139.床暖房(魔法)
魔法都市リアム。
その中心に建てられた立派な王宮の中に、俺はいた。
国として認められたから、王の住み家である王宮は立派なものであるべきだと、魔物たちの満場一致で決められて、あっという間に立派な王宮が建造された。
その王宮の謁見の間で、俺は玉座に座りながら脳みそを振り絞っていた。
「えっと……じゃあリリム」
名前をつけて、「ファミリア」の魔法をかける。
すると玉座の前に立っていた鳥人のモンスター――ハーピーの全身が光につつまれて、進化した。
ハーピーとは、人間とほぼ同じサイズで、頭と胴体が人間で、足は鳥、両腕も腕ではなく鳥の様な翼になっている種族だ。
そのハーピーにファミリアとともに名付けると、魔法の光に包まれて進化した。
両腕が翼なのは変わらないが、完全に「手羽」だった進化前と違って、腕に翼が生えたような感じになった。
ハルピュイア。
進化した後の彼女たちは自分の姿に驚き、そして喜んだ。
教会に国として認められて以降、あっちこっちに散ったままの、様子見をしていたモンスター達が次々と集まってきた。
ここに来ればちゃんとした国の国民になり、人間から謂れなき討伐をされないで済む、というふうに思うようになったのが大きな理由みたいだ。
それ目当てに来られるのは全然悪いことじゃないから、俺は片っ端からモンスター達を受け入れて、今まで通りに名前をつけて、ファミリアの魔法で使い魔化した。
「最後のお前は……リリス」
今日も、100人近くのハーピーをハルピュイアに進化させた。
「レイナ?」
「ここに」
「あとの説明とか、住宅の振り分けよろしく」
「かしこまりました」
名付けと使い魔化が全部終わって、俺は後をレイナに任せて謁見の間を出た。
廊下を歩き、部屋に戻ろうとする。
魔法都市、魔都。
魔物の国の王宮――城と聞いて、おどろおどろしい内装を俺は最初想像した。
しかしできあがったのは、人間の王宮とまったく遜色がない立派で豪華なものだった。
これはスカーレットやジョディの意向が強く働いたせいだ。
実際の建造にあたって、ブルーノを通して、魔晶石・ブラッドソウルを換金して、高級な建材と内装を取り寄せて造られた。
各部屋は見栄えを優先して、普通の家屋よりも二倍くらい高い天井で造られている。
そうしてできあがったのがこの王宮だ。
俺はふかふかの赤絨毯の上を歩きながら、考える。
「……これが俺に作れればな」
王宮の建造で、俺は自分の魔法の大きな弱点を見つけた。
俺はいろんな魔法を覚えて、そしていろんな魔法を開発した。
それによってこの街の住民の生活は格段に良くなった。
人間の街――都に比べても、便利で快適なものだと、スカーレットやフローラ、アスナにジョディらの人間組が口を揃えて言っている。
特にインフラ系は、技術供与がなければ、人間の街がそれに追いつくには100年はかかるだろうとスカーレットは言った。
だけど、それらの魔法は全て、「魔法そのままで効果を出す」というものばかりだった。
魔法で何かを作り出す、というのはほとんどない。
思えば俺はそれが苦手だったかもしれない。
最初の頃、木炭を作ったり、インスタント麺を作ったりしたが、真水を作るところで一度挫折した。
その後もいろいろ魔法を開発したが、「何かを作り出す」ための魔法は非常に少ない。
そこを何とかしたいと思う。
自分の部屋に戻ってきた俺は、意味もなく巨大なベッドに腰を下ろした。
戻ってきたばかりでひんやりとしている部屋は、ベッドまでひんやりで気持ちよかった。
ベッドに頭ごと突っ込んで、考えごとで熱を持ち始めた頭を冷やしながら、更に考えを進める。
魔法でものを作り出す。
それをベースに、色々と考えた。
その時、コンコン――とドアがノックされて、一人のエルフメイドが部屋に入ってきた。
「遅くなってすみませんご主人様」
「ん? ああ暖炉か」
エルフメイドは薪を抱えていた。
その薪を持って、壁際の暖炉に向かって行く。
