121.それでいいのか?
『聞こえているか』
夜、アナザーワールドの中の家で休んでいると、ラードーンの声が聞こえてきた。
「ラードーンか? 何かあったのか?」
勉強&訓練のために、いろんな魔法を順番に使っていくのをやめて、意識をラードーンの「声」に集中した。
『そこを開けてくれ、そのままでは入れぬ』
「ああ、うん」
俺は言われた通り、アナザーワールドの入り口を開いた。
家からでて、今や家の二十倍以上はある空き地に立って、入り口を開いた。
するとすぐにラードーンが入ってきた。
入ってきた瞬間はドラゴンの姿だったのが、俺の前に来た頃には例の幼い女の子の姿になっていた。
「なんだ、また魔法の鍛錬をしておったのか」
ラードーンはまわりを見て、そんな事をいう。
何となく犬がスンスンと鼻をならして嗅ぎ分けている――なんて言ったら怒られそうだから慌ててその考えを振り払った。
魔法を使っていたのは事実だから、そこは素直に頷いた。
「ああ」
「お前は本当に魔法が好きだな」
「憧れなんだよ、魔法が」
「ふっ、そうか」
ラードーンは微笑みながらそう言った。
なんとなく嬉しそうに見えるのはなんでだろうか。
「というか、なんで戻ってきたんだ? 何かあったのか?」
「終わったのさ」
「終わった?」
「うむ、連中は引き上げていった。責任者がまた挨拶に来るとは言っていたがな」
「引き上げた? もう? 一万人くらいの遺体はあったはずなのに、もう終わったのか?」
「ふっ」
ラードーンは皮肉っぽい感じで笑った。
「人間の社会は金が全て、と、人間のお前には釈迦に説法であるべきなのだがな」
「金が全てなのはわかるけど……」
俺は見た目通りの子供ではない。
この体に乗り移るまでは、それなりに社会経験のある普通の大人だ。
金が全てという言い方には、七割方賛同できてしまう。
「死体の回収も一緒よ。連中は身なりのいい、指揮官や隊長クラスの人間のみを回収していった」
「それって」
「金のない雑兵どもは野ざらしが定めなのさ。人間は未だに変わってなくて少し安心したよ」
ラードーンは皮肉っぽくそう言った。
なるほどそういうことか。
言われてみれば当たり前の事か。
遺体と言えば、人間一人分のサイズと重さだ――もちろん状態次第で減ったりするけど。
そのサイズのものを、見るも無惨な状態で運搬するのは、体力と精神力の両方を通常以上に要求される。
つまり、金がかかってしまうのだ。
普通の運搬よりも、多分かなりかかってしまう。
「それより――お前、また魔法を編み出したのか」
「ああ、分かるのか?」
「無論だ。どんなものだ?」
俺はラードーンに、編み出した魔法の説明をした。
「ほう、面白いな」
「そういう魔法は今まであったか?」
「似たようなものはあった。が、その使い方は恐らくない」
「そうか」
「お前の発想はいつも面白いな――ならば」
ラードーンはふっと笑い、悪戯っぽい笑みを浮かべながら言ってきた。
「それだけでよいのか?」
「え?」
「その魔法、使い方はそれだけでよいのか? と聞いている」
「どういう事だ?」
「種明かしは後でしてやる。それだけでよいのか? 考えてみよ」
「はあ……」
ラードーンが言うのなら……と、俺は改めて考えた。
編み出した魔法で、街のあっちこっちに見えない「食料貯蔵庫」をつくった。
限定された状態だけど、この街――魔法都市と化しつつあるここの魔法が封じられたら食糧が解放される仕掛けだ。
その魔法は、それだけでいいのか。
それだけというのはどこを差すのか。
俺はまず、使い方から考えた。
「武器も隠しておけるよな。うん、明日になったら隠してこよう」
「それだけでよいのか」
「え? ああ……そうだな」
ラードーンに促されて、俺は更に考える。
他になにか隠しといた方がいいものってあるかな。
「ああそうだ、魔法戦鎧、魔法を封じられたら変形できないかも知れない。あらかじめ変形したものをしまっとこう」
「それだけでよいのか?」
三度、ラードーンは同じ言葉を繰り返した。
なんだか意地悪されているっぽい気分になってくるが――ラードーンがそんな意味のない事をするわけがない。
俺は更に考えた。
それだけでいいのかで、それ以外に出来る事を。
やがて――
「――っ!」
「どうした」
「ちょっといってくる」
「我も行こう」
「わかった」
俺は頷き、ラードーンを連れてテレポートでとんだ。
とんできた先は、夜の海だった。
星空の下で、漆黒の海が奏でる潮騒は、引き込まれてしまいそうな、不思議な「魔力」があった。
それを尻目に、俺はサラマンダーとノームを召喚した。
「ノーム、こういう透明の砂をより分けて出してくれ。サラマンダーはそれを溶かしてくれ」
精霊の二体は命令に忠実に従った。
土の精霊は、砂浜の砂から俺が指定したものを軽々と抜き出した。
砂の中には、透明に見えるものが混ざっている。
これは天然のガラスの原料だ。
普通にやるとそれをより分けて、量を集めるのがものすごく大変だが、そこは土の精霊ノーム。
砂みたいなものの中からなにか一種類だけを抜き出すのは朝飯前だった。
そしてサラマンダーがそれを溶かすと――ガラスの原料になった。
それを使って、俺は「ガラスの塊」を作った。
そのガラスの塊で、ガラスの壁を作った。
俺よりも遙かに大きい、5メートル四方の立方体のガラスの塊だ。
「ふむ、これをどうするんだ?」
「街のまわりにぐるっと配置する、もちろん消した状態で」
「ほう」
「いざって時には、ぐるっと街を取り囲む厚さ高さとも5メートルの城壁になる」
「なるほど、外の様子が見えるのはいいな」
ラードーンは「ふむ」と満足げに頷いた。
「ありがとう、ラードーンのおかげで思いつけた」
「種明かしをしてやろう――と思ったが、気づいているだろう?」
「説明してくれるともっとわかりやすい」
「ふふっ、よかろう。そういう手法なのだ。提案に対して、内容関係なくとにかくそれでいいのか? と問いかけるだけ。人間というのは不思議なものでな、最初の思いつきは大抵欠陥だらけだ」
「ああ」
俺は深く頷いた。
その事は、この魔法を編み出したときに、ジョディのアドバイスで何度も試行錯誤を繰り返した事がまだ記憶に新しい。
「このやり方をすれば、大体五・六回あたりで名案が出てくるものだ」
「そうだったのか……」
「まあ、大抵の人間は?」
ラードーンはニヤリと笑いながら。
「途中で逆ギレを起こすがな。お前は面白い男だ」
感心した、称賛する目で俺を見つめてきたのだった。




