133.改良、テレビ電話
アナザーワールドの家の中、俺は魔法の開発をしていた。
「フォト」
魔法陣を広げ、魔法を行使。
すると、テーブルの上に置いてある紙に絵が浮かび上がった。
ただの絵じゃない、俺が見えているこの家の中の光景を正確に写し取った写真だ。
俺は紙になった写真を手に取って、実際の光景と見比べてみる。
「これでよし」
その魔法を、あらかじめ作っておいた、魔導書に封じ込める。
ハイ・ミスリル銀ではなく、紙ベースで作ったオーソドックスな魔導書だ。
「それはなんだ?」
同じ部屋の中で、椅子に座ってじっと俺の行動を見ていたラードーンが聞いてきた。
「新しい写真の魔法だ」
「ふむ」
「前はリアムネットの効果の一部としてあったのを、独立させてみた。そのまま紙に写し取れるようにした新しい魔法だ」
「ほう、面白いな」
ラードーンは俺に近づいてきた。
写真に興味をもっていたので、俺は紙の写真を彼女に渡した。
彼女は受け取って、それをマジマジと眺めた。
「魔法の開発がますます早くなってきたな」
「今回のはもうベースがあったから。既にリアムネットで実現してるものだし」
「とはいえ早いのには違いない。普通の人間はこんなにポンポンポンポンと魔法を生み出せぬよ」
「まあそうかもな」
「にしても、ふむ」
ラードーンはマジマジ紙の写真をしばし見つめてから。
「こうして紙に写せるようにしたのは、人間どもに渡すためなのだな?」
「ああ」
俺は深く頷いた。
さすがラードーン、俺の意図をあっさりと見抜いた。
リアムネットから独立させたのは、この街の住人――使い魔契約した魔物以外の者が使うことを想定しているからだ。
リアムネットは今まで通り、使い魔契約した魔物しか使えないようにする。
そしてそっちがあれば、わざわざ紙に出さなくてもいい。
この形にしたのは、ネットを使わせない、他の人間達に使わせるためだからだ。
いわばダウングレード。
実物ではないが、精神的な払い下げに近いものがある。
そう思って作った魔法の意図を、ラードーンは一瞬で見抜いた。
「パルタかキスタドールかは分からないけど、どっちかに渡すつもりだ」
「ふむ」
「だから、もうひとつ何かを開発しなきゃなって思ってる。これとおなじように、ネットから分離した機能、掲示板とか立て札とかを、一括に書き換えたり書き足したり出来る魔法だ」
国からの布告は、たまに伝言ゲームのようになって、離れた農村とかに伝わるころには微妙に意味とか内容が変わってたりする。
特定の掲示板か立て札を用意して、魔法でその内容を全部同じものにする、という感じのヤツだ。
ネットの中にある架空の本、誰がどこで読んでも同じ内容になる。
フォトと同じで、ダウングレードしたものだ。
それはすぐにイメージが出来て、さて作ってしまおうか――と思ったその時。
「それは少し待て」
ラードーンからまったがかかった。
「待てって……え? 作っちゃだめか?」
「作るのは好きにするといい。お前が色々と魔法を生み出すのを見ているのはそこそこに楽しい。やりたいだけやるといい」
「えっと……じゃあ、待てっていうのは?」
「パルタとキスタドール――人間共に渡すのを待てって事だ」
「なんで? そのために同盟をいってきたんだし、同盟を結ぶには手土産があった方がいいだろう?」
「お前の力を安売りすることはない」
「安売り?」
「うむ。人間のことはよくわからんが――」
瞬間、ラードーンの表情が変わった。
幼げな顔が、侮蔑と憤怒の間くらいの表情になった。
「今まで散々騙し討ちやらコケにしておいて、いきなり手の平返しとは舐めてくれるじゃないか」
「えっと」
「……我は分からぬが、これくらいは怒ってしかるべきだろう? お前がやられたことは」
「あー……そうかも」
確かに、ジャミールも含めて、三つの国が今までやってきた事はちょっとひどい。
人によっては「舐め腐った真似しやがって」と大激怒してもおかしくないものだ。
「それをちょっと同盟ちらつかせたらお前のほうからしっぽをふって、魔法を開発して渡すのはよくない」
「なるほど」
「ジャミールに渡しただけでいい。先着順でいい思いが出来る、という風に思わせておけば、連中は我先にお前にゴマをすってくる」
「ふむふむ」
ラードーンのいうことも一理ありそうだ。
というか、そういうことはよく分からないから。
「わかった、ラードーンの言う通りにする」
「相変わらず素直だな」
「魔法以外の事は分からないし、今まであんたに従って間違いだったこともないから」
「ふっ、ならばその二つの魔法は捨ててしまえ」
ラードーンはふっと微笑みながら、いった。
「捨てる? なんで?」
「効果を退化させた魔法などつまらない、どうせ作るのならもっと効果を進化させた魔法を作れ」
「なるほど」
これまた一理ある話だった。
俺は作りかけたフォトの魔導書を炎の魔法で燃やした。
ネットにある効果を退化じゃなくて、更に進化していくように考える。
「……よし」
「ほう? もう思いついたのか?」
「ああ、写真で思いついた。ちょっとテストに付き合ってくれないか」
「やってみろ」
俺は目を閉じて、イメージする。
既にあった魔法を、更に改良して進化させていくイメージ。
イメージはすぐに出来た。
目の前にラードーンがいて、喋ることが出来て。
そして、写真をもっていて。
「テレフォン」
俺は魔法を使った。
名前は今までのものと一緒だ。
しかし、効果はちょっとちがった。
向き合う俺とラードーン、二人の間に、それぞれネットの本を開いた時と同じように、空中に絵が映し出された。
それぞれ、相手の顔だ。
俺の前にはラードーンの顔が、ラードーンの前には俺の顔が出ていた。
「ほう、これは」
「テレフォンに音だけじゃなくて、顔も見えるようにつけてみた。顔も見えた方が伝わることもあるだろ?」
「うむ――ふふっ、一瞬でこれを思いつき作ってしまうとは、やるじゃないか」
作った魔法がラードーンに褒められて、ちょっと嬉しかった。