112.見える国境
スカーレットと一緒に、国境にやってきた。
同行したスカーレットが懐かしそうな目で辺りを見回している。
「何かあるのか?」
「すみません。ここ、主とともに、最初に約束の地に踏み入った所だな、と思い出してました」
「封印を破ったのがここだったっけ」
「はい、ここから向こうが――」
スカーレットはそう言って数歩踏み出して、俺に振り向き。
「ガラールの谷でした」
「だったな」
かつて封印されていて、外界からは谷に見えるようにされていた、封印の地。
この封印の地はジャミール・パルタ・キスタドールのどの国の統治も受けてなくて、長らくラードーンの力に守られてきた土地。
だから、この土地の領有権を主張している。
「主は、ここで何をなさるおつもりなのでしょう?」
「それは――って、なんかワクワクしてないか?」
俺を見るスカーレットの目がすごかった。
ワクワクしてたまらない、というような目つきだ。
「も、もうしわけありません。主がまたその御力で、奇跡を見せて下さると思うと、つい……」
スカーレットはうつむき加減になって、頬を真っ赤に染め上げてしまった。
「今回は普通にやるだけだ、奇跡でもなんでもない」
「は、はい。申し訳ありません」
『よいではないか、奇跡とやらを見せてやればいい』
「お前まで……奇跡なんて、俺はただの魔法使いだぞ」
ラードーンのからかいに、俺は苦笑いで答えた。
スカーレットはそう言ってるけど、俺は今まで一度も、奇跡とやらをやった覚えはない。
俺がやってきたのは全て魔法。
魔法というのはただの現実だ。
木を燃やして火をともすのと同じように、魔法は魔力をつかって火をおこしたり、様々な現象を起こしたりする。
燃料がないと火はおこせないのと同じように、魔力が無ければ魔法が使えない。
それはただの現実で、奇跡でもなんでもないのだ。
「そんなことはありません! 主は存在がもはや奇跡! 稀代の大魔道士として皆が称えるべき!」
「そうか」
これは悪い気はしなかった。
俺の憧れは魔法。リアムの肉体に乗り移る前からずっと憧れだった。
その憧れの魔法を使いこなして、稀代の大魔道士、というのは悪い気はしない。
むしろすごく嬉しい。
「さて」
俺は改めて、スカーレットとの間にある「境界」、かつてのガラールの谷として存在していた、結界の境目を見た。
今はもはや結界など跡形もなく、かつてここで封印をといた俺と立ち会ったスカーレットでもなければ、ここはただの地続きの平原にしか見えないだろう。
「どのような事をなさるのですか?」
「結界を張る」
「結界を? なるほど! 敵兵を絶対に立ち入らせない結界ですね」
「いや、そんな事はしない」
「え?」
驚くスカーレット。
「鎖国をするつもりはないんだ。出来ればジャミールら……その他の人間の国とも普通に付き合っていきたい。外部の人間を完全に拒絶する結界を張ってしまうとそれも出来なくなってしまう」
「そうでしたか……」
「だから、最弱の結界をはる」
「最弱の結界?」
「そうだ、『なにも防げない』最弱の結界だ」
「な、なぜそのようなものを……?」
怜悧な美貌をぽかーんとさせてしまうスカーレット。
百聞は一見にしかず、俺はまずやって見ることにした。
「アイテムボックス」
まずはアイテムボックスを呼び出す。
あらゆるアイテムを収納できる、容量が術者の魔力に比例する超空間の箱だ。
その中から、ガーディアン・ラードーンを取り出す。
次に、ガーディアン・ラードーンを「装着」した。
もともとはラードーンのための魔導戦鎧である、ガーディアン・ラードーン。
それを着けると、俺の魔力が倍近くに跳ね上がる。
そのかわり消耗も激しくて、短期間しか使えないが――今はそれが必要。
「アメリア・エミリア・クラウディア」
そして、詠唱の口上。
詠唱をする事で、魔力の行使を自分の限界まで引き上げる事ができる。
パワーミサイルの同時数換算で、実に67本まで撃てるという魔力だ。
その魔力を注ぎ込んで、たった一つの魔法を行使した。
才能でいえば、2人に1人が覚える事ができるすこぶる簡単な魔法。
「モスキートネット」
口にした直後、魔法が発動した。
巨大な光の壁ができあがった。
壁は左右に開いていって、ぐるり、とこの土地を取り囲んでいた。
高さ二十メートルはあろうかという、赤い光を放つ光の壁。
「す、すごい……あっ、もしかしてこれで、約束の地全てを!?」
驚嘆ののち、ハッとするスカーレット。
「ああ、約束の地、つまりこの国の国土を囲む――そうだな、光の長城ってところだ」
「すごい……それで敵兵の侵入を防ぐのですね?」
「いや、防がない」
「え?」
「それはしないって言っただろ?」
「そういえば……ですが、なら?」
「ただの警告だ、ここから先は俺達の国だって。国境は、はっきりとさせた方がいいだろ? それに、赤い色にしておけば、『敵意をもって入ったら容赦しない』という主張にもなるしな」
「あっ……」
「敵じゃないのなら別にいい、敵として入るのなら容赦しない、それだけの魔法だ」
最初の驚きから、俺の説明を受けて、徐々に理解していくスカーレット。
その顔に感動の色が戻ってきて。
「手続きの正義を怠らない主、さすがです!」
まるで、敬虔な信者の様な、感動する目になっていた。