132.最強の駒
アナザーワールドの中。
リアムネットで、ガイとクリスからそれぞれ送られてきた本を開いていた。
二人が送ってきたのは、パルタとキスタドールの使者が持ってきた手紙の内容を写した写真。
現物を届ける前に、まずは写真で俺に送ってきたのだ。
その内容に、俺は戸惑っていた。
どっちも、非公式ながら、同盟の打診をしてきたものだ。
「一体なんで……急にこんな」
「ふふっ、意外と早かったな、人間どもの動きは」
「ラードーン!? なにか知ってるのか?」
「うむ。手土産の効果だ」
「手土産? パルタにもキスタドールにも何も贈ってないぞ?」
俺は首をかしげた。
もしかして忘れてただけかもしれないということもあって、記憶を探ってみたが、やっぱりパルタにもキスタドールにも何も送ってない。
「ジャミールに魔導書を贈っただろう?」
「ああ」
「あれの効果だよ」
「???」
俺はますます分からなくなって、首を折れそうなくらい傾げてしまう。
なんでジャミールに贈った手土産が、パルタ公国とキスタドール王国に効果がでるんだ?
「天候魔法はおいそれと出来る物じゃない、作るのは無論、使うことさえもな」
「あー、そう……かな?」
ラードーンに言われて、俺は首をかしげつつ、考えてみた。
確かにそうかもしれない。
少なくとも、魔法の中では難しい方だ。
全部の魔法を難易度10段階でつけると、上から2番目か3番目くらいの難しさかもしれない。
「ならば聞こう。今までの経験からで率直に答えろ。あの魔法、何人に一人くらいの才能で使えそうなものだと思っている?」
「え? えっと……」
俺は考えてみた。
最初にブルーノから言われたこと。
炎の魔法は100人に1人位しか使えない、氷の魔法で1000人に1人だ。
それを基準にして考えてみた。
十段階で上から二番目か三番目、そして半径100メートルの範囲に雨を降らせる魔法。
「大体……百万人に一人くらいかな」
「うむ、我もそう思う」
ラードーンが頷くのを見て、俺はちょっとほっとした。
魔法に関してはちょっとずつ自信がついて来たが、それでもラードーン――神竜と呼ばれている彼女のお墨付きは嬉しいものだ。
他のことはまるで分からないけど、魔法の事はわかる――と褒められたような気分にもなったので、ますます嬉しく感じた。
「その、百万人に一人しか使えない魔導書をポンと渡したのはジャミールにはかなり嬉しかろう。雨を降らせる魔法なら、我はよく分からんが、干ばつなどにも役に立つのではないか?」
「そっか! うん、たぶんそうだ」
俺はポン、と手を叩いた。
そこは間違いなくラードーンの言うとおりだ、俺でも分かる。
何年かに一度、干ばつが起きて、作物とかがまったく育たないばかりか、水がなくなって人がバタバタ死んでいく。
ちょっと前に、ジャミールのアイジーという、スカーレットの家の領地が干ばつになった事が記憶に新しい。
干ばつの何が一番まずいかは、食べ物だけじゃなく人間の飲み水までなくなる事だ。
人間は一週間何も食べなくてもとりあえず死にはしない。
だけど一週間も水を飲まなければ間違いなく死んでしまう。
干ばつはその水さえもなくなる。
そして、水がなくなると衛生状況が一気に悪化して、いろんな病気が蔓延する。
そして一番やっかいなのは、水を必要量輸送すると、他の物資の何倍何十倍ものコストがかかる事だ。
難民に行き渡る分の水を運ぶくらいなら、全員よその土地に避難させてしまった方が楽なくらいだ。
そこに、魔力は消費するが、雨は降らせられる。
そんな魔法がある。
ラードーンのいう通り、干ばつの地域に行って雨を降らすことが出来れば、かなりの人が助かる。
俺がジャミールの人間なら、普通に感謝して、必死に使える才能を探すところだ。
あの魔導書を使いこなせる人間なら、そのまま貴族の位を与えてもいいくらいだ。
それだけ水――そして恵みの雨というのは大きなものだ。
「あれ?」
ふと、俺はある事に気づいた。
いや、思い出した。
ラードーンの話はいたって真っ当で、疑う余地なんて一つもなく、俺でもすぐに理解できるくらい当たり前のものだが。
それは全て――
「ジャミールの話……だよな」
「うむ」
「それと他の二国になんの関係がある?」
「パルタとキスタドールとやらの立場になって考えてもみろ」
「えっと……」
パルタとキスタドールの立場になって……?
