119.発想の逆転
『もしもし、こちらアスナ。街の東の端っこにいるよ』
『ジョディよ。言われた通り西側に来ているわ』
街の中心で、二人とテレフォンで通話をしていた。
「二人ともちゃんと聞こえてるか?」
『うん、聞こえてるよ』
『これからどうするの?』
やりとりが出来たことを確認してから、俺は二人に告げた。
「今からある魔法を使う」
『なんの魔法なの?』
「それは言えない。だけど、魔法の効果が出たって思ったら、こっちに戻ってきてくれ」
『うん、分かった』
『そういうことなら、いつでもいいわ』
「じゃあ、いくぞ」
俺はそういい、魔法を使った。
「マジックキャンセラー」
師匠からもらったマジックペディアの中にあった魔法の一つで、今まで使ってこなかった物の一つ。
効果はいたってシンプル、発動している魔法を「かき消す」ものだ。
それで「テレフォン」の魔法を消そうとした。
次の瞬間、二人の声が聞こえなくなった。
声だけじゃない、そもそも「テレフォン」自体がなくなっている。
成功か? と思った次の瞬間。
「リアム!」
街の東側から、風の如く超スピードでアスナが走ってきた。
「どうだった?」
「聞こえなくなった! だから戻ってきた」
「そうか」
「今のってどういう事?」
「ジョディが戻ってきたら説明するよ。それまでに靴紐、結びなおしなよ」
「おっとまたか。全力でダッシュするとほどけたり切れたりするんだよね」
アスナは苦笑いした。
俺の使い魔になって能力に覚醒した彼女は、ものすごいスピードを手に入れた。
そのスピードに靴が耐えきれない、ということなんだろうか。
何か彼女の靴を……と、そんな事を思いながら、一緒にジョディを待った。
アスナの時よりも大分長めに待って、ジョディが歩いて現れた。
「ただいま、リアムくん」
「お疲れ様」
「魔法を打ち消したのね」
「ああ」
俺は頷いた。
「魔法を打ち消したってどういう事?」
「そういう魔法があるんだよ、発動した魔法を消す魔法、あるいは結界が。それを使ってテレフォンの効果を無くした」
「へー、でも、なんのために?」
「戦争が続くと、場合によってはこの街が包囲される可能性がある。包囲されて、籠城戦になる可能性が」
「ふむふむ」
「最初はそれを大丈夫だって思ってたんだ。包囲されても、テレポートがあればどうとでもなるって。だけど、俺がもしテレポート持ちを包囲する側になったら、まずはそれを阻止するところから始めると思ったんだ」
「そうね、物理的にだけじゃなく、魔法的にも囲まなければ包囲の意味がないものね」
ジョディは納得して、深く頷いた。
「そういうこと。それでこのテスト。テレポートとテレフォンの『本質』は同じ魔法だ。テレフォンが邪魔されるのなら、テレポートも相手次第で使えなくなる可能性がある」
「考えすぎなんじゃないの?」
アスナはそう言うが、俺はゆっくりと首を振った。
「さっきも言っただろ? 俺ならそうするって。魔法に詳しい人間だったらまずそれからやると思う」
「リアムくんの魔力に負けて封じ込め出来ない可能性は?」
「むしろ俺が負ける可能性を考えなきゃ。ラードーンか、それと同格の存在なら簡単に阻止できると思う」
俺がこの事を考えた理由の一つがラードーンだ。
彼女は今、俺に協力して、ジャミール軍の戦場探索を見張ってる。
つまり俺に、人間に肩入れしてる。
そもそも「三竜戦争」というものに深く関わっているのがこの約束の地だ。
ラードーンと同じように、人間側に加担してる竜かそれと同等以上の存在があってもおかしくない。
可能性がある以上、対処するべきだ。
「そっか……リアムのテレポートが封じられて、応援を呼びにいけないって事だね」
「それもそうだけど、もうひとつ」
「何かしら」
「本当に籠城になったら食糧がいる。それも最初は『アイテムボックス』に年単位の食糧を貯蔵しとけばいいって思ったんだけど、アイテムボックスも封じられる可能性がある」
「そういえばそうね……ふふ」
「どうしたんだジョディ」
聞くと、ジョディは楽しげに笑いながら答えた。
「いえ、純粋にすごいと思って」
「何が?」
「アイテムボックスさえあれば、十年でも二十年でも籠城できるということでしょ? 資材的な意味で」
「ああ、確かに。準備はいるけど、そういうことになる」
「十年持つ籠城戦なんて、聞いた事もないわ」
なるほどそういうことか。
確かに、俺も聞いた事はない。
自分では「出来る」って言い切ったけど、普通はそれ無理だよなあ。
「それで、リアムはどうするつもりなのさ?」
「魔法を使えないから、大規模な蔵を造って、そこに食糧を貯蔵する」
「正攻法ね」
「だね」
「そうなれば、早速場所を見繕って建てさせた方がいいわね。食糧も今のうちから運び入れた方がいい。ジャミール軍がいつまた侵攻してきてもおかしくないわ」
「そうだな。どこら辺がいいかな」
俺はまわりを見回して、考えた。
食糧を貯蔵する蔵をどこに置いたら一番いいか、それを考えた。
「アスナ、靴紐がほどけているわよ」
「え? あっ本当だ。一度解いちゃうとまた解けやすくなるんだよね――あっ切れた」
靴紐を結びなおすアスナ、唇を尖らせてしまう。
「……それだ」
「それだって? なにが?」
俺は無言で、アイテムボックスを呼び出して、中から布袋を一つ取りだした。
口のあいた袋を、魔力を使ってふたをする。
「……?」
「そういうことね、すごいわリアムくん」
「え? どういう事なのジョディさん」
「逆転の発想よ。魔法で開くのじゃなく、魔法で閉じていたものにすればいいのよ。」
「そっか! そうしたら魔法を封じられても」
「自然と開く」
ジョディの説明で、アスナも俺の意図を理解した。
二人は一斉に、感心した眼差しで俺を見つめてきた。




