通りでできあがったのは、「L」の形の煙突だった。
「_」の部分は床の下を通っていて、両側に穴があり、片方に「|」の通常の煙突がある。
「これでいい?」
『上出来だ、最後はこっちの空いてる穴の少し前でたき火をしてみろ。魔法で火をつけても良いが、理屈をみるのだ、普通に燃焼させておけ』
「わかった」
俺は頷き、「アイテムボックス」から木材を取り出した。
それを細かく割って薪にして、穴の前でたき火をする。
魔法でつけた火はすぐに薪にしっかりとついて、結構な勢いのたき火になった。
すると――。
「え? 火が……穴に吸い込まれていく!?」
『あっちを見てみろ』
「あっちって煙突……? あ、煙が向こうから上がってる。吸い込まれた煙か」
『うむ』
「でも、なんで火が横の穴に吸い込まれるんだ?」
火は生まれた時から見ている。
ずっとみてきた常識的なイメージだと、火は「上」に行くものだ。
『火だけではない、熱した空気がそもそも上に上っていく。だからこそ煙突はそういう形になっている』
「うん、そうだよな」
で? って感じでラードーンの次の説明を待つ。
『穴の前であっても、最初は少しだけあつい空気が穴にはいる』
「うん」
『それが穴の中を通って、向こうの煙突から出ると、穴の中から空気が無くなる。すると無くなった分穴に何かを吸い込む力が働く。それが一番近くにあった炎ということだ』
「なるほど……」
『溝がある床の上に立ってみろ』
「あ、あったかい……」
言われたとおり溝の上に立つと、足元から温かさが上ってくるのを感じた。
『地面の下を通る熱い空気が下から上ってくるのだ。煙は溝――地下道だな、それを通って向こうから排出されるから、部屋の中は煙臭くならない』
「そっか、これが煙突を横にって事の意味か」
『うむ』
「すごいなあ……お前は」
俺は素直に感心した、こんなのが出来るなんて、想像もしていなかった。
『お前は本当に、こういうのが苦手なのだな。まさか一から十まで説明して、さらに実体験させてようやく理解するとは思わなかったぞ』
「ごめん。苦手なままなのはいけないって思ったりもするんだけど……」
こういうのも知識だ、分からないよりも分かった方がいい、とはいつも思うんだけど、魔法と違ってどこから勉強すればいいのか皆目見当もつかない。
それに……正直な話をすると。
こっちの話は「されてすげえ」って思うけど、進んで勉強しようって意欲が湧かない。
やっぱり、魔法の方が好きなんだ、俺は。
そんな事を考えている内に、足元から上がってくる暖気が弱くなったのを感じた。
『たき火が消えかかっているからな。煙突があればその効果でより早く燃えるものだ』
「なるほど」
俺は燃え尽きかけのたき火をみた。
すると――何かひらめきかけた。
「……」
『どうした』
「なんかで、燃え尽きる前のなんとか、って聞いたことあったけど、なんだっけな」
『燃えるつきる前? ロウソクの事ではないのか?』
「ロウソクだよな……ロウソク、ロウソク……あっ!」
俺はハッとした。
ひらめきかけた事の、そのはっきりとした形が頭の中に出来た。
『どうした』
「……ちょっと待ってて」
頭の中でイメージする。
「……うん、できそうだ」
『ほほう……よし、では実際にやってみるといい』
ラードーンは楽しげな口調で言った。
俺が何を思っているのかも分からないはずなのに、彼女はやってみろという。
俺は言われたとおり、それをすすめてみた。
まずは魔法をイメージして、開発。
簡単な魔法だから、すぐにできた。
「効率も……これでいっか」
ひとまずそうしてから、俺はテレポートで街に飛んだ。
街の採石場、そこの入り口を数人のギガースが守っていた。
「おっ、王様じゃないか」
「どうしたんだ王様」
ギガース達は豪快でフレンドリーな口調で、いきなり出現した俺に話しかけてきた。
「魔晶石を持ってきてくれ、拳くらいのサイズを一個でいい」
ギガース達は頷き、半分くらいが我先にと争って中に入った。
採石場とは、この魔法都市で自然に精製される、魔晶石ブラッドソウルを採掘する場所だ。
魔晶石は通常ならかなり高価な物で、この国の貴重な財源になるから、ギガース達に守らせている。
一分も経たない内に、ギガース達が戻ってきた。
「これでどうですか?」
そう言って差し出されたのは、俺が言ったとおりのこぶし大の魔晶石――ただし巨躯なギガース達基準のこぶし大だった。
「うん、オッケーだ。ありがとう」
大きい分には問題ないから、俺はそれを受けとってお礼を言ってから、テレポートでさっきの野外に戻ってきた。
消えてるたき火を靴で払って、その辺を一度まっさらにする。
そして、魔晶石をたき火があったところに置く。
最後に――新しく開発した魔法を使う。
すると、魔晶石に炎が立ち上った。
まるで「燃える石」といわんばかりに、魔晶石はゆっくりと炎を立てて燃えた。
その炎が、穴――横向きの煙突の中に吸い込まれていく。
『ほう』
「前にシーラが言ってたんだけど、魔晶石ってロウソクのロウ、燃えかすの方のロウみたいなもんだって言ってた」
『うむ、いっていたなあの小娘』
「魔法を使った後の残滓なら、それを素に魔法を維持する事も出来るんじゃ無いかって思って」
『理論上は可能だな』
実際に実現したけど、それでもラードーンに太鼓判を押してもらえるとちょっとほっとする。
『で、どうするのだ? これならますます煙はでない、ということか?』
ラードーンがそう思うのも無理はなかった。
実際、今魔晶石がだしてる炎はさっきのたき火と同じように穴に吸い込まれていくが、向こうの煙突からは煙が出ていない。
熱い空気による陽炎――景色が歪むのは見えるが煙は一切ない。
「いや、そういう事じゃない」
『ほう、なら?』
「みててくれ――アメリア・エミリア・クラウディア」
俺は目を閉じ、詠唱した。
詠唱で高めた魔力で魔法を使う。
魔法は――不発だった。
『むぅ? どうしたのだ?』
「前にお前が魔力の効率的な使い方を教えてくれただろ?」
『うむ』
「その反対をやった。効率でいうと0%な感じで」
『0%? なぜ――むっ』
疑問を呈したラードーン、直後、俺達の目の前にそれが現われた。
俺の全魔力――詠唱して高めて、天候すら変えるほどの魔力を効率0%にしたら――全部が「燃えかすのロウ」になった。
それは魔晶石のまわりにこびりついた。
こびりついた分から、早速魔法の炎に使われた。
『……なるほど、半自動で炎を維持し続けるのだな』
「ああ」
俺は深く頷いた。
魔法都市になった街では、いつでも魔法が使われている。
そして普通の魔物は魔力の効率化を考えてないから、余分の魔力が積もって集まって、魔晶石を産み出し続ける。
「魔晶石の所に、この魔法と、街の下を通すこの穴――床暖房っていうのかな。それをつければ、暖房が自動で維持され続け、暖房を街全体に送れるわけだ」
『ふふっ、すごいなお前』
「え?」
『お前は本当に、こういうのが得意なのだな』
さっきと似ているようで正反対の言い方で、俺はラードーンに褒められたのだった。




