135.命令はしない
迎賓館の中、俺は王子と向き合った。
向こうは王子に、護衛の親衛隊兵が十人。
こっちは俺と、レイナを始めとするエルフ達同じく十人だ。
こっちの重鎮である、ガイとクリス、そしてアスナを始めとする人間達には外れてもらった。
人間達はいろいろ立場が複雑なのと、ガイとクリスはこういう場合すぐにケンカを始めてしまいそうだったから、控えてもらった。
そのかわり、重鎮の中では群を抜いて思慮深いレイナと、見目麗しいエルフ達についてもらった。
その甲斐あってか、比較的柔らかい空気の中向き合うことが出来た。
「初めまして、リアム・ハミルトンです」
「ジャミール王国第三王子、デビット・マシュー・ジャミールだ」
互いに名乗り合ったあと、俺は握手に手を差し出したが、王子――デビットは手を出すそぶりはない。
ソファーにどっしりと構え、ややのけぞった姿勢から、俺を見下ろすようにじろじろと眺めてくる。
まるで、値踏みをするかのような視線だ。
どういう事だろう――と思っていたらすぐに理由が分かった。
「貴様がハミルトンの五男坊か」
「えっと……あー、はい」
俺はちょっと苦笑いしながら頷いた。
ハミルトンの五男坊。
そうか、王子からしたら俺はそう見えるのか。
何となくスカーレットと出会った時の事を思い出して、ちょっと懐かしくなった。
それなら俺を見下ろしてくるのも理解できる。
「ふん、上手く逃げ道をつくったものだな」
「逃げ道……?」
何の事だろ?
『お前の家のことだろう。庶民落ちを免れるのに、上手く魔物をつかったということだろうな』
えっと……そう見えるのか。
それは……うん、やだな。
「それよりも……おい」
「はい、なんですか?」
「後ろにいるそいつら、そいつらも魔物か?」
「ええまあ、ほとんど人間と同じように見えますが、エルフという種族の魔物です」
「ふん、珍味もたまにはいいだろう。何人か俺の部屋に寄越せ」
「……はい?」
何人か部屋に寄越せ……どういう事だ?
もしかしてそういう……いやいやそんな馬鹿な。
と、俺が頭に浮かび上がってきたのを「馬鹿げた考え」として振り払おうとしたのだが。
「聞こえなかったのか? 何人か俺の部屋に寄越せ」
「それは……どういう意味ですか?」
「ガキにはわからんか? 女を寄越せって意味だよ」
「……」
やっぱりそれだったのか……。
そういう話は、俺が行っていた酒場とか、そういう所によくあった。
酒と煙草と女、ほとんどワンセットの様なものだからな。
それがまさか、王国の第三王子ともあろう者の口から。
しかも、こういう場でこうもストレートに言われるとは思わなかった。
それで固まってしまったのを、デビッドは違う意味で受け取ったようだ。
「なんだ? まだわからんのか。もっとわかりやすく言った方が良いのか小僧」
「ああいや、大丈夫だ」
さすがに、いろんな意味でちょっとむっときた。
ちらっと背後を見た、レイナを始め、エルフ達は険しい顔をしている。
『ふふっ、ガイとクリスがいなくて良かったなあ』
楽しげに話すラードーン。
まったくだよ。
ガイとクリスなら、間違いなくもうキレてデビッドに飛びかかってるところだ。
「ご主人様……」
レイナもやっぱりキレてるが、まだ俺に伺いを立てる位の冷静さは残っているみたいだ。
そんなレイナに手をかざして止めて、デビッドに向き直った。
「悪いけど、それは出来ない」
「……あ?」
デビッドは片眉だけ、びくっと跳ね上がった。
人相が悪いなぁ……王子じゃなくて場末のチンピラの方が相応しい表情の作り方だ。
「個人的に口説いて、自由意思で――っていうのなら止めはしないし何も言わないけど、こっちから……そうだな、『提供』するようなやり方はできない」
「おまえ……誰に物を言ってるのかわかってるのか?」
ますます形相が険しくなったデビッド。
が、俺はそれに動じることはない。
この手のチンピラ、場末の酒場でさんざん見てきた。
迫力だけで言えば、デビッドはその中では三流以下だ。
「誰であろうと関係ない」
「てめえ……」
「ご主人様。私達の事でしたら」
「いや、いい」
俺はきっぱりと、レイナの提案をシャットアウトした。
「これはもう決めてることなんだ、俺の中では」
「もう……決めてる?」
「ああ、お前達に全員、ファミリアで使い魔契約してるだろ? 絶対服従の効果があるから、俺が命令すればお前達は断ることは出来ない。だからこそ、意志をねじ曲げるような命令は絶対にしない様にって決めてる。実際してないはずだ」
そう言いながら、俺は今までの、「使い魔」達にした事を思い起こす。
いろいろ必要にかられての、仕事を割り振って頼む事はあるけど、意志や人格をねじ曲げてまでの命令はないはずだ。
「あっ……」
「「「ご主人様……」」」
レイナが感嘆の声を漏らし、エルフのみんなは一斉に目をうるうるさせだした。
どうしたんだ? これは。
『ふふっ、罪な男だな、お前は』
そう話すラードーンは、ますます楽しそうだった。