137.根回しと説教
デビッド一行も、レイナ達エルフメイドも退出したあとの部屋の中。
話が一段落したから、俺もアナザーワールドに戻ろうかと思いはじめた。
『今のうちに動いておけ』
いきなり、ラードーンがそんな事を言い出してきた。
「今のうちに動いておけって、何をだ?」
『根回しだ』
「根回し」
『予言しよう、あの男は目覚めた後、すぐにお前の悪口を言って回るぞ。そうだな、さしあたっては先日の教会の男に、といったところか』
「教会の男って――カーディナルの事か?」
『うむ。立ち会いのため、今この街に来る途中なのだろう?』
「そういう連絡を受けてるな」
『そこに泣きつくのだろう、間違いなく』
「そうなるのか?」
それは……ちょっと信じられなかった。
デビッドが――王子様が、今の出来事を自分から言って回るってのか?
『まちがいなく、な。尾ひれ背びれをつけて――いや、根も葉もない作り話を盛大にでっちあげて、一方的にお前を悪者にするだろうな』
「そうなのか……」
『だから、先に根回しをしておけ。こういうのは後手に回ると無駄に厳しいぞ』
「わかった」
俺は頷き、テレポートで街の郊外にとんだ。
☆
リアム=ラードーンの国境。
最近は「レッドウォール」と呼ばれるようになった、魔法の国境。
俺はそこにとんで、街道の上でまった。
一時間くらい待っていると、前と同じように、法衣を纏った一団が現われた。
そのうちの一人が、前にもあったカーディナルだ。
遮蔽物のない街道の上。
俺がすぐに向こうを見つけたように、向こうも俺の事に気づいた。
向こうが驚く中近づいた俺は、丁寧に腰を折って頭を下げた。
「お待ちしておりました、カーディナル大司教」
「これはこれはリアム陛下。わざわざのお出迎え恐れ入ります」
「実は大司教にお見せしたい物があるのですが――二人っきりでお話出来ませんか」
「ふむ……わかりました」
カーディナルは少し考えて、まわりの聖職者に目配せをした。
すると一緒にきた聖職者達は散って、俺達から離れつつも、遠巻きに囲んでいるという形になった。
俺達を中心にざっと十メートルの円をつくった。
この距離なら、まあ聞かれないだろう。
いや、念には念を入れよう。
俺は少し考えた。
魔法での対策はすぐに思いついた。
映像の魔法を、俺達の四方に結界の様にはった。
「これは?」
「外からの見え方をコントロールする魔法です、試しに数歩下がって下さい」
カーディナルは言われたとおりに数歩下がった、そして驚いた。
「陛下の姿……見えなくなった……?」
俺は頷いた。
鏡のような物だ。
狭い部屋でも、壁一面に鏡をはり付ければ、部屋が倍に広くなったように感じる。
それと同じように、俺達のいる空間を映像の魔法で、俺達がいないという映像を流す。
ちなみに流す映像は、今俺がいる前後左右の景色を映している。
結果、俺がこの場にいないという風に見えてしまう。
「な、なるほど……このような魔法見た事も……。さすがリアム陛下ですな」
カーディナルは少し驚いたが、すぐに落ち着きを取り戻した。
「それで、見せたい物とは……?」
「これです」
俺はデビッドの乱行の映像をカーディナルに見せた。
動く画――動画をカーディナルに見せた。
ラードーンのアドバイスで、デビッドの乱行はもちろんの事、俺がパワーミサイルで殴ったところまで、事の一部始終を完全に見せることにした。
黙って見ていたカーディナルは、動画が終わった後にぼそりと一言。
「これはひどい」
とつぶやいた。
「まさか、ここでこんなことをするなんて」
「しない人なんですか?」
「……いいえ」
カーディナルは重々しく、首を横にふった。
「噂ではありますが、そういう人なのは以前からなのです」
「えぇ……」
