129.権威の衣
「うーむ、これは……」
インフラ・コアルーム。
俺は哨戒中のレイナが送ってきた「本」の内容を見て、眉をひそめていた。
本には、いかにも偉そうな神官服を纏う一行が描かれていた。
「ラードーンは知ってるか?」
『我は万能ではない、今を生きる人間など、封印されていた我が知るよしもない』
「そりゃそうだ」
俺は自分の馬鹿さ加減に苦笑した。
たとえ世の真理を知っていても、自分が関わっていない人物なんて知っているはずもない。
「となると……スカーレットだな」
俺はひとりで頷き、テレフォンでスカーレットを呼び出した。
こういうすぐに返事が欲しい物は、ネットじゃなくてテレフォンの魔法を使うのだ。
『お呼びですか、主』
「インフラ・コアの所にいるんだけど、いまこっちに来られるか?」
『すぐ伺います』
テレフォンを切ってものの三分足らずで、スカーレットはやってきた。
「お待たせしました」
「はやっ!」
「主のご召喚とあらば」
スカーレットは真顔で言い切った。
「そっか。えっと……これを見てくれ」
俺はレイナからネット経由で送られてきた本をスカーレットに見せた。
「これは……絵? いやそれにしてはリアル過ぎる」
「新しくネットに組み込んだ魔法だ。イーグルアイっていって、見た瞬間の光景をそのまま本の中に写す事ができる」
「光景を……そのまま……」
スカーレットは驚愕した。
ということはこういう魔法は今まで聞いたこともないってことか。
「このような魔法が存在したなんて……」
「しらないか?」
「常識にありません、このようなもの」
「そうか。一応これを写真って名付けた。『真実を写し出す』という意味で、写真だ」
「なるほど。さすが主です」
「それより、ここに写っている相手を知ってるか?」
「えっと……あっ」
実際の光景を写した物と聞かされて、スカーレットは真顔で写真を見つめた。
すぐさまにハッとして、表情を強ばらせて俺を見た。
「この方は……カーディナル大司教です」
「大司教? この真ん中の人か?」
彼女に見せたのは、哨戒中のレイナが見た、国境に近づいてきてる一行の光景だ。
全員が聖職者の法衣を纏っていて、その真ん中に一人、とびっきり偉そうな老人がいる。
その老人のことを、スカーレットはカーディナル大司教と言った。
「はい」
「どういう人なんだ?」
「教会のナンバー2、庶民が実際にお会いできる方の中では最高位の方です」
「すごい人じゃないか!」
めちゃくちゃびっくりした。
そんな人が、何故……?
『ご主人様。聞こえますかご主人様。レイナです』
丁度その時、レイナからテレフォンが入った。
「聞こえてる。どうしたレイナ」
『今国境です。さっき写真を送った人達が、正式にご主人様への面会を申し込んできました』
「正式にか?」
『はい』
テレフォンの向こうで、おそらくははっきりと頷いたレイナ。
俺は少し考えた。
「街の迎賓館まで案内して。正式な申し出なら無視出来ない」
『わかりました』
レイナはそう応じて、テレフォンを切った。
大司教、カーディナル。
これまでやってきたものの中で間違いなく一番の大物に、俺はにわかに緊張しだしたのだった。
☆
迎賓館の中、応接の広間。
俺は大司教・カーディナルを出迎えた。
エルフメイドが二人がかりで格式張った観音開きの扉を開けて、そこから大司教一行を招き入れた。
先頭に立つのは写真に写っていた威厳のある老人・大司教カーディナル。
その後ろに中年から青年の、法衣を纏った男が合わせて十人ついて来ている。
「お目にかかれて光栄です。わたくしはローニン・カーディナルと申します」
「あっ、えっと――リアム・ハミルトンです。とりあえずこちらへ」
「お心遣い、感謝します」
カーディナルは小さく会釈した。
尊大ではなく、かといって謙ってもなく。
穏やかな威厳を保ったまま、応接の広間に用意されているソファーに向かって行く。
しかし、彼の後ろについて来た中年の一人が。
「リアム・ハミルトン。これは失礼ではないのか?」
俺を睨み、しかりつけるように言ってきた。
「え?」
「我々は、そして何より大司教猊下はこのように正装で参った。そのような我々を迎えるのにその姿では失礼ではないのか」
「え?」
そ、そうなのか?
