136.ダブルパンチ
「ふざけてんのか? ああん!」
ドン! って音がした。
見ると、デビッドがまさしくチンピラって感じで、ドスのきいた声とともにテーブルを蹴っていた。
「で、殿下っ!」
後ろに控えている親衛隊の一人が慌てだしたが、デビッドに睨まれてたじろぎ、口を閉ざしてしまう。
デビッドはその勢いのまま、更に俺を睨んできた。
「舐めてるのか、俺を。目の前でイチャイチャしやがって、ああん?」
「ああ、いや……」
舐めてるわけじゃないんだが……まずいな。
デビッドはすっかり怒り心頭だ。
どう宥めたらいいんだ、これ。
「ガキのくせに、甘い顔してたらつけあがってんじゃねえぞ」
「いやだから――はっ!」
瞬間、背後から殺気が立ち上った。
一人二人じゃない、全員だ。
「王子殿下」
「――っ!」
俺は息を飲んだ。
背後から聞こえてくるレイナの声が、びっくりするくらい感情を感じさせない声だ。
「ああん、なに?」
「なぜ、ご主人様は私達に列席せよと命じたのか、おわかりですか?」
「はっ! 女だからだろうが」
「いいえ、違います」
次の瞬間、一斉に衣擦れの音がした。
それはデビッドが求めているような色っぽいものではなかった。
レイナ以下、メイドエルフが全員、スカートの下から短弓を取り出した。
そのまま矢をつがえて――放った。
ドドドドドド――。
矢は正確無比に、デビッドの皮一枚よけて、そのシルエットに沿って撃ちこまれた。
十数本の矢が、デビッドを服ごと、ソファーに釘付けにした。
ものすごい命中精度だ。
的に当てるのではなく、的のわずか外、まるで型抜きをするかのように撃ち込んだ。
「私達ならまだ、理性で感情を抑えられるからです」
「……てめえらっ!」
「動かない方がよろしいですよ、矢尻に毒が塗ってありますから」
逆上しかけたデビッドがビクッと止まった。
助けようと動き出した親衛隊も同じように止まった。
「肌のすぐ外に撃ち込みましたが、少しでももがいてそれで切れたりしたら――一切の責任を持てません」
「――ふざけるなあああ!」
忠告をされたのにもかかわらず、デビッドは更に逆上した。
一度引っ込んだ分、弾みをつけて勢いを更に増した感じで逆上した。
「クソガキのクソ女どもが!!」
「――っ、パワーミサイル!」
俺は右手を突き出した。
パワーミサイルを一発、デビッドに向かって撃ち込んだ。
逆上して飛びかかろうとするデビッドに撃ち込んだカウンターの一撃。
それが綺麗に顔に入って、顔がぐちゃぐちゃに歪んで、一発で意識を刈り取った。
ふう……危なかった。
もう少しで、デビッドが死ぬところだった。
飛びかかろうとしたデビッドは俺への侮辱を口にした。
その瞬間、レイナ達の静かな殺気が更に膨れ上がったのを感じた。
もともと、ガイやクリス達とは違って、簡単にキレないから、レイナ達を同席させた。
それはある意味では正解だが、予想外でもあった。
普段なかなかキレない者ほど、一度キレたらヤバイ。
レイナ達の殺気も、ガイやクリスとは違う「質」でヤバかった。
放っておいたら、間違いなくデビッドを殺してた。
だから俺は割り込んで、俺がデビッドをボコって、意識を刈り取った。
そしてそのまま、レイナ達に肩越しに語りかける。
「俺が預かる、いいな」
「はい」
「「「分かりました」」」
殺気が、みるみるうちにしぼんでいった。
よかった、まだ押さえが利いて。
そのまま俺の言葉さえも耳に入らないくらいぶち切れてたら大変な事になっていた。
最悪の事態は……まあ回避出来た、かな。
「こ、これはゆゆしき事態ですぞ」
パワーミサイルにボコられて、気を失ったデビッドに駆け寄る親衛隊達の内、一人が俺に向かって責める言葉を投げかけてきた。
レイナ達は反応しなかった。
親衛隊の声が若干震えていてどもっているのが、今の話、自分達に非があると分かっているが、それでも立場上弁護しなきゃいけない。
それが分かっているから、レイナ達は反応しなかった。
まあ、俺を侮辱しない限りは見過ごせるだけ、といってもいいのかもしれないが。
それはともかくとして、食い下がってきた親衛隊兵。
俺は少し考えて、いった。
「今の事、お互い忘れないか? あまり表に出して格好のつく話じゃないと思うんだけど」
「そ、そんなの承服できない。殿下へのご無礼、断じて――」
「じゃあ、これをみんなに見せようか」
俺は手をかざし、魔法を使った。
次の瞬間、俺達の間に巨大な「絵」が現われた。
「こ、これは……さっきの……」
親衛隊兵が身じろいだ。
おそらく、二重の意味で「さっきの」といったんだろう。
一つは、街に入ってきた時に住民に見せるために出した映像。
もう一つは、俺とデビッドとのやりとりの映像。
デビッドが「女をよこせ」と言い出してから、俺にパワーミサイルで沈められるまで。
その光景を全て記録して、ながしたものだ。
どういう魔法なのかは、多分分かっていないが、それが今起きたことを再現したものだというのは、ここにいる人間ならすぐにわかった。
だから向こうの勢いがみるみるうちにしぼんでいった。
このまま追撃だ。
「これを、ジャミール王――」
『教会に』
「――教会に見せて、ジャッジしてもらおうか」
ラードーンが簡潔に指示を出してきた、俺はとっさにそれに従った。
魔法の使い方とかは、ラードーンの指示に従って損はない。
俺は素直に従った。
すると……効果抜群だった。
親衛隊、全員が血相を変えた。
青ざめて、この世の終わりが訪れたような、そんな顔をした。
「そ、それだけは……」
「だったら、この話はここまでにして、お互い忘れないか?」
「……わ、わかった」
親衛隊達は怯えたまま俺の「提案」を受け入れた。
俺は立ち上がって、デビッドに近づく。
何をする!? って感じに身構える親衛隊達を手で制止して、デビッドにヒールをかけた。
ボコボコになった顔が一瞬で治癒された。
「これで大丈夫かな。でも今日は話も出来ないだろうな」
俺は振り向き、レイナを呼んだ。
「レイナ、王子殿下達を宿に案内して」
「分かりました。みんな」
レイナが更にエルフメイド達に指示を出すと、全員が短弓をしまい、テキパキと動き出した。
あっという間にデビッド、そして親衛隊達を連れて部屋から出て行った。
残ったのはレイナ一人。
「さすがご主人様」
「まあ、戦闘の心得なかったし、一発くらいはいるさ」
「そっちではありません――いえそっちもすごく格好良かったですが」
レイナは若干、頬を染めながらいった。
「それよりもご主人様、向こうの弱みを握りましたね」
「ああ、これの事?」
デビッドの乱行を記録した映像をもう一度ながした。
「これがあれば……100発殴るよりも効きますよ」
「お、おう」
邪悪な笑みを浮かべるレイナ。
ガイやクリスと違ったベクトルで、怒らせたらヤバイ子だって言うのがわかった出来事だった。