118.ラードーンのいたずら
迎賓館の中、俺は若い男と向き合っていた。
文官の服装に身を包んでいる三十代の男で、男は座っている俺に深々と頭を下げた。
「リアム陛下にお目通りが叶い至極光栄に存じます。私の名はニック・ノース。ジャミール王国外務大臣、ロビー・ルランドの名代で参りました」
「えっと、よろしく。とりあえず座ってくれ」
「ありがとうございます」
ニックと名乗った男は、慎重に俺がすすめた席についた。
そして座り姿でも恭しさを失わずにこっちを見つめてくる。
「で、何の用だ? 名代ってことは、使者……ってことか?」
「さようでございます」
ニックは小さく頷いた。
「リアム陛下におかれましては、寛大な御心で、戦場探索をお許しいただきたいのです」
「戦場探索?」
俺は首をかしげた。
戦場って、この前交戦した所だよな。
そこを探索するって、何を調べるんだ?
『死体の収容だよ』
頭の中でラードーンの声が聞こえてきた。
『我にはその感情は分からぬが、人間にとって死体――いや、遺体と呼んでいたか、それはかなり重要なものらしい』
ああ……なるほど。
遺体の引き上げのためってことか。
『うむ、戦争の度にこういう事はよくあった。どっちかが滅ぶまで決してやめない様な戦いでも無い限りは、そういう申し出は許可されてきた。遺体すら戻ってこないのでは国民からの突き上げがキツいらしくてな。こればかりは明日は我が身、ということだ』
なるほど、話は分かった。
俺は頷き、ニックに再び視線を向けた。
俺が考えごとをしていると見えるような、ラードーンとのやりとりの間も、彼は邪魔することなく静かに俺の返事を待った。
「分かった、許可する」
「ありがとうございます」
「じゃあ、現場に向かおうか」
「え? 陛下自らですか?」
「さすがに無条件で入れるわけにはいかないからな。ちょっとイジってくる」
☆
「こ、ここは……」
「一瞬で?」
「これが……神聖魔法……」
ニック率いる使節団を連れて、テレポートで郊外に飛んだ。
最後に撃退した場所、俺が大魔法を放ったところだ。
魔法を放った先は今や黒焦げになっていて、遠目からでも色々転がってるのが見える。
そんな所に連れてきたが、ニック達はテレポートにより驚いていた。
それは都合がいい、驚いてる間にこっちの事をやってしまおう。
俺は一歩前に進み出て、魔法を使う。
「モスキートネット」
今でも遠くにうっすらと見える、赤い国境をはった結界の魔法だ。
今度はそれを、青色にした。
ジャミールとの国境と続いている街道から、この戦場跡まで青く包み込んだ。
赤い壁の一角に穴をあけて、青い道を作った形だ。
その青い道の外側に再び赤の壁をはった。
まさかこの使者団だけで遺体の収容をする事もないだろう。
俺の許可が下りた、ってのを伝えて、正式に部隊でも送り込んでやらせるんだろう。
『ふふ、初めての話でもさすがにこれくらいの事はわかるか』
ラードーンがいつものように楽しげに笑った。
最近、ますます彼女が教師に思えてきた。
俺が「正解」を出す度に、彼女はこうして楽しそうに言ってくるのだ。
「こ、これは……今のは、陛下が?」
一方で、ニックは俺がやったことを見て、再び驚いた。
「ああ。この青の中は自由に通っていい。許可無く赤い壁を越えたら」
「こ、越えません。誓って」
ニックは慌ててそう言った。
まるで俺の温情の心変わりを恐れての反応だ。
その反応を見れば、何もないのはわかるが、万が一って事もありうる。
レイナ達に――いや、ガイ達に頼んで、遠くから監視しててもらうか。
『その必要はない』
「え?」
『我が手伝ってやろう』
「ラードーンが?」
俺は驚いた、ラードーンがこうして、自分からすすんで協力を申し出てくるのは割と珍しかった。
俺が頼めば、割と協力してくれる。
しかしそれは俺が「何をすればいいのか分かっている」時で、それを頼んだときラードーンはほとんど断らない。
だけど自分から進んでなのは、これが初めてなんじゃないだろうか。
『宴の時にやったあれ、もう一度やってみるがいい』
「あれ?」
『魔法陣だ。見せるだけでいい』
「あれか……わかった」
俺は手を天に向かって突き上げた。
逆円錐形の、積層の魔法陣を作りあげた。
おそらくは数キロ離れた先からでも見える威容を誇る魔法陣。
それを至近距離で見せられたニックらは驚いた。
「へ、陛下。何を……」
『もういい、魔法陣を納めよ』
俺は頷き、魔法陣をしまった。
直後、光が放たれた。
まばゆい光がまわりに充満した後、なんと、ラードーンがそこにいた!
いつぞやの小さな女の子の姿ではない。
最初にあった、森の中で鎮座している巨大なドラゴンの姿だ。
「こ、これは……」
「まさか……魔竜!?」
「それを召喚したというのか!?」
ますます驚愕するニック達。
そこに、ラードーンが口を開く。
威厳のある、重々しい口調がこの場にいる全員の鼓膜を強く打った。
「わかった、見張っていてやろう」
「「「!!!」」」
ニックらの驚きが、目に見えて最高潮に達した。
『ふふふ、お前への恐怖を煽るのは、存外面白いな』
ラードーンは俺だけに聞こえる声で言ってきた。
彼女の言うとおり、ニック達は畏怖の目で俺を――一部震えていた――見つめて来たのだった。