俺は自分の格好を見た。
今の俺は、リアムの体に乗り移ってからずっと着ているタイプの貴族の服だ。
同じタイプの服が何着もあって、正直前の俺からすればこれでもかなり上等な服なんだが……。
「やはり魔物の王ではその程度か」
「そもそもが子供ではないか」
一人が声をあげると、他の聖職者が次々と声をあげて、俺を糾弾し始めた。
そこまで言われるのか、と俺は困惑した。
『ふふっ、生臭坊主どもは昔からなんら変わらぬな』
ラードーンは俺の中でつぶやいた。
楽しげに聞こえる様でいて、その実は冷ややかにさげすんでいるって感じの口調だ。
そのラードーンの反応で逆に確信した。
俺の格好は、聖職者の目から見たらやっぱりまずいと言うことが。
ラードーンがいう「なんら変わらぬ」というのは、言い換えれば「伝統」の事だ。
大司教との面会ともなれば、そういう伝統が大事なのは(内容はまったく分からなくても)わかる。
どうしたもんかと焦った、その時。
「失礼ですよ」
カーディナルは静かに言った。
物静かな声だが、それだけでぎゃーぎゃーとわめく聖職者たちの声を押さえ込んだ。
気圧されて、聖職者達が黙ったのを見てから、カーディナルは俺を向き、静かに頭を下げた。
「二重に失礼をしました」
「二重に?」
「いきなりの訪問、そして部下たちの失礼。心よりお詫びします」
「猊下――」
「……」
さっき口火をきった中年の聖職者がまた何か言いかけたが、カーディナルに静かにすごまれ――いや見つめられただけで息を呑んで、黙ってしまった。
カーディナルは俺に振り向き。
「どうかお許し下さい」
「ああいや。こっちこそ。着替えてきた方がいいですかね」
「お気遣いは無用です。服は権威付けのために存在します。今日の場は、そのような権威は必要ないでしょう」
『ほう』
ラードーンが少しだけ感心したような声を出した。
そんなカーディナルを改めてソファーに座らせ、俺は彼と向き合うように座った。
聖職者連中は、すごすごとカーディナルの後ろに回った。
「改めて。お目にかかれて光栄です。リアム・ハミルトン陛下」
「あっ、えっとよろしく?」
「この度はジャミール王国の要請を受け、我が『教会』が友好条約の立ち会いをさせていただくことになりました。それに際して、まずは私的にリアム陛下とお話がしたく、ここへ参りました」
「あぁ……なるほど」
いきなりやってきてなんなんだ、と思ったけど、そういうことだったのか。
「俺とどんな話がしたかったんだ?」
「正直にいえば、当初予定していた内容は全て飛びました」
カーディナルは幾分和らいだ口調で言った。
「飛んだ?」
「ええ。先ほど無礼をした彼ら、実はほとんどが従軍経験者なのです」
「じゅうぐん」
「そのため、いささか性格が荒っぽいところがありまして。彼らを連れて来たのは、この国がもっと、禍々しいところだと想像していたからです。何しろわたくし達が聞かされたのは『大量の魔物によって構成される魔物の国』ですから」
「……あぁ」
俺は苦笑いした。
うん、そりゃそうだ。
それはカーディナルが全面的に正しい。
俺だって何も知らないで「魔物の国」って言われたら、軍人経験者を護衛で固めて安全を期するさ。
カーディナルの説明で、一気に色々と納得した。
「ですので、そんな『魔物の国』でしたかった話は全て不要な物になりました」
カーディナルは窓の外を見た。
「この街……この国。王国の都にも劣らないほど華やかで、住民達は穏やかな活気に満ちています。姿形こそ魔物ですが、まったくそうは感じられません」
「みんな楽しんで生きてるからな」
「この光景を見て不安は払拭されました。条約の立ち会い、させていただきます」
「ありがとうございます、これで戦いは止まってみんな休めます」
俺は膝に手をついて、深く頭を下げた。
教会が間に入ってくれるのなら、ここまで続いた戦いはひとまず止まるってことだ。
俺がほっとして顔をあげると、カーディナルが複雑な表情で俺を見ているのが分かった。
「どうかしたんですか?」
「権威を纏わずともやはり王、だと思いました」
「?」
どういう事だ?
『ヤツの後ろを見ろ』
後ろって……聖職者達か?
ラードーンに言われて目を向けると、聖職者達が顔を強ばらせたり、恥ずかしがったりしているのが見えた。
『お前らの目は節穴だ、上辺しか見えてない。って部下に説教しているのだよ』
ああ、なるほど。
『ふっ。お前の器が分かる程度には、そこそこの人物のようだな』
ラードーンが、珍しく人間を褒めていた。