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126.化け物とブレーン

 俺は魔導書をテーブルの上に置き直した。


 魔導書はともかく、停戦はありがたい。

 今までは上手く行ってるけど、戦争なんてないのが一番だ。


 ガイとクリス辺りはもっと続けて欲しいって思ってるかもだけど。


「えっと……停戦の話だったっけ」


 俺はゴホン、と咳払いして仕切り直した。


「ああ、どうだ」

「異論は無い。そもそも無駄な戦いなんだ、やめられるのならそれに越したことはない」

「よっしゃ。それじゃあさっそく話を進めさせるぜ」

「ああ。そうだ、停戦もいいけど――」

『そこまでだ』

「――っ!」


 俺はビクッとなった。

 言いかけた言葉を飲み込んだ。


 いきなり割り込んできたラードーンの語気はちょっと強めのものだった。

 普段よりも大分強めで、かなり本気の制止だ。


 ウェルズが目の前にいるから、ラードーンに聞き返すべきか悩んでいると、向こうが合わせてくれた。


『そのまま聞いていればよい。停戦だけじゃなくて、友好とか、不可侵とか、その辺のを頼もうとしたな?』


 俺はちょっと驚いた。

 口に出す前で、頭の中でもまだはっきりと言葉にしてないものだ。


 停戦という話から、じゃあ「こういうのも」という考えが浮かんだばかりだ。


 その「こういうのも」の段階で、ラードーンははっきりと読み取った事にびっくりした。


 同時に、それを止められる事にびっくりした。

 友好を結ぶのを、なぜとめるんだ?


『安売りはするな』


 安売り?


