125.瞬間マスター
馬に乗った指揮官らしき武将が一人。
その指揮官が率いる人間の兵の一団が街に入って来た。
数は100と少数だけど、全員が精悍な顔つきをしてて、一糸乱れぬ行軍をしている。
明らかに練度が前の2万の兵とは段違い、いや格が違う感じの部隊だった。
前もって連絡があって、戦闘ではなく交渉に来るという話だったから、こっちも迎撃せずに街に入れた。
とはいえ今までの経緯から油断ならないから、俺が直接出迎えることになって、更にガイ、クリス、レイナなどリーダー格の魔物が一緒に来ている。
その部隊の指揮官、馬に乗っている男は町に入ると馬から飛び降りて、こっちにやって来た。
「ウェルズ・ウェアだ。お前か、リアムってのは」
「リアム・ハミルトン。よろしく……でいいのか」
「おう」
俺が差しだした手を、ウェルズは握り返した。
ガッチリ握り返してきた手はゴツゴツしていて武人の手だった。
「ここの王様――って事でいいんだな」
「一応」
「そうか。いやあすげえわな、お前みてえな子供がなあ、報告は聞いてたけど実際に見ても信じられねえ――」
ウェルズがそんな事を口にした途端、左右から同時に何かが飛び出した。
ガイとクリスだ。
「無礼でござる」
「ご主人様に対して何様のつもり?」
二人は怒気を孕んだ攻撃をウェルズに放った。
ウェルズの後ろからも兵士が飛び出して迎撃するが、あっという間にガイとクリスの二人に吹っ飛ばされた。
二人はその勢いのまま更にウェルズに迫るが。
「やめろ二人とも」
ピタッ。
二人の攻撃がウェルズの眼前に迫ったところでピタッと止まった。
俺の命令で攻撃を寸止めした二人は、同時にこっちを向いた。
「主、何故止めるのでござるか」
「そうだよ、こんな礼儀知らずなんかここでぶっ飛ばしちゃえばいいんだよ」
「いいから、下がってて」
「……分かったでござる」
「……はーい」
ガイとクリスは渋々下がった。
下がっても、狂犬の様な目つきでウェルズを睨みつけたままだ。
「悪かった。いきなり手を出して」
「こっちもすまねえな、こういう性分でよ、悪気はねえんだ」
豪快にガハハと笑うウェルズ。
うん、それは分かる。
リアムの体に乗り移るまで、通い慣れた酒場じゃこの手合いが大勢いる。
本人はまったく悪気なんてないんだ、ただ普段通りにしてるだけ。
ある意味、リアムになってから出会ったどんな人間よりも親しみを感じられる相手だった。
「そっちの二人も悪かった。怪我をしているのなら治療させてもらう」
「大丈夫だ。おう、そうだな」
「「はっ」」
吹っ飛ばされた二名の兵は、顔を腫らしながらも立ち上がったが、ごくごく軽傷で済んだようだ。
一瞬にして吹っ飛ばされたが、ガイとクリスにやられても全然ピンピンしているのか。
ウェルズ――親衛隊総隊長が率いてきた100名、精鋭揃いのようだな。
そのウェルズからして、ガイとクリスの攻撃が目の前に迫っても動じなかったんだから、胆力はずば抜けている。
油断出来ない相手だ、と俺は密かに気を引き締めた。
☆
ウェルズを迎賓館に案内した。
招いたのはウェルズだけ、他の兵は別の部屋を用意して休ませている。
「粗茶です」
「お、綺麗な姉ちゃんだ」
客に出すためのお茶を持ってきたエルフメイドの一人を見て、ウェルズはデレデレした感じで言った。
エルフの子はそんな事を言われるとは思ってなくて、恥ずかしそうに顔を覆って部屋から逃げ出した。
「ありゃエルフだろ? やっぱりいいよなエルフは。なあ、一人紹介してくれねえか?」
「紹介? ……女としてって事?」
「おう」
「そういうのが好きなのか」
こういう場なのに、って暗に匂わせながら聞く。
「おう。ケンカに女に酒、人生にかかせねえ物だろ」
俺は苦笑いした。
ますます俺がよく知っている人種と似ているタイプだ。
「紹介はしないけど、口説くのは別にいいよ。相手が自分の意志でオーケーだったら後は好きにしていい」
「そうか、じゃあ後でな」
「それで」
俺は真顔になって、ウェルズが来た理由を聞いた。
「今日はなんのために?」
「まあ、停戦をってところさ」
「停戦」
「ああ、これ以上はやめようってこった。もちろん正式に調印する、『教会』に立会人をやってもらうつもりだ」
教会、か。
王国という言葉は色々指す場合があるが、この百年、教会という代名詞はたった一つの物を指している。
全世界の6割の民が信徒であり、どの国よりも影響力を持つ教会。
国王であろうと、教会から異端指定されれば世界の敵になりかねない、それくらいの強大な存在。
その教会に立ち会ってもらう調印なら、理不尽に破られることはない。
だが……話がうますぎる。
ここに来てこんなに良い条件で停戦を申し込んで来るのはなぜか。
こっちがかけた脅しが強すぎてそうなったのか?
あるいは何か狙いがあるのか?
考えてもわからない、ラードーンにアドバイスを――って思ったその時。
「もちろんタダとは言わねえ。お前さんが魔術にぞっこんだって聞いたから、これを持ってきた」
ウェルズはテーブルの上に一冊の魔導書を差しだしてきた。
「ジャミールが持ってる、一番レア度の高い魔導書だ」
「魔導書!」
俺は魔導書を手に取って、開いてみた。
間違いなく魔導書だ、偽物じゃない。
軽く読み進めて、魔導書通りに発動する。
同時魔法の全ラインを使って発動する。
魔法はほぼ一瞬で発動し、マスターした。
二人の間のテーブルが石に変わった。
「なっ」
物質を石化させる魔法。
それまで飄々としていたウェルズは、それを見た途端驚愕した。
「覚えたってのか? 今の一瞬で?」
「ああ」
「ばかな……魔法ってそういうもんじゃねえだろ……」
驚き過ぎて、言葉を失ってしまうウェルズだった。