テキパキとした手つきで、暖炉に薪をくべて、インフラ魔法で火をつけた。
パチパチとした音を立てて、部屋がゆっくりと暖まってくる。
そして、大半は煙突で出ていく暖炉の煙も、すこしだけこっちに漂ってきた。
「げほっ」
「あっ、ごめんなさいご主人様」
「いやいい。ちょっとむせただけだから気にするな」
「本当にごめんなさい。次はもっとうまく火をおこせるようにします!」
エルフメイドはそう言って、ぺこりと一礼してから、部屋から出て行った。
俺は暖炉の揺らめく炎を眺めながら考える。
何となく立ち上がって、暖炉に向かって行く。
火に当っている体の前半分はじりじりしてちょっと熱過ぎる位なのに、背中は寒かった。
身を翻して、暖炉から離れたベッドに向かう。
すると、今度は全身がちょっと冷えた。
部屋全体がゆっくりと温まってきたが、それでも暖炉のすぐ前と、離れている場所とじゃ温度に差がある。
部屋の隅っこに行ってみると、今度はガチで冷えた。
それに――足も冷える。
頭から上は徐々にのぼせていくくらい温かくなってるのに、足元はいつまで経っても冷えたままだ。
煙突で煙が上に行くのと同じように、熱い空気は自然と部屋の上に溜まる。
スカーレットたちの設計で、見栄えをよくするために普通の家屋よりも天井を高くしたのも、天井と床の温度差を大きくしてしまう原因になった。
「暖炉が床にあればな……いや、それじゃ煙が部屋に充満するか」
俺は自分の思いつきに苦笑いした。
下手の考え休むに似たりってのはこういうことだな。
『なぜ魔法で考えない』
「え?」
いきなりラードーンが語りかけてきて、俺は戸惑いながら聞き返した。
「魔法で、って?」
『お前は魔法が得意なのだろう? 暖炉をどうこうするという出発点で考えるから頭が回らないのだ。魔法でどうにかするって考えてみればよい』
「魔法で……どうにかする」
なるほどと思いつつ、俺はラードーンのアドバイスに従って、改めて考えてみた。
暖炉はまったく考えない、それは捨てることにする。
暖炉を使わないで、下から温かくする。
「……いけるかも」
『ふふっ、ならばやってみるといい』
「ああ」
俺は頷き、イメージを始めた。
その補助として、まずは「空間」を限定する事にした。
アイテムボックスを呼び出し、その中から木材を数本取りだし、地面に一メートル四方の囲いを作った。
その囲いの中のみ――をイメージする。
補助が効いて、イメージはすぐに出来た。
「……ウォームフロア」
開発した魔法を行使する。
木材で囲った一メートル四方の空間は、一瞬だけぱぁと光った。
俺はその中に入った。
「おっ、暖かい」
すると、足元からじんわりと温かさが上がってくるのを感じた。
暖炉の様な火を燃やしても、地面近くはほとんど温かくならない。
ならば、地面そのものを温かくすればいい。
という発想から作り出したのが、このウォームフロアだ。
『ふふっ、なかなかいい魔法ではないか。やはりお前は下手に悩むより、魔法で解決させると考えたほうがいい』
ラードーンに褒められた。
「だけど、これもインフラに組み込めないだろうな」
それは今、この部屋が暖炉をつかっているのと同じ理由だ。
魔法には魔力がいる、そして今俺の課題の一つに、魔力と効果の効率がある。
インフラに火を灯す魔法はあるが、部屋を暖かくするほど火をともし続けるにはかなりの――しかも継続的に魔力を使う。
体を温めるための魔法は、それ以上に疲れさせてしまう。
このウォームフロアもそうなるだろう。
俺ならともかく、例えばギガース達みたいに、魔力の量が少ない魔物だとあまり使い物にならない気がする。
やっぱり、物理的に何かを産み出すのも考えるべきだな。
「この魔法はとりあえず封印だな。もっといいのを思いつくまで、今まで通りだな」
『ふふっ、なら、我が協力してやろう。魔法以外の所でな』
「魔法以外の所で?」
『うむ。キーワードは――煙突を横に、だ』
「……?」
ラードーンが何をいってるのか、ちょっと分からなかった。