115.エターナルブレイズ
夜、遠目にジャミール軍の陣地の混乱を眺めていた。
連日の夜襲で、この日の襲撃が終わっても、陣地は遠くから眺めていても分かる位、混乱に陥ったままだった。
『王よ』
テレフォンが入ってきた。
優しげなイメージがする、青少年の声だ。
声だけじゃ分からないが、このタイミングならノーブルヴァンパイアの誰かだろう。
「どうだった?」
『作戦通り、夜襲で倒した兵には、首筋に吸血痕を残してきました』
「ご苦労、街に戻って休んでいいよ」
『わかりました』
テレフォンが切られて、再び夜の静寂がもどってきた。
『なんのためにそうさせた?』
「アルカードの援護。夜にバンパイアが来る、って印象づけるため。向こうは昼間でも活動できるノーブルヴァンパイアの存在をまだ知らないはずだから」
今のところ、有名なのは賞金首になっているガイとクリスくらいだ。
ノーブルヴァンパイア勢はまだ存在を知られてなくて、首に残った牙の跡二つ――吸血痕を見れば、夜だけしか活動できないバンパイアを想像するはず。
「これで向こうは夜をより警戒するはずだ。ついでに――人間って頭に残しておけることはそんなにないってさっき言っただろ? この先バンパイアがらみの事は夜だけ警戒するようになる」
『ふむ』
「アルカードが行動しやすくなるし、いざとなったら『昼でもバンパイアがでた』って攪乱にも使える」
『よくそこまで考えるものだな。感心するよ』
なんか褒められた。
「これで撤退してくれると嬉しいんだけど」
『そうなればよいな』
「……しないのか?」
ラードーン一流の、もったいぶったまわりくどい言い方。
語気も相まって、こういう時のラードーンの台詞は別の意味が隠されている。
この場合、「これで撤退しない」って、断言されている様なものだ。
『そこまで搦め手を重ねたことは素直に感心する。我には到底出来ぬ事よ。だが』
「うん」
『それをやられた相手はこう考えよう。こんな小技を続けるのは、自軍の戦力に自信がないからだ。と』
「なるほど」
『博徒の話はしたな?』
「…………負けが込むと一発逆転を狙うようになる?」
『その通り』
ラードーンは「ふっ」と笑った。
『どうにか正面衝突に持ち込めば、一回の決戦で全てにカタがつく。向こうはそう思っているだろうな。致命的な損害をくらうまで撤退はなくなった。そういう意味では逆効果だろうな』
「逆効果なのか?」
『ふふっ、しょげるな、言い換えよう』
ラードーンはいつものように楽しげに笑った。
『下ごしらえも調理の手順も文句のつけようがない。ただ調味料が見当たらないだけだ』
うっ、それはまずそうだ……。
「調味料は何をすればいい?」
『ふふっ』
またまた笑うラードーン。
さっき以上に楽しげな感じで、それを楽しんでいるせいか答えようとしない。
「どうしたんだ?」
『いやなに、やはり面白い人間だと思ってな。そこまで色々思いつけるのに、知らぬ答えをたずねるのに躊躇がない。そういえばお前にプライドを感じた事もないと思ってな』
「プライドと何か関係があるのか? 知らない事を聞くのに」
『ふふっ、お前はそれでいい』
ますます楽しそうにするラードーンだが、今度はそこそこで切り上げてくれた。
『簡単な話よ』
☆
翌朝、俺はジャミール軍の侵攻ルート上に一人で立っていた。
間に何も遮るものがない、広がる平原にまっすぐ伸びた街道。
数百メートルまで近づかれた所で、ジャミール軍の進軍が止まった。
止まりはしたが、遠くからでも向こうが警戒しているのがはっきりと伝わってくる。
『これまでの成果だ』
ラードーンは出来の良い教え子を褒める様な口調で言ってきた。
『いまなら十二分に効果がでる、仕上げだ』
「ああ」
俺は頷き、右手をまっすぐ突き上げた。
「アメリア・エミリア・クラウディア」
まずは詠唱で魔力を高める。
すると右手の上に直径一メートルほどの魔法陣が広がった。
それが更に上に伸びて、一メートル上に直径二メートルの魔法陣が広がった。
二メートル上に、今度は直径四メートルの。
四メートル上に、直径八メートルの――。
そうやって、天まで昇る、円錐形に積層した魔法陣ができあがった。
それを見たジャミール軍がますます動揺する。
魔法を発動する。
地下祭壇にて、一晩で67ラインの同時魔法で一気に覚えた、ラードーン仕込みの大魔法。
「エターナルブレイズ」
瞬間、魔法陣が弾け、漆黒の業炎がジャミール軍を包み込んだ。
神聖魔法・エターナルブレイズ。
永遠につづく激しい炎。
通常の手段で消す事ができない炎は、あっという間に全軍に延焼していく。
戦略級大魔法の一つで、今までとは比較にならないほどの大きな損害を与えた。
「す、すごいな、この魔法……」
『ふふっ、それを一晩で覚えたお前の方がすごいぞ。人間でいえば空前にして絶後。そのレベルだ』
自分の作った魔法を一晩で覚えて、さっそく実戦で使われた事に、ラードーンは満足げに笑ったのだった。




