134.リアムの「普通」
魔法都市リアム。
いつもはもっと雑多な活気に満ち満ちているここは、珍しくある意味整然としていた。
街の入り口から続く大通りの沿道に、魔物の住民が殺到している。
とは言え大通りを埋め尽くすのではなく、両脇によけて、中央を通れるようにしている。
まるでパレードを野次馬するような感じだ。
その魔物が待ちかまえる大通りに、人間の一団が入ってきた。
先頭は世にも稀な、立派な白馬に乗っている青年の貴族だ。
馬上の姿はまさしく威風堂々。凜然としていて気品があり、これぞ貴族!って感じの青年だ。
その貴族の後ろには、儀礼用と思われるきらびやかな鎧を纏った一団がいた。
青年王族と、それを守る親衛隊員。
まさしくそんな見た目の一団が、悠然と街に入ってきた。
いずれも見栄えがよく、野次馬が人間であれば感嘆の吐息や黄色い歓声が上がっていた事だろうが、ここはそうではない。
例外なく全員がリアムに救われ、彼に心酔し使い魔の契約を結んでいる魔物達だ。
魔物の目には、下馬しない傲慢な人間に映ってしまう。
「何者だ? あのえらそうな人間は」
「なんか、ジャミールの第三王子だって」
「和平を結びに来た今回の責任者みたいだぜ」
「よく見えないな、若い男なのか?」
「人間にしては結構色男みたいだよ」
住民達はざわざわと、口々に青年王族の一団について言いあった。
『よし、やれ』
「ああ」
遠目に一団が行進するのをながめながら、ラードーンからの合図を受けて、俺は魔法をつかった。
瞬間、街のあっちこっちに、一団の様子を映し出した光景が表示された。
まるで空に掲げる額縁だが、その絵にあたる部分が、リアルタイムで王子ら一団の様子を映し出している。
絵が、動くのだ。
それにより、人垣の奥にいて見えない住民も、そもそも遠くにいたり家の中にいたりする住民にも、一団――王子達の姿を見ることが出来た。
「これって……そっかリアム様か」
「さすがリアム様、よく見えない俺達のために魔法を使ってくれたんだな」
「すごいなこれ……なあなあ、もしかしてこれでお芝居とかみんなに見せる事もできるんじゃないか?」
魔物の住民達は俺の事をよく知っていて、この街の魔法インフラを普段から使っているから、俺が新しい魔法を使ってもまったく驚く事はなかった。
それとは正反対――対照的なのが、王子とその親衛隊達だ。
空に掲げた動く画像――動画を見て、ビクッとなって驚愕していた。
『ふふっ、効いているな』
「効いている?」
ラードーンの言葉を聞いて、俺は王子達の姿を見た。
確かに「効いている」が――。
「いいのか? こんなことをして」
『うむ。いやなに、国民に使者殿の勇姿を見せなければならんこともあるのでな。別に害意はない、すぐに理解もしよう』
と、ラードーンは悪戯っぽい声のトーンのまま、わざとらしくそんな事を言い放った。
ここ最近、ラードーンはノリノリでジャミールら、他の国の人達を驚かしたりしている。
それも、俺の魔法をつかって。
今回のもその一環なのは間違いない。
声色が悪戯っぽいのは、「勇姿を見せる」とやら以外の何かもくろみがあるからなんだろう。
それはいい、もう慣れたし、もくろみが成功したらラードーンからの説明がある。
俺が考えるのはそこじゃない。
俺が考えなきゃいけないのは――魔法の事だ。
「それより、言ってた魔法はこれでいいのか?」
『うむ。テレフォンの改良、うまく我の要求通りにしてくれたな』
「単に映し出す数を増やしただけだから、魔力の量を増やすだけでどうにかなったよ」
『ふふっ』
「なにかおかしいのか?」
『いいや、お前のいうことは正しい。正しいがな……ふふっ』
ラードーンはますます楽しげに笑った。
俺は首をかしげた。
そういう言い方をされると「正しいがな……」の先がとても気になる。
俺が気になったのを察してか、ラードーンは説明をしてくれた。
『こういう場合、魔力が増えるだけというのは正しいが、その必要魔力の量は指数的に上がっているであろう?』
「しすう……?」
『10個出すのに10倍じゃなくて、100倍の割りに合わない魔力になっているだろう? という意味だ』
「ああ、それはそうだ」
俺ははっきりと頷いた。
ラードーンの言うとおりだった。
そしてそれが、俺が今感じている課題だ。
「普通に考えたら、2個出すのに必要魔力は2倍、10個で10倍、100個で100倍」
というのが、洗練された魔法のあるべき姿だ。
だが、ラードーンの指摘通り、例えば10個出そうとしたら100倍の魔力がいるという、実に割りに合わない魔法になっている。
今後はこれをどうにかして改良していくのが課題だ。
ちなみに、イメージでの魔力削減は難しい。
魔法で望む効果を出すのは割と簡単だが、出すのに魔力を膨大に消費する事が多い。
魔力の削減は……本当に難しい。
『ふふっ、普通、か』
「え?」
『いやなんでもない』
「???」
普通、という言葉に何が引っかかったんだろう?
10個なら10倍が普通ではないというのか?
そんなわけないよな。
まあ……いっか。
「これは課題だなあ……」
『うむ、しっかりやるといい。改良に成功すれば面白くなるぞ』
「面白くなる?」
『魔物どもの言葉を拾っていたが、舞台の劇とか、それを使って各人の家に映せば?』
「あっ……それは面白い」
それ、さっき聞いた記憶がある。
俺はさらっと流していたけど、ラードーンはしっかりそれを拾っていた。
というか……本当に面白くなるな。
舞台の劇だけじゃない、いろいろ流せる。
俺はリアムになる前に、舞台つきの酒場で安酒をカッくらうのが趣味だったけど、これが出来れば、自分の部屋でもそれを見ながら晩酌できる。
うん、想像してみただけでものすごく面白くなった。
再び王子の一団が行進を再開する中、俺は新しい魔法をイメージし続けていた。