116.危険な存在
ジャミール王国、王都某所。
三人の男たちが深刻な表情で顔をつきあわせていた。
文官の格好をしている、中年の恰幅の良い感じの男。
兵務大臣、ハンブトン・デュラント。
頬に大きな傷跡があり、いかにも猛々しそうな武将の顔で、重厚な鎧を身につけている。
親衛軍総隊長、ウェルス・ウェア。
そしてウェルスよりも格が落ちる質素な鎧を身に纏い、あっちこっちが土埃だらけの青年武将。
ハーレイ・イースト。
ハンブトンとウェルスが座っているのに対して、ハーレイは二人に土下座している、という格好だった。
「申し訳ありません。兵を失ったのはひとえに私のミスです。いかなる処罰も甘んじて受ける所存です」
「おめえがこんなボロボロにされて帰ってくるたあな。どれくらい失ったんだ?」
「逃走兵も含めて、八割を損耗しました」
「相手は?」
「……」
ハーレイは押し黙った、うつむいた顔は唇をかみしめていて、土下座の手も床をわしづかみにする勢いで爪を立てている。
ハンブトンとウェルスが視線を交換した。
よほどの大敗だと理解したのと、これ以上の追及はよそうという合意だ。
「それよりも、詳細を報告して下さい」
「詳細……でありますか」
「これ以上の敗北を喫さないために、負けた時の状況を事細かに伝えて下さい」
「おう、それが敗戦の将の義務だ。しっかり務め上げろ」
ウェルスのおそらくは心遣いに、ハーレイはハッとして、顔を上げた。
血がにじむほどかみしめた唇を解放して、一度深呼吸。
気持ちを切り替えて、よどみなく話し始めた。
真面目な将であるのが、その切り替え方と、報告の内容からも窺える。
彼は率いた軍と、リアム=ラードーン軍との戦いの全てを話した。
数日間にわたる、一方的な戦いの様子は、語りきるまでに二時間はかかった。
その間ずっと黙って聞いていたウェルス、気になるところを指摘して、掘り下げるハンブトン。
やがて、全てを語り終えた後、だまっていたウェルスがハンブトンの方を向いて。
「どう思うよ」
と聞いた。
ハンブトンは物静かなまま、しかし難しい表情で。
「二人……と思います」
「なにが?」
「作戦の参謀、もしくは軍師に相当する人間が」
「そういう意味か。ああ、二人だな」
ウェルスは大きく頷いて、ハンブトンの意見に同調した。
「最初の小技と、最後の大技。あきらかに作戦を立てたヤツの性格が違う。別人だ」
「そうですね。どちらもやっかいですが……怖いのは小技の方」
「それも同感だ。どう聞いたって、全部の作戦に、リアムとやらが魔法で絡んでる」
「え?」
ウェルスの言葉に驚くハーレイ。
彼が今まで気づかなかったことを、話を聞いただけのウェルスは気づいていた。
「そうですね、魔法を得意とする王の性質をよく知っていて、その良さを引き出している作戦。やっかいです」
「それがそいつ本人だって可能性は?」
「考えたくないですね」
ハンブトンは首をゆっくり振って、ため息をついた。
「なんでよ、性格と才能があってるからか?」
「我が国の宮廷魔術師の性格は?」
「あん? なんでえいきなり。わがまま?」
いきなり話が飛んでも、ウェルズはハンブトンの質問に答えた。
「宰相は?」
「偏屈じいさん」
「大将軍」
「一緒に酒飲めねえな」
次々と向けられる質問を、次々と答えていくウェルズ。
ハンブトンがあげた人間はいずれも、高位にあって性格に難ありの人間のようだ。
「リアム本人は最後に、大魔法を放ってきた」
「おう」
ウェルスは大きく頷いた。
「小技もやってきた」
「ああ」
「もしどっちかが本人の発案なら、彼は自分の考えとまったく違う意見を普通に取り入れる事ができる人間ということになります。しかも自分が実行する側なのに」
「……やべえな」
ウェルズの表情が初めて変わった。
「王でありながら、戦略級の大魔道士級の能力を持つ人間が、自分とまったく違う意見を取り入れられる柔軟な思考が出来ると思います?」
「少なくとも、ジャミールの上層部にゃいねえな」
「自分ならできると主張する場面ですよ」
「むりむり、俺が一番偏屈だ」
ウェルズはかかかと笑った。
ハンブトンも、ふっと比較的和らいだ笑みを浮かべた。
それも一瞬だけの事、二人の表情は再び翳った。
それに釣られて、ハーレイの表情もますます険しくなった。
「あの国の評価、しなおさねえといけねえな」
「陛下に進言して頂けますか?」
「おう、それが俺の仕事よ。ちょっとケンカしてくらあ」
「ほどほどにしてくださいね。やり過ぎてあなたがどうにかなったら本末転倒ですから」
「はは、この国で一番偏屈なのは王様だったってオチか?」
笑い合うハンブトンとウェルズ。
この場は、これで解散した。
大敗北を喫したハーレイは、処分が下るまで自宅謹慎をハンブトンに命じられた。
無論、ハンブトンもウェルズも、この敗北で大きな処分をするつもりはなかった。
むしろ国王に何か言われれば、かばうつもりでさえいた。
それほどに話を聞いた二人は、リアム=ラードーンの国王、リアムの事を全力で警戒し始めていた。