「たかが友好で、あれほどの魔導書をポンと渡されたんだ、この先関係が良くなっていけばもっといろいろジャミールは恩恵をあずかるだろう――と考えないか?」
「あー……そうかも」
俺は、昔の経験と照らし合わせながら考えた。
「確かに、手土産なんて一度っきりって訳にはいかないもんな。挨拶の度にちょこちょこ持ってくもんなんだ」
「そうなると慌てるわけだ、パルタもキスタドールも。このままお前と敵対していれば、ジャミールの一人勝ちになるかもしれないとな」
「……はあ、なるほどなあ」
ようやく合点がいった。
そういう事だったのか。
言われてみれば納得だが、教えてもらえてなかったら延々と悩んでたところだ。
「偶然とはいえ、これは美味い形だな。なんとか利用した方がいいのかな」
「……」
「あれ? どうしたんだそんな変な顔をして」
ラードーンは何故か、ぽかんと口を開け放って、俺を見つめていた。
「気づいていないのか?」
「何に?」
「何故、お前は手土産に魔導書を贈った」
「それは……ラードーンに、言われ、て?」
あれ?
そういえば……そうだ。
俺が魔導書を贈ったのは、そもそもラードーンが魔導書を作れっていうアドバイスをくれたからだ。
もっといえば、天候魔法なのも、ラードーンの選択だ。
「……ってことは、こうなるって分かって?」
「うむ。騙して悪かったな……と、謝ろうとしたのに、あそこまで言ってもお前は気づいてもくれなくてな」
「あっ……だから唖然としてたのか」
そういうことだったのか。
ラードーンは頷き、静かに語り出した。
「お前の言うとおり、こうなる様に仕向けた。この策には二つの要素が必要だった」
「二つの要素?」
「一つ目は、お前をも騙すこと。予想以上に見事に騙されて我も焦ったがな」
「あはは」
俺は苦笑いした。
しょうがない、魔法以外の事はあまりよく分からないんだから。
「もう一つは?」
俺は忘れないうちにそれを聞いた。
また話をしているうちに、そもそも二つの話があるって事を忘れてしまいそうだったからだ。
それを理解したのか、ラードーンはフッと微笑みながら答える。
「もうひとつはシンプルに当たり前の話だが、お前が強くて誰も知らず持っていない魔法を開発しなければ話にならん。そのため、我が方向性を誘導して、天候魔法の中でも比較的簡単な方にした」
「あっ、それは分かる」
「どれだ?」
「比較的簡単な方だって事だ。雨を降らすだけなら、難易度十段階の内二番目か三番目だろ? 嵐とか雷もつけると難易度ちょい上がるし、天候って括りなら、昼から夜にする? とかだと2番目の上の方くらいにいっちゃうけど」
「ふふっ……」
「なに?」
「騙されてる事を言われるまでちっとも気づかないのに、魔法の見立ては実に正確だと思ってな」
えっと……って、ことは。
「うむ、その通りだ。しかも」
「しかも?」
「いっちゃうかな、じゃなくていっちゃう。言い切るのが素晴らしい。雄なら自分の分かることはそれくらい自信を持つべきだ。そして分からぬことは分からぬと素直に言っていい」
「うん、そうする」
なんだか褒められつつ、また一つ教わった。
その言葉を肝に銘じつつ、ラードーンを見つめて、話の続きを促す。
「話がそれたな、戻そう。その手土産の効果は絶大のはずだぞ。今、三カ国はどこも、お前に戦慄しているはずだ」
「戦慄?」
「天候魔法をあっさり産み出して、あっさり渡したことにな」
「そうなのか?」
「手土産に全財産を渡すバカもいまい?」
「あー……」
そっか。
手土産で渡せるって事は、俺の力はそれよりも遙かに強く、遙かに余裕があるって思われてるって事か。
「その結果が、このものすごい早さでの打診だ。人間の足の速さを考えれば、決定権をもつものが最速で決めたと思っていい」
「そういうものなのか」
「まあ、そうはいってもジャミールが一番戦慄しているだろうがな」
「なんでジャミールなんだ? 実際にもらったから?」
「いいや、ジャミールが一番、お前の中に我が――別のブレーンがいると気づいているからだ」
「ああ、前のあの話」
「うむ、あの延長線上だ。強いお前が、素直に献策を聞き入れる大器である、という事のダメ押しだな」
「そっか……すごいなラードーン、一つの事にそんないくつもの効果になるように考えてたのか」
「すべて人間がやっていたことの真似だ。それに、我は楽しかったぞ」
ラードーンは言葉通り、裏表無しの楽しそうな笑みを浮かべた。
「なんで?」
「策をこねくり回そうが、駒が脆弱では意味がない。最強の駒で組み立てられて楽しかったぞ」
「あっ、うん。それはよかった」
最強の駒……俺の事か。
ちょっと、それは恥ずかしいな。