122.威嚇射撃
「お目通りかなって光栄でございます、陛下」
迎賓館の中、俺の前で跪くブルーノ。
彼は部屋に入った瞬間、流れるような――ものすごく自然な動きで俺に跪いた。
「座ってくれ兄さん。俺に何か話があるって?」
「ありがとうございます」
ブルーノは立ち上がって、貴族らしい所作で、礼を失しないように、かといって過度の謙遜にもならないようにソファーに座った。
このあたり、ブルーノは俺よりも数倍もすごい。
俺はこのリアムの体に乗り移ったか転生だかしてまだ一年も経っていないが、ブルーノは生まれた時から貴族だ。
この辺の振る舞いはすべて心得ている感じだ。
「まずは、陛下の戦勝に衷心よりお祝い申し上げます」
「戦勝」
「陛下のご采配、そして単身での敵兵殲滅。いずれも噂になっております。既に吟遊詩人どもがうずうずしているという話も耳に入っております」
吟遊詩人とは庶民の貴重な娯楽の供給源だ。
王候貴族の英雄譚を歌ってまわるのが仕事で、庶民にとって上流階級の知らない世界を知る貴重な相手だ。
「俺の話が出来てるのか?」
「もちろんでございます。私が知っている限りでも、既に三つの物語が存在しています」
「三つ」
「はい。魔竜と魔物を従える魔王、愛の心で魔物を改心させて従えている魔物使い、純粋なる大魔道士――簡潔に言えばこのような三つの物語があります」
「愛の心うんぬんは興味をそそられるな」
俺も昔は、強さだけがウリの安酒を飲みながら、吟遊詩人が歌う英雄譚を聞くのが好きだった。
愛の心でどうこうしたというのは、客に受けがいいタイプの話で俺も結構好きだった。
一方で、ちょっとむずがゆさを感じた。
物語の主人公に自分がなっているというのは思ってもなかったことで、嬉しさよりも気恥ずかしさが先に来た。
それをごまかすように、俺は話を逸らした。
「それよりも、俺に話があるってのは? まさかおめでとうって言いに来ただけじゃないよな」
「はい」
ブルーノは真顔になった。
「陛下は、どこまで戦い続けるおつもりなのかを、お聞かせいただきたく参上いたしました」
「どこまで戦うかって?」
「恐れ多くも、私と陛下が兄弟であった事がジャミール王国の上層部に伝わっているようで、非公式に橋渡しは可能かと打診がありました」
「橋渡し……それってつまり」
俺が言うと、ブルーノは小さく頷いた。
「王国は、これ以上の戦いを望んではいない。そのようです」
「なるほど」
俺は頷きつつ、苦笑いした。
『人間は変わらんな』
ラードーンは口を開いた。
ものすごくつまらなさそうな、侮蔑を孕んだ口調で言う。
『鉱脈目当てに一方的に開戦したというのに、旗色が悪ければこれだ』
「……魔晶石の件はどうなる」
ラードーンのさげすみの言葉の中からその事を思い出して、ブルーノに聞いた。
そう、元々はそういう話だ。
この魔法都市の特殊な構造で大量生産が可能になった魔晶石・ブラッドソウル。
それを狙って攻めてきたのがこの戦いの始まりだ。
「それに関しては、必要ならば人身御供を、という話でございました」
「人身御供?」
「一部のものが金に目が眩んで暴走した――というシナリオでございます」
「……」
『これだから人間は』
ラードーンはますます呆れ、さげすんだ。
不快な気持ちが俺にも生まれた。
俺は少し考えて、その不快な気持ちを抑えながら、ブルーノに返事をした。
「わかった。こっちは最初から戦うつもりはなかった、停戦は望むところだ」
「おお」
「ただし」
ブルーノは一瞬ぎょっとした。
俺が「ただし」と言い出すのを予想してなかったようだ。
「人身御供とかそういう話は無しだ」
「……はい」
俺の不機嫌に気づいたか、ブルーノは重々しく頷いた。
「もしもそういう風に――そうだな、トカゲのしっぽ切りをするんなら、今以上の惨状を見せると伝えてくれ」
「今以上の惨状……でございますか」
「ああ。それを伝えるのにどれくらいかかる?」
「明日中には、関係の重臣らには」
「わかった、じゃあ伝えてくれ」
「承知致しました。直ちに伝えて参ります」
☆
次の夜、俺はテレポートでジャミール王国の都に飛んだ。
前にスカーレットと何回も来ているから、テレポートで来ること自体は難しくなかった。
『で、何をするのだお前は』
「なんだと思う?」
『都でも落とすか? 単身で落として見せれば更に英雄譚が増えるぞ』
ラードーンは愉しそうに、半分からかう口調でいった。
「そんな事はしないさ、ただ、ちょっと警告をするだけだ」
『警告?』
「ああ、ブルーノの伝言がそろそろ届いてる頃だろ?」
『そうだな、そういっていたな』
「だから――アメリア・エミリア・クラウディア」
俺は憧れの三人の歌姫、その名前を唱えた。
詠唱魔法に必要な口上、魂を奮い立たせる口上を口にして、魔力を高める。
そして、魔法を行使する。
ライト。
明かりを灯すだけの、きわめてシンプルな魔法。
明るくなる以外何も効果のない魔法だ。
そのライトを、都にある数十軒の、役所などの重要な建物やら、金持ちの屋敷やらの屋根に放った。
瞬間、屋敷達が一斉に輝きを放ちだす。
都の民が異変にざわつきだす。
「これが警告だ。いつでも都をやれるぞ、っていう」
『ふふっ、それでただのライトか――相変わらず面白い事を考える』
「だめか?」
『いいや、発想が面白い。さすが魔法を極めようと思っているだけの事はある』
しっぽ切りに対して不機嫌になっていたラードーンは、その反動からか、とても愉しげに俺を褒めたのだった。