『とにかくお前からは言うな、向こうが切り出すのを待て』


 えっと……。

 なんだかよく分からないけど、ラードーンがそう言うのなら間違いないはずだ。


 魔法の事ならそろそろラードーンに言い返せるかも? ってくらい知識と経験が貯ったと思ってる。

 だけど、それ以外の事はちゃんとラードーンのアドバイスを聞いた方がいい。

 それは間違いない。


 経験も知識もラードーンの方が完全に上だし、それにラードーンはなんというか、下手なことじゃアドバイスなんてして来ない。


 して来る位なら、よっぽどの事のはずだ。


 だから俺は全面的にラードーンのアドバイスに従うことにした。


「ん? 停戦もいいが――なんだ?」


 俺が言いかけた後何も続けないのを不思議がって、首をかしげて聞き返してくるウェルズ。


「ああいや、その――スカーレットの話だ」


 俺はいろいろ考えて、その話を持ちだした。


「スカーレットはどういう扱いになってるんだ?」

「その事なら問題ねえ」


 ウェルズはにやりと笑った。


「仮にも王女、言い方はあれだが使い道はいくらでもある。戦況がどう転んでも良いように、公式的な何かは何もだされてねえ」

「そうか」

「だから、そこの話は巻き戻してえ。王女サマ(、、)の輿入れで友好を結びてえ。今度はマジだ」

「……ああ」


 図らずも、ウェルズの口から「友好」の言葉が出た。

 これで「先に言わせた」事になるのか、ちょっと間を開けて、ラードーンの反応を待ってから、小さく頷いた。


「ああ、ちなみにそこはもう形だけのもんだ。別に王女サマを一度返せとかそういう話にはならねえ」

「それなら助かるよ」


 俺はちょっとほっとした。

 輿入れの準備をするから一旦返せ。


 いつか聞いたような、もめごとの始まりのような事を要求されなくて良かった。


「じゃあとりあえずそれで。いやあ、助かった助かった」


 見るからに脱力して、ほっとしたウェルズ。


 ブルーノとかと違って、話してる最中も余計な気を使わなくていい(ラードーンのアドバイスをのぞいて)相手で、こっちは逆に気楽に話せていた。


 やっぱり、なじみのあるタイプの相手だ。

 こういう相手には――。


「ダストボックス」


 俺は魔法を使って、醸造したワインを取り出した。

 一時間で一年分の時間が経過する魔法の空間、ダストボックス。


 そこから取り出したワインをウェルズに手渡した。


「これは?」

「俺が作ってるワインだ。酒、好きって言ってたから」

「へえ――って、なんだこりゃ」


 ウェルズは栓のコルクをスンと一嗅ぎしただけで、さっと顔色を変えた。


「なにかまずかったか?」

「この匂い、コルクの劣化度合い。これ、三十年は下らねえしろもんだろ」

「すごいな。正確には55年もの」


 何日か前に仕込んだもので、さっと頭の中で暗算したら55時間経過してた。


「それくらいだよな……お前さんが造った?」

「ああ」

「いやおかしいだろ。お前さんのような子供がこれ造れるわけがねえ。酒ってのは善し悪し関係なく、長い短いというのがあるんだ」

「魔法を使ったから」

「魔法だぁ?」

「簡単に言えば時間の経過が早くなる空間を作り出す魔法」

「……なる、ほど」


 驚愕するウェルズ。


「そんな事もできるのか」

「だから遠慮しないで飲んでくれていい。いくらでも造れるから」

「ああ、ありがたくもらうぜ」


 ウェルズはにやりと口角をゆがめた。

 気に入ってもらえたみたいだ。


     ☆


 王都、デュラント邸。


 帰還したウェルズは、一直線にこの屋敷にやってきて、屋敷の主ハンプトン・デュラントと密会した。


 二人っきりの部屋、使用人を全員閉め出しての密会だ。


 向き合うウェルズは深刻な表情をしていて、それを見たハンプトンも眉根に深いしわを刻んでいた。


「どうだったんだ?」

「……よくねえ」

「それでは分からない。もっと分かるように話してくれないと」

「あれはまずい、人間じゃねえ」

「リアム・ハミルトンの事を言っているのだな?」


 暗黙の了解で、このタイミングではその話しかあり得ないが、それでもハンプトンは聞き返さざるをえなかった。

 それだけにウェルズの反応は深刻で、数十年にわたる付き合いの中で、これほど深刻な顔をするウェルズをハンプトンは未だかつて見た事がない。


「あれは一種のバケもんだ。人間の皮をかぶったバケもんだ。下手な魔物よりもずっとやべえ」

「何を見てきた、私に分かるように説明してくれ」

「……」


 ウェルズは小さく頷いた。


 魔導書の事をまず話した。

 パラパラめくっただけで、一瞬にして魔導書の魔法をマスターした事を話した。


 ワインのことを話した。

 リアムから貰った年代物のワインと、それを作る為に時間を操作する魔法を使ったと聞かされた事を話した。


 ウェルズの話が進むにつれて、ハンプトンの眉間のしわがますます深くなっていった。


「にわかには信じがたい、本当に一瞬にして覚えたのか?」

「魔導書を媒体にして使った魔法と本人が使った魔法は違う」

「よく聞く話だな。私にはわからないが」

「戦場に出てると肌で何となく分かるようになる。あの一瞬でそのどっちも使った。一瞬で覚えたんだよ」

「……なるほど」


 ハンプトンは重々しく頷いた。


「ワインは? どこかの年代物を持って来ただけではないのか?」

「年代物の酒で俺が知らねえものはねえ」


 ウェルズは言い切った。


「それにあんな普通の味の酒を五十年以上貯蔵するなんてあり得ねえ。場所と保管にそんな金を使うわけねえ」

「普通の味だったのか?」

「ああ、深みのある味わいだったが、醸造自体は普通だ。酒造りの才能まではねえようだ」


 ウェルズはちょっと軽口をたたいた。

 ハンプトンは笑わないで、真剣に考え込んだ。


「時空間魔法までも使えるということか」

「なっ、やべえだろ?」

「彼を『討伐』するには?」

「正気か?」

「見積もりくらいはだしてもいい。するにしても、させない(、、、、)にしても」

「なるほど……十万」

「十万」


 ほとんど棒読みで、おうむ返しでその言葉を口にするハンプトン。

 顔が呆然としている。


「……それだけの損失を覚悟しないといけないなど、割りに合わなさすぎる」

「だろ? だからやべえって言ったんだよ」

「それは、まだ諦めきれていない連中をちゃんと断念させねばな」

「まだいるのかよ」

「魔物など鎧袖一触だ、と嘯く者達だな」

「あいつらかよ。よし、俺が怒鳴り込んでくる」

「それでは逆効果です、私に任せて下さい」

「わかった、任せる。とにかくあれはやべえ。やっちゃいけねえ」

「ええ」


 ハンプトンは深いため息をついた。


「食べられもしないニンジンで、国を傾けさせるわけにはいきませんからね」

「それともうひとつ。あいつにはブレーンがいる」

「あったのですか?」

「いや、だがいる。停戦の後に、あいつは『じゃあ友好も』みたいな話をしようとしたら、誰かに止められた」

「誰かって誰ですか?」

「わからねえ、だがいる。ちゃんとしたブレーンが」

「なるほど……前の推測と一致しますね」

「ああ」


 頷き合うウェルズとハンプトン。


「化け物級の魔術師に、ちゃんとしたブレーン」

「しかも化け物は聞く耳を持ってる」

「厄介です」

「ちゃんと止めろよ。へたしたらこっちが傾くからな」

「分かっています」


 ハンプトンは真顔で、静かに深くうなずいた。


 二人から始まって、ジャミールの首脳にじわりじわりと。


 リアムの評価が、上がっていっていた。

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2025年1月6日アニメ放送開始しました!

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― 新着の感想 ―
[一言] 加藤宣明さんのコメントの方が読みごたえあるのは気のせいか(^-^;
[気になる点] アホか。なんで攻め入られて無傷で完勝した側が手を差し伸べるんだよ?考えたらわかるだろ少しは頭使え
[一言] 聞く耳を持ってる?違うただ自分で考えないだけの馬鹿だ
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