「それでも、国政や外交の場はちゃんと控えることが出来た方なのですが……これは……ああ」
「え?」
聞き返した形の俺に、カーディナルはまわりを確認して、俺の顔色も確認してから、神妙な表情で言った。
「リアム陛下の事を軽んじているのでしょう」
「軽んじて……舐めてるって事か」
カーディナルは更に頷いた。
「魔物の国、王は幼い子供……それでそうなったのでしょう」
「なるほど」
まあ、それはやりとりの中にもあったり、俺もそれを感じていたりするから、特に驚きはしなかった。
だから俺はそのまま、話を先に進める。
「この件だけど、多分、俺の予想だとデビッド殿下はカーディナル大司教に告げ口をすると思うんだ」
「……ええ」
「だから――」
「分かりました。しかるべく対処します」
「えっと……いいんですか」
「人気のないところで、殿下にちゃんと伝えます。時期も相手も間違っている、と」
『ふふっ、説教という言葉を上手く言い換えたな』
楽しげに反応するラードーン。
なるほど説教してくれるのか。
それならよかった。
「それにしても……」
デビッドの話はこれでおしまいだったが、カーディナルは俺を見つめ、複雑そうな顔をした。
いや、複雑そうと言うよりは、何か恐れている……?
『当然だ』
ラードーンが俺の思考に反応した。
カーディナルの前だから、声に出さずに「どういうことだ?」とラードーンに聞いた。
『連中のような宗教家にとって、事実は天敵なのだからな』
天敵?
『信徒を増やすには神の存在と、神かその代行者が起こした奇跡を説く必要がある。そういうのと事実とは相容れないものだからな』
あぁ……なるほど。
うん、そうなのかも知れない。
聖職者達がいつも話している奇跡とか、確かにほとんどうさんくさいからな。
『奴らは事実を恐れる、お前が産み出した魔法は真実を伝える。奴らの天敵だよ』
なるほど……。
こういう時は……ラードーンなら……。
俺はラードーンが言いそうなことを考えて、カーディナルにいった。
「ご安心ください」
「え?」
「これは、教会に対しては使いません。魔法そのものの供与もしません」
「…………」
口を開けて、ポカーンと驚くカーディナル。
驚きは一瞬、カーディナルはすぐに落ち着きを取り戻して。
「お心遣い、感謝します」
とだけ言った。
目は安堵と、感謝がない交ぜになった物に変わった。
『ふふっ、今のはうまいぞ。よく言った』
ラードーンからも褒められた。
どうやら今ので正解だったみたいだ。
よし、これでこの件は――。
パカラッ、パカラッと、馬の蹄の音が響いた。
音の方を向くと、町の方から飛ばしてくる一頭の馬が有った。
馬はこっちに向かってくるが、広く散った聖職者達に止められた。
聖職者は集まって相手を止めようとしたが、馬から下りた男に突き飛ばされた。
男は――デビッドだった。
それでも必死に止めようとする聖職者。
なにかやりとりをした後、聖職者の一人がこっちにやってきた。
完全に近づかず、それ故に俺が見えないためちょっと不思議そうな顔をしていた。
「大司教猊下、王子殿下がお話ししたいことがあると」
「わかった。話を聞こう」
カーディナルはそう言ってから、俺に向かって。
「ここはお任せ下さい。しかるべく」
「う、うん」
俺を置いて、カーディナルは親衛隊の所に向かった。
距離が遠くて、やりとりは聞こえなかったが、遠目にも分かるほどカーディナルが「説教」をしている顔で、デビッドは顔を真っ赤にしてやり込められていた。
『アレは効くぞ』
「効く?」
『あの手の馬鹿息子だと、大して叱られた事もないだろうな』
「それは……きついな」
ラードーンの言うとおり、デビッドはますます顔を真っ赤にして、肩をわなわなと震えさせた。
それでもデビッドにはどうすることも出来なくて、結果、すごすごと追い返されてしまうのだった。