127.リアムネット(前編)
ウェルズが帰った後、俺はアナザーワールドの中の自宅に戻った。
その自宅の中で、アイテムボックスを呼び出して、もらった魔導書をしまおうとする。
「……」
手が止まった。
何かが頭をよぎった。
一瞬だけよぎったそれは、手の平で掬った水の様に、指の間からこぼれ落ちた。
それはなんだろうか、と思い出そうとする。
『どうした』
ラードーンが聞いてきた。
「今何かひらめいたんだけど、何をひらめいたのかも忘れちゃった」
『人間とはあいかわらず不便な生き物よな。昔からなにも変わっていない』
「そうなのか?」
『うむ、そういう時はひらめいた瞬間までの行動をやり直せば、大抵は思い出せる』
「そうなのか?」
『やってみればわかる』
「そうだな」
ダメだったとしても損するわけじゃないんだ。
俺はひらめいた瞬間までの事を、もう一度やってみることにした。
アナザーワールドを出た。
アナザーワールドを開いて、その中の家に入って、アイテムボックスを出す。
そして、本を入れようとした――その瞬間。
「ああ、本当だ。思い出せたよ」
『何を思いついたのだ?』
「これ、本だよな。で、本をしまう」
説明をしながら、アイテムボックスを閉じる。
そしてもう一度アイテムボックスをちょっと違う場所に開いて、魔導書を取り出す。
「別の場所で取り出せる」
『ふむ、その魔法――アイテムボックスの特性そのままではないか? 今まで何度も使ってきただろう』
「で、これを使って手紙も送った事があったんだ。俺の幻影の手紙を」
『やっていたな、たしかに』
「で、本は知識なんだ」
『……知識を出し入れしたいというのか? 新しい魔法を開発して』
「ああ」
俺は頷いた。
ラードーンとの会話の中で、更に形にまとまったやりたいことを話す。
「なんというか、本のない図書館って感じだな。ああ、掲示板でもいいか。いや、両者合わせたものか……」
ぶつぶつ言いながら、更にイメージをまとめて行く。
「そうか、ウェルズと同盟の話をまとめた直後だってのもあるのか」
『ふむ?』
「普通の国だと、こういうのを布告するじゃないか」
リアムになる前の事を思い出した。
税金が増えたり、戦を始めるから兵を募ったり。
そういうお上からのお達しの布告のことだ。
大抵は街か村の人が一番集まったり通ったりするところに立て札が掲げられる。
今回のことも、あんな感じで街のみんなに知らせなきゃならない。
それが手紙だ。
幻影が入れた手紙と同じように、アイテムボックスみたいなので出し入れできる。
本とか、手紙とか、布告とか。
そういう知識……とか、情報とか、それを自由に出し入れできる魔法。
もちろん、今までのインフラと同じように。
町中に張り巡らせたハイ・ミスリル銀でつくった古代の記憶に刻み込んで。
ファミリアで使い魔契約した、この街の住民全てに使える様にする魔法。
それをイメージした。
「使い魔共有のアイテムボックス、これでいいかな」
ダストボックスの時の経験もあるし、意外と開発にはそんなに苦労しないかな? って思った。
今あるアイテムボックスを、使い魔全員が開いたり閉じたり物を出し入れできる。
容量は何基準にするか、まずは俺基準でいいか。
そんな風に魔法開発のイメージをまとめていると。
『……』
微かな息づかいのあと、ラードーンが姿を現わした。
何度も見た、幼げな老女――アンバランスで不思議な魅力をたたえたその姿で、俺の前に現われた。
顕現したときのまばゆい光が、俺を沈思から引き戻してきた。
「どうしたんだ? 急に」
「これを見ろ」
ラードーンは細い手をすぅと伸ばした。
人差し指と中指を揃えて突き出し、その先に魔法陣を広げる。
魔法陣から文字が浮かび上がった。
「これは……布告か」
「うむ、お前が同盟の件で魔物達に告知したいことを文章にした」
「へえ、こんな魔法もあるんだ。魔力で文字を作って浮かばせているってことかな? この感じだと、一定時間経てば消えるという効果もあるかな?」
「ふふっ、さすがだ。魔法に関しては本当に勘がいいな、お前は」
「ありがとう」
ラードーンの褒め言葉が嬉しかった。
魔法の事で褒められるのが一番嬉しい。
「これにしたほうがいいのではないか?」
「これにした方が?」
「お前、本を入れて、誰でも出し入れできるようにするって言っただろ?」
「ああ」
「それでは、本を出した後返すまでの間、誰も使う事は出来ない。まあ、人間の図書館などそういうものだが」
「ああ」
俺は更に頷いた。
屋敷の書庫でも、父上がちょうど本を読んでいる時に、本棚がぽっかりと空いている光景を見たことがある。
「が、例えばだ」
ラードーンは更に手を伸ばした。
空中に魔力の光点をつくって、それに触れると弾けて、文字が浮かび上がる。
光点は文字を出した後も、残ったままだ。
「――なるほど!」
本は知識、そして情報だ。
本という形じゃなくて、知識や情報を蓄える魔法にすればいい。
イメージが急速に固まっていった。
誰でも使える、知識や情報を出し入れできる、どこからでも出し入れできる。
「ふふっ……こうして我の声も届かなくなる瞬間はすこぶるいい男だな」
魔法が、一気に